第九話 雪菜、セツナ
一一そこに居たのは、紛れもなく彼女だった。
前世で俺に旅の本当の楽しさを伝えてくれて。
何度も一緒に旅をして。
そして、俺の最期に泣きながら立ち会った人物。
柊雪菜、その面影を残す少女がそこには立っていた。
「ヒイラギって誰です?私はセツナだよ、よろしくお願いしますね!」
余りの衝撃に呼吸すらも忘れてしまう俺。
セツナと名乗る少女。
時間で言えば十秒も経っていなかっただろう、ドスッ、と脇腹に来る衝撃で正気に戻った。
「いってえ!?」
「何お姉ちゃんにデレデレしてるのよ。ほら、自己紹介して!」
そういいフイっとそっぽを向くイリサ。
「あ、ああ。そうだな。初めまして、だセツナさん。俺はセア、旅人だ」
混乱している頭で必死に言葉を絞り出す。
キョトンとするセツナと名乗る少女に、訝しげな視線を送ってくるイリサ。
前世でコミュ障だった時代を思い出す。いや、それよりもかなり酷い。
そう思っていると、セツナはパアッ、と擬音が付くような笑顔で。
「旅!良いですねー、私も好きです。新しい出会いを求めての旅って素敵な響きじゃないですか?」
駄目だ。どうしても柊の面影を重ねてしまう。
目の前にいる彼女は、あの人なはずない。何せ、あの人は俺と違って死んでいない筈だ。
一一ふと、最悪の想像が頭をよぎる。
あの時、俺を刺したやつが元の場所に帰って来ていたら?
衝動で人を刺殺す様な屑だ。
その衝撃の原因である柊をそのまま刺殺していてもおかしくは無い。
俺の中で揺れる感情。
目の前の少女は柊か、セツナか。
普通では有り得ない思考に更に拍車をかけたのは、次にイリサが放った一言だった。
「・・・セア。お姉ちゃん、大怪我したって言ったじゃない?それね、大怪我って濁してたけど・・・記憶喪失なの」
記憶喪失。もし彼女が柊なら、前世の記憶、それこそ俺と過ごした事も覚えてないという事だ。
自惚れかもしれないが、少なくとも俺は楽しい時間を過ごせていた分ショックは大きい。
「でね。お姉ちゃん、私の事しか分からないって状況になっちゃって。そんな人を一人で歩かせられないでしょ?だから私が一人でいる間は留守番をお願いしてるの」
駄目だ、冷静な思考が出来ない。
鑑定?いや、俺だって名前こそセアのままだが、苗字は変わっているから期待は薄い。
過去を聞く?いや、そもそも記憶喪失だからそんな事は出来ない。
(まてよ、過去を聞く、か。イリサなら何か知っているかもしれないな)
少しばかりの希望が見えた事で心が落ち着いてくるのが分かった。
(・・・今は冷静になろう。考えるのは次の機会だ)
納得は全くいっていないが、今はそう結論付けてイリサへと目を向ける。
「・・・ああ、すまんイリサ。俺の知り合いに似ていたものだから少し慌ててしまった」
「そう?ならいいんだけど・・・」
「で、俺をここに連れてきた理由は?自慢の姉を見せるためだけか?」
幾分か平静を取り戻した事で、いつものように軽口を叩けるくらいにはなった。
「自慢の姉だなんて照れますよー、セアくん」
そう言い、えへへとはにかむセツナ。
(やめろ、その笑顔は俺に効く。主に涙腺に)
懐かしさやら恥ずかしさやらで心の中で悶える。
「そんな事のためだけに家まで連れてくるわけ無いでしょ、馬鹿。単純に、お姉ちゃんが薬草とかを見つけるのが上手いから連れて来ただけ」
「薬草?何か探しに行くの?」
「うん、セイラク草って言うんだけどね・・・」
そう言って説明を始めるイリサ。
セアとは仮だがパーティを組んでいるだとか、ギルドマスターからの直接以来だとか。
主にその辺の説明をしていた。
「ふむふむ、なるほど。つまりお姉ちゃんの力が必要なんだねえ。任せてよ!」
そう言って、むふーと無い力こぶを作るセツナ。
見るだけで薬草の詳細でも分かるのだろうか。
(・・・待てよ)
一つの仮説に思い当たった俺は、質問をする。
「・・・なんだ、鑑定スキルでもあるのか?」
「おお、凄いですねセアくん。その通りです!」
ビンゴ。
となると次は、だ。
「答えたくなかったら答えなくていい。天職は【旅人】か?」
「・・・びっくり。セアくんって透視能力でも持ってるんです?」
これで分かった、十中八九彼女は柊だ。
天職まで当てられると思っていなかったのだろう、セツナは驚きを浮かべたまま疑問で返してくる。
「・・・そんなもんだ。すまん、根掘り葉掘り聞いて。逆に聞きたいことは無いか?」
そう問うと、横から小突かれる。
「自己紹介も良いけど。準備とかもあるから早くしてね?」
「ああ、長々とすまん。お前もお前で何か聞きたいこととか無いのか?」
イリサにもついでと言わんばかりに同じ問いをする。
うーん、と顎に指を当てる仕草を暫くした後、あっと言わんばかりに発案した。
「どうせパーティを組むのなら、お互いのステータスをちょっとくらい把握しておいた方が良いんじゃないかしら?」
数十分後。
イリサ達の部屋で、俺らはお互いのステータスについて話していた。
「まさかセアも旅人だっただなんて・・・」
「まあまあ、イリサちゃんにもイリサちゃんなりの良さがあるよ」
落ち込むイリサを宥めるセツナ。
大好きな姉と同じ天職だったのが自分では無く、俺だったのがよっぽどショックだったのだろう。
ちなみにそれぞれのステータスはこんな感じだった。
・ステータス
名前 : セア
天職【旅人】
レベル : 14
HP : 29/29
MP : 85/85
筋力 : 85
防御 : 29
魔力 : 85
対魔力 : 85
敏捷 : 155
天職スキル 鑑定
アイテムボックス
生活魔術
適応
スキル 剣術(レベル6)
体術(レベル3)
速読
悪路歩行
隠密
柊雪菜
・ステータス
名前 : セツナ
天職【旅人】
レベル : 8
HP : 23/23
MP : 55/55
筋力 : 55
防御 : 23
魔力 : 55
対魔力 : 55
敏捷 : 95
天職スキル 鑑定
アイテムボックス
生活魔術
適応
スキル 薬調合(レベル1)
料理(レベル2)
悪路歩行
隠密
イリサ
・ステータス
名前 : イリサ
天職【戦士】
レベル : 4
HP : 24/24
MP : 19/19
筋力 : 55
防御 : 24
魔力 : 19
対魔力 : 24
敏捷 : 55
天職スキル 剣の心得
スキル 剣術(レベル2)
体術(レベル1)
三人のステータスを書き出して並べてみた次第だが、ひとまず増えていたスキルはスルーするとして。
(・・・思いの外セツナが戦えそうな件について)
そう、ステータスだけで見ると、割とセツナはイリサを超えているのだ。
「こう見ると、天職によって差が出るわよね。【旅人】なんて天職、本でも読んだことないんだけど・・・」
「そうなんだよね、イリサちゃんの【戦士】なら前例は沢山あったけど。【旅人】ってなんだろう、って思って調べても何も情報が無いんだよねー」
そう言ってうーん、と唸るイリサとセツナ。
「というか、セツナはこのステータスだが戦わないのか?二人で戦った方が負担も減ると思うが」
「あー、そうね、セア。それは私が説明するわ」
そう言い、セツナが戦わない、正確には戦えない理由を述べるイリサ。
曰く、何故か昔から刃物等人を傷つける物を見ると途端に怯えてしまうらしい。
(セツナが柊だとすれば一一アレが原因だよな)
前世での最期を思い出す。
平和に染まった世界に居た中、あんな事があったのだ。トラウマになっても無理はないだろう。
「・・・だから、決してお姉ちゃんは私に戦闘を押し付けている訳じゃないの」
「ああ、それは見れば分かる。お前の事を大事にしているのは十分伝わってるよ」
そう言うと、少しばかり影が差し始めていたセツナの表情がパッと晴れる。
(相変わらず表情豊かな事だ)
俺は思考をセツナから目の前の任務へとシフトチェンジさせる。
色々と考えるのは後だ、そう結論付け。
「よし、じゃあ明日の朝に出発するぞ。荷物は俺とセツナのアイテムボックスで運搬、森に着き次第二手に分かれて採取だ。良いな?」
「ええ、頑張るわよ!」
「おー!久しぶりの旅、楽しみです!」
三人はそれぞれ、明日の予定を楽しみにするのだった。




