小休止
分量的には全体の約2/3が過ぎましたが、ここで少しばかり番外編的なお話を挟みたいと存じます。
前話の終わりの箇所を別の視点から見てみるという趣向。
番外編的とは申しますが、読み飛ばしますと、本編の厚みを損なうと存じますので、何卒ご一読の程、おん願奉ります。
御巫山戯が過ぎておりましたらご容赦の程。
■結び目の巫女 番外編、ほぼバックヤードの巻。
「あ、何か出た!」
玄雨神社境内に、混戦した時の部屋のベッドに居た女性の姿が現れた時、いち早くそれに気が付いた巫女が、彼女を指差して言った。
アカネだった。
雫もその姿を認めると、右手に扇を持ち、まるで構えるように体の前に突き出していた。
場が緊張していく。
緊張していくのだが、一人の巫女だけが、好奇心丸出しで、そう、ワクワクしているのが感じ取れた。
感じ取ったアオイは、その巫女、アカネの肩を掴む。
『大事な場面なんだから、じっとしてなさい』
アカネを読心の術で注意すると、不平を顔に書いたような表情を浮かべたアカネが、アオイの方を振り返る。
『え゛〜〜。だっていかにもクライマックスって感じじゃん!』
『莫迦なコト言ってないの。大変なコトになるかも知れないのよ』
『だから、そこで竜の女神の電磁波の出番!』
アオイは自分が冷や汗をかいているのに気が付いた。心の底からとある思いが湧いてくる。
不味い。とにかく不味い。
この子が調子に乗って何かしでかしたら、大変なコトになる気がする。
既にアカネは調子に乗っていた。鼻の穴が膨らんでいる。鼻息が荒い。
『だめよ。雫さんが言ったでしょ。「ここは私と灯が対処する」って』
『え〜。でも電磁波の出番、とも言ったよ〜』
『それは、虹色の気脈が現れた時の事でしょ。今はもっと』
そう言った所でアオイは、どう言ったら良いか詰まった。
『もっと何?お母さん?』
押しどころと気づいたアカネがグイグイ来た。
『とにかく、デリケートな状況みたいだから、まだ、経験の少ないアカネは様子を見ているの』
『え〜〜。アカネ、もう子供じゃ無いよ〜。ちゃんとできるよ〜』
言ってる内容がまんま子供である。
『兎に角、今は様子を見ているの、アカネの出番があれば、雫さんから指示が来るはずだから』
雫さんから指示がくる、と言われて、アカネは渋々勇足になりかけている、その心意気を引っ込めた。
だが、不満の圧力は下がっていないので、愚痴が出る。
『でもさぁ、今回、アタシ出番が少ないんだよね〜』
オカシクない?とその顔に書いてあるのを見て、アオイは、とほほ、という気分になった。
『アカネ、だって今回は、どう見たって、光ちゃん達姉妹の話でしょう。出番がなくてもしょうがないと思わない?』
『え〜、そんな舞台裏、話しちゃって良いの?お母さん』
しまった!オアイはそう思った。そう思った後、なんでそう思ったんだろう、という気分になった。
アカネが刺すような視線でじっとアオイを見つめている。
視線に刺されて、アオイは少しタジタジ、という風情である。明らかに旗色が悪い。
そんな二人とは関わりなく、本編の物語は進行していく。
少女の姿になったもう一人の光が、光達に運命の提案をしていた。
『ほら、お母さんの言った通りの展開になってるでしょ?』
流石にアオイ。伊達にセリスの経験を継承していない。まさに、機を見るに敏、である。
しかし、アカネは易々と丸め込まれない。
『お母さん、都合よく場面に合わせて言ってるだけじゃない』
グイッとアカネがねじ込んでくる。
ダメ。誰か助けて。
と、アカネが思った時。
アオイの懐から、カエルの姿の小人が現れ、アオイの右肩に乗った。
カエル仙人である。
いきなり現れたカエル仙人に、アカネは虚を突かれた格好になった。
カエル仙人は、小さい体としては大きな目で、まさに、ギョロリ、という感じでアカネを見た。
『物事には、流れがあるのですじゃ。アカネ殿』
小さいが異様に大きな貫禄に、アカネは気圧された。
『アオイ殿は、その流れを読んで、例え話として、「光ちゃん達姉妹の話」と言ったまで。むしろ』
そう言うと、カエル仙人はさらにギロリと眼光を増した。
『そんな舞台裏、話しちゃって良いの、とは。思っても言って悪い事が分からぬとは』
さらに眼光が増す。
『アカネ殿。それがまだまだ未熟たる由縁ですぞ』
ヤバイ。
なんだか、急に潮目が変わった。矢面に立たされてる。
などという言葉が、アカネの脳裏に渦巻いた。突き刺さった。
しかし、どうしたら良いか分からない。
ごめんなさい、と言うのも妙な気がする。むしろ地雷を踏んでる足をさらに押し込む予感しかしない。
そんな感慨をアカネは抱いた。
『カエル仙人さん。もうそれくらいにして頂けると、助かります』
カエル仙人は、そう言うアオイの方を向く。カエル仙人の目には、ありがとう、でも、これ以上追い詰めるとかえってマズイ、と言うアオイの表情が映っていた。
『なるほど。では、ワシは消えるとしますかな』
そう言うと、カエル仙人はアオイの肩から降りようとする。
降りようとするのだが、途中でその動きを止めると、こう言った。
『アカネ殿も、小さい竜と再会できて、良かったではないですかな?』
アカネは、あ!と言う顔をする。
そうだった!小さい竜と会ったんだった!
カエル仙人は、再び動き出し、アオイの懐に消えた。
消えた後、消えたのを確認した後、アカネは思った。
でも、小さい竜と会ってる時の描写が少なくて、あんまり記憶に残らなかったのよね。
と思った途端、なんだかカエル仙人が睨んでいる気がして、身を縮めたアカネだった。
本編では、少女が消えて、虹色の気脈が現れているシーンが展開されていた。
アオイとアカネは、虹色の気脈の出現に、緊張する。
しかし、虹色の気脈が消えていくのを見ると、肩の力を抜いた。
『ねえ、お母さん。あの女の子が消えていく時、あたし、仄ちゃんの周りに光りの玉みたいなのが、たくさん集まっていくのが感じられたんだけど』
『あなたにも視えたのね』
カネネは、うん、と頷いた。
『お母さんには、その光りの玉の中に、光ちゃんの思い出が入っているように視えたわ』
お母さんである純に抱かれている赤ちゃんの光。
はいはいをする光とそれを喜んでいる純の姿。
つかまり立ちをするのを嬉しそうに見ている純の姿。
歩くようになって、外を歩くのをハラハラしながら見ている純の姿。
光の成長を見守る純の姿をアオイは視ていた。
おそらく、光の思い出なのだから、主体は光のはずなのだが、オアイの前身であるセリスは純に恋をしていた。その思いが、アオイに純の姿を追わせていたのだろう。
いずれにしても。
アオイも二十三人の灯の話を知っている。
救えなかった地球、焼き滅ぼされた地球。焼き滅ぼされなければ、産まれていたであろう妹の光。
己の両肩を抱きしめ、小さく震えている仄を見ながら、アオイは思った。
『良かったね。仄ちゃん』
その思いは、アカネにも伝わったのか、そうだねお母さん、と言う思いが、アカネの肩に置いた右手から、アオイにも伝わって来た。
『結局、あたしの出番は無しかぁ』
少し残念そうなアカネの言葉が伝わって来た。
『大事な時まで取っておくのが、切り札、なのよ』
何?お母さん、その意味深なセリフは。
とアカネは思ったが、その言葉は心の中に仕舞い込んだ。
また、カエル仙人に突っ込まれて睨まれるのはこりごりだったからだ。その思いが緩んだ時、ある思いがアカネの意識に浮かんできた。
『でもさ、あの「本」。作ったの、一体誰だったんだろう』
ぽつりと言った、アカネの言葉は、その場にいた誰もが思っている事だった。
『そうね。誰だったんだろうね』
アカネは、肩に置かれたアオイの手に僅かながら力が入るのを感じた。
そうか。まだ、終わってないんだ。
アカネは、心の底の方でそう感じていた。
アカネは雫が月を見上げるのを見た。
もしかすると、雫師匠もそう思ってるのかも。
アカネは、肩に乗ったアオイの右手を右手で取ると、自分の左手で握り直した。
そして、雫のように空を見上げると、そこには、雲にかからぬ満月が煌々と輝いていた。
満月に照らし出され、玄雨神社境内は明るかった。
さて、「本」を送ったのは何者か、いよいよ物語は佳境に入って参ります。