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結び目の巫女  作者: 鶴田道孝
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準備 竜の星にて

■準備 竜の星にて


 六、アカネの二人は竜の星へ行き、アカネはあの小さい竜との邂逅を果たした。その間に、六は自分が格納されていたユニットに移動して、予備の外殻をゴーストモードで起動する。

 ユニットは、竜の星の衛星軌道にある。丸みを帯びた竜の星の水平線と浮かぶオーロラが美しい。

 気脈の形成をするため、その外殻に仄が気脈を通すと、一時的に仄がその外殻に宿ったかのようになる。

 外殻は地球に初めて来た時の六と同じ、異星のAIの姿のままだった。

「私は気になる事があります。仄」

 仄の宿った外殻が頷いた。

 それを見ていた六が怪訝な顔をした。

「メタアリスが言う通り、確かにコミュニケーションしづらいですね。外殻の形状を変更します」

 仄は、皮膚の表面が振動したように感じた。

 外殻の表面がぼやけた後、六と同じ姿になった。

 仄は外殻の両手を見ると、確かに、と言うように頷いた。

「私の気になる点ですが、あの女性と虹色の怪人、共通点があるように思います」

 その言葉に、仄が答えた。

「願った者、という意味では共通点がありますが、六の懸念点はそこでは無いでしょう」

「はい、仄。私には同一人物のように、計測されるのです」

 仄は戸惑った。

「六、私には女性は認識できませんでした。六にはどう見えましたか?」

「仄。あの話の後、記録していたベッドの上の状態を調べた所、虹色の怪人と同じ素粒波を検出しました。極僅かですが」

 六の言う素粒波は、つまり、霊脈の事である。

 仄の表情が険しくなった。

「私も、光がベッドに話しかけているのを見て、注意をむけていましたが、気付きませんでした」

「おそらく、巫術師の方は、気脈と霊脈を厳密に区別して見ようとする傾向があり、そのため検出できなかったのでは無いかと考えます」

「周囲の霊脈と判別できなかった、という事ですね。だから、素粒波と六は言った」

「はい、仄。おそらくですが、素粒波という母集合の中に霊脈、気脈が含まれると、私は理解しています」

「巫術師には霊脈として認識されるが、他の霊脈とは異なる性質のもの」

「はい、仄。同じ素粒波をあの本からも検出しました」

「六、この事を神社で言わなかったのは」

「ええ。神社の場所は向こうに知られています。話せば相手も知る可能性がある。ここならば」

 竜の星は遠い時の線。

「ご配慮、感謝致します」

 そう言うと、仄は六を抱きしめた。

 え?

 六は驚いた。

「いつも私は貴方の中に居る。貴方を抱きしめられるのは」

 六は納得した。今しか無いのだと。

「はい、仄。私も」

 六も仄を抱擁した。

「こうしてみると、灯と光が一つにならなくて良かったと、思います」

 六を抱きしめたまま、仄は言った。

「もしかすると、灯と光が一つになるという、私の予知は、願望が混じっていたのかも知れません」

 スーパーソーラーストームで焼き滅ぼされた地球。叶わない双子の妹との邂逅。

「とすると、仄は此度の事、悪い結果ではなかったと?」

 六が訪ねた。虹色の怪人で灯が光の中で眠り、目覚めた事を言っているのだった。

「結果的には。しかし、その間、光は苦しんだ」

 灯が光の中で眠っている間、光は灯を思い、悲しい時を過ごした事を仄は知っている。

 灯を打った、虹色の気脈。

 六、仄は同時に抱擁を解く。まるで何かが脳裏を貫いて、その反動で弾けたように。

 六と仄は、互いの目を見ると、相手が自分と同じ考えである事を知る。

 そして二人は思索を巡らす。抱擁を解いた後の無言のごく短い時間が過ぎると、仄が言った。

「あの本を作ったもの。それに願いを書いた人、願いの対象」

 六は頷いた。

「あの本の詳しく調べた結果、あの本は1つの構造物ではなく、表紙と中身が別の構造、のようでした」

 六の言葉に、仄の目に鋭さが宿った。

「おそらく、本の表紙と中身は別物」

 と六は続けた。

「中身を書いたのは、願いを書いたもの」

 仄は考えを漏らすように言った。

「その推論支持します」

「しかし、すると本の力はどこから」

 仄は再び自問自答するように言った。

 考える仄を見る六。そして六は、視線を自分のユニットに向けた。

 白い丸みを帯びた球面。巨大な卵形の白い物体。竜の星の軌道上に浮かぶ巨大な白い卵。

 六はユニットの表面に手を置いた。

 そして言う。

「おそらく、ミーム」

 ユニットから手を離す。

「私たちは、いや、今は私だけですが、電磁波をベースにした思考体です。それを形成するのはミーム」

「それと同じもの、だと?」

「いえ」仄の問いを六は柔らかく否定すると続けた。

「初めから素粒波の、それも普通の霊脈とは異なる素粒波。それをベースにした記録装置。受信装置、あるいは、中継器、と呼んだ方が良いかも知れません」

 仄は異星のAIの思考と体を共有している間に僅かながら、と理解したと思っている。そして巫術師としての思考で理解しようとする。

「つまり、どこからか、何らかの術がこの本の表紙、もしくは何かを介在して力を発動した」

 ここで仄は、あぁ、と言う顔をした。

「人の脳、ですね」

 六は頷いた。

「人の思念の大部分は、大脳で行われています。大脳はミームの受信機。増幅器。中継器。本の表紙はきっかけ」

「ソロモンの鍵は、知識の鍵、とも呼ばれています」

 仄の言葉に、六は頷くと、本に書かれていた文言を言う。

「この本を読むものの内に秘めたる、道理では叶わぬ切なる願いを書け」

「それが本を書いた人物が受信し、本を書かせたミームの正体」

 願いを叶えるために、願いを叶える魔法書を書いたのだ。

 仄は言う。

「書いたのは、(いずれ)かの時の線の香の親」

 仄は続ける。

「その人物の影響を受けて、他の時の線の香に(まつわ)る人物、その人物が本を書き、願いを叶える」

「はい、仄。しかし、願いは完全には成就しません」

 仄は頷く。

「不完全ながらも成就したのは、雫さんがこの時の線の香に巫術の修行をつけたため」

「はい、仄。おそらくその香の力が、力を欲していた他の時の線の本に注がれ」

「不完全ながら成就した。だから」

 仄は空を見る。

 眼下に見える竜の星の空には、竜が放つ電磁重粒子によって形成されるオーロラが美しく輝いている。

「時の線は、本を中心に絡み合い、本は高濃度の霊脈の集積になった」

 六もオーロラを見つめる。

「仄」

 仄は六を見る。

「時の線を超えたどこかの誰かが、何かの目的を持って、願いを叶えるミームを放った」

 仄は再びオーロラを見る。

「見えるのは結果。原因は推理するのみ」

「仄。私が知る、私達が生まれた知性体の考えです。人の考えは、その人の内側から生ずるのではなく、密集した神経経路をアンテナとして、別の世界の情報を受信しているのだと」

 夜空に新しいオーロラが生まれた。小さい竜の首に抱きつき、顔をすり合わせているアカネはそれを見上げた。

「アイディアは降ってくる。別の所から。遠い所から。あの本は、その証拠」

 仄がそう言うと、二人は同時にオーロラから視線を互いに向ける。手を繋ぐ。

 そして消えた。

 六と仄の二人がアカネの前に現れると、アカネは小さい竜に頬を擦り付けていた。

 ほんわかとした温かい雰囲気に溢れている。

 何とも柔らかい雰囲気に、先ほどまでの会話が嘘のようだったと、仄は思った。おそらく六も同様の感慨を抱いている事だろう。

「アカネ、こちらの用事は済みました」

 仄が声をかけた。

 アカネが声の方を向く。

 驚いた口を右手で塞ぐと、アカネは言った。

「六が二人いる! じゃなくて、おんなじ姿なんだ」

 そして、二人をじっと見比べる。

「分かった! こっちが六で、こっちは仄ね!」

 それぞれを指差して喋るアカネに六が応える。

「ご明察です」

 六の言葉に、アカネの鼻は高くなったようだった。

 まあ、巫術師なら視れば分かる。気脈の色が異なるのだから。と仄は思ったが、黙っていた。

「では、戻りましょう」

 仄は、左手をアカネに差し出した。

 アカネは、名残惜しそうに、小さい竜の方を向いた。

「またね。また、来るからね」

 そして、仄の手を取った。

 三人は消えた。

 消える前の刹那。「またね」という言葉が、光の記憶の中のベッドの女性、また、玄雨神社に現れたという虹色の渦が言ったという言葉を思い出させていた。

 またね。

 やはり(まみ)える事になるのだろう、と仄は思った。


■準備 玄雨神社にて


 竜の星から消えた六、仄、アカネの三人は玄雨神社境内に姿を表すと、舞舞台下手袖の座に加わった。

「なるほど」

 雫が座に着いた六と仄を見比べると光に視線を向けると言った。

「光、ベッドの上の女性と比べて、仄の外見はどうだ?」

 光は、左手で顎を摘むと、記憶を呼び起こした。ベッドの上の女性の姿は部分的にぼんやりしているが、覚えている箇所もある。

「髪は長くて、おそらく、背中のまんなかくらいまであると思います。特にあんだりしていなかったと思います」

 六は仄が操作している外殻の形状を変化させた。光が言うように髪が変化した。

「それと、身長は、私と同じか、少し高い感じでした」

 六が仄の外殻を変化させると、仄が口の片方を少し上にあげた。苦笑すると言う程ではないが。

「どうしました。仄」

 六に尋ねられて、仄は真顔に戻った。

「いえ。仮の姿とは言え、成長した体と言うものが、こういうものか、と思っただけです」

 雫は胸に少し痛みを覚えた。

 地球を救うためとは言え、時の摂理をねじ曲げて気脈として存在した仄。また、灯の体に宿ってからも、成長を止めている。二十三人の灯りたちは、神とは言え、あまりにも人とはかけ離れた時を生きている。

 雫は、灯が仄を見つめているのに気がついた。

 灯も同じことを考えている、と雫は思った。

「仄、その体で『空の穴』を成してみよ」

 雫は仄に言った。

 仄は舞舞台中央に進むと、短い舞を舞う。「空の穴」が仄の前に現れた。

「もう片方は、境内にあります」

「確かに」

 境内の「空の穴」を認めると、雫は言った。そして仄に問うた。

「舞を舞うのに、支障ないか?」

 仄は少しの間、考える様子を見せた。

「普通ならば問題ないと思います、が」

 視線を雫に向ける。

「相手が虹の渦となると、もう少しこの体に慣れる必要があると感じます」

「分かった」

 そう言うと、雫は立ち上がった。

「まずはこの場はお仕舞い。仄には舞の稽古をしてもらい、明日、改めて話そう」

 仄は頷いた。そして光に言う。

「光、舞の稽古、付き合って頂けますか?」

 光は少し意外そうな感情を抱いたが、すぐに「はい」と答えた。

 二人を残し、残りの巫女たちは舞舞台を去った。

 アリスも流れでアメリカに戻ってしまうのだが、戻った後、しまった!と思ったのは言うまでも無い。

 まあ、この事件が終わってからゆっくり聞こうっと。その方が良いわ。

 アリスはそう思った。


■仄と光


 舞舞台に残った仄と光は、しばらく無言で安寧の舞を二人で舞う。

 時に静かに、時の力強く。舞誘われるように、森の木々がさざめいた。

 幾度めかの舞が終わると、仄が光に声をかけた。

「光、もう十分にこの体に慣れました」

 光は静かに頷くと、扇を畳み、仕舞った。

 仄は舞舞台下手袖に移り座る。そして光を手招きした。

 光は心の底で、なんだろう、という思いを少し抱いた。仄の隣に座った。

「光。あの部屋で女性を見たのはあなただけ。そして、私と六はあなたが見ていないものを見た」

 光はしっかりと頷いた。確かにそうだ、という思いで。

「竜の星で、六と話しをしました。少し、情報を共有しましょう」

 そう言うと、仄は扇の先で己の気脈を光の額に結んだ。

『読心の術。双方向になっています。言葉だけでなく、心象も共有するために、この方法が良いと』

 同意する感情が、光から流れてくるのを仄は感じた。

『あの「本」ですが、六の解析で、「本」の表紙と中身は別のもの、という事が解りました』

 光の視覚に、霊脈の本が浮かぶ。そして、その表紙と中身の気脈の色合いが微妙に異なっている事に光は気が付いた。

 光も霊脈の本を視たが、その時はこの違いに気づかなかった。

『違いを増幅して視せています』

 なるほど、と光は思った。六と仄はある程度、感覚を共有している。だから、六の解析を元に、仄が巫術師である光が知覚し易いように、視せているのだと。

『六と話した内容と、あの部屋で私と六が見た内容を送ります』

 光は、自分の周りが竜の星に変わり、六から送られてくる情報を受け取っているという心象、まるでVRの体験と脳に直接情報が入ってくるような感覚を抱いた。

 そして、光の周囲はあの部屋に変わった。混線した時の部屋に。

 光は自分の背中を見つめていた。その光が見つめる先、ベッドには誰も居なかった。そして、視線はベッドを離れ、あの虹色の怪人のいた位置に移る。そこには、虹色の渦があった。

 虹色の渦、そう呼ぶにふさわしい光景だった。中心は白い光。その周囲を虹のように変化している光の帯が渦を巻くように流れ出している。

 怖い。

 光はそう思った。

 たぶん、お姉ちゃんもそう思ったんだろうな。

 光は灯の事を思った。

 光の周囲は、玄雨神社舞舞台下手袖に戻った。

『これが、六と私が視たものです』

 光は仄に首肯すると、ゆっくりと一度目を閉じた。

『私が視たものを送ります』

 光は、あの部屋の光景を思い出し、気脈を通じて仄に送った。

 光は、記憶の中のあの部屋に立ち、ベッドの上の女性を見つめている自分の心象を強く保つ。

 ベッドの上の女性は、光が意識を向けたところだけ、ある程度明瞭な外観を持つが、その他は揺らぐようにぼやけている。

 光は、ベッドの上の女性が「またね」という言葉を言うのを記憶の中で再び聞いた。

 光は、目を開けた。

『なるほど。確かにこの外殻の形状は、光が視たその女性に似ていますね』

 光は少し力なく頷いた。

『ええ。でも、お視せした通り、全体的にぼんやりとしていて』

 仄は、大丈夫です、と言うように微笑んだ。

 光は、灯お姉ちゃんと似てるな、と思った。そして、仄もまた灯である事を思い出した。いや、その事を忘れるはずは無いのだから、認識を強くした、と言うのが正しいだろう。

 光は、今まで言っていなかった言葉を仄に送った。

『仄。私を助けてくれてありがとう。お姉ちゃんを助けてくれてありがとう』

 仄は光を抱きしめた。いきなりの抱擁に、光は戸惑った。

 仄は何も言わない。何も送ってこない。しかし、光は、仄の思いが分かった。限られた選択肢。そうするのが当然だと。強い意志、決意。最後の灯、そして光を助ける、その思い。それを当然と、躊躇なく実行する強固な意志。

『私は、あなた達の守護者です』

 光は、仄を抱きしめた。

『仄お姉ちゃん』

 光の思いは言葉となって、仄に届いた。仄から暖いものが気脈に乗って流れてくるのを感じた。

『その言葉は、私にとって最高の称賛で、誇らしい気持ち、暖い思いを抱かせます』

 光は、これからは仄の事を、そう呼ぼう、と決めた。


■世界の読み手


「来たか」

 雫の部屋に、仄が現れると、それを察していたかのように言った。

「この度の出来事、私なりの解釈をお話しした方が良いかと思い、参りました」

 雫は頷くと、扇で気脈を仄の胸に結んだ。

『先程、光と話していた事は知っている。おそらく、こうした方が良いと仄も考えているのだろう』

『はい、雫さん。リンクや音声言語では、影響が出るという考えは私も抱いています』

 雫はゆっくりと頷くと、杯に徳利から酒を注ぐ。

『聞かせて頂こう』

 雫は杯を干した。

『竜の星で、六と話した事です』

 仄は光に見えせた様に、本の表紙と中身を雫に視せた。「本」は二人の中間、胸元の高さに浮かんでいる。

『なるほど』

 雫は閉じた扇を立てて口元に寄せた。そして「本」に向けて下げていた視線を仄に向け、扇を少し下げた。

『私は、「本」を書いた人物、おそらく、香の母親は、「本」の表紙を手に入れ、その中に何も書かれていない「本」の中身を新たに用意して入れた、と考えます』

 雫は頷いた。

『その行為、また、「本」に例の「この本を読むものの内に秘めたる、道理では叶わぬ切なる願いを書け」という文字を書いた行動は、「本」の表紙を媒体としたミームの伝播によるものだと考えます』

『ミーム、という考えは六の考えでもある訳だね』

 仄は首肯した。

『六の話によると、六達の前の生命体は、その発想、アイディアを別の世界からの伝播であると、考えていたと』

『その話、納得する事がある』

 仄の顔に、得心の色が浮かぶのを雫は認めた。

(とき)治兵衛(じへい)ですね』

 雫は頷く。

 刻の治兵衛とは、江戸時代初期、雫が安寧の霊脈を巡らすため、弟子の(いずる)を連れて諸国漫遊の旅をした時に出会った猟師の事だ。

彼奴(あやつ)は、猟師で物書き。猟師の腕は天賦の才。獲物の先の動きが分かる様だと言われていた。また、物書きもしており、その物語の作り様が』

 その話は、まだ灯が光の中に宿る前、灯が雫に話して聞かせてもらっていた話だった。その記憶を、仄は灯から引き継いでいる。

『話を作るのではなく、話が頭の外から降ってくるのだと、言っていたそうですね』

 雫は頷いた。

『それを思い出した。彼奴が語った話の内の幾つかは、気の触れた話としか思えないものが多かったが、今となると』

『予知したか、未来を見てきたかの様な話があった』

 再び雫は頷く。

『だが、予知としては、また、未来は異なっている事が多くあった』

『異なる時の線』

 雫は首肯した。

『そうだ。まるで別の時の線の世界を読んでいた様な』

 仄は同意する様に小さく頷いた。

『おそらく、この「本」の中身を書いた香の母親も、同じタイプの人間、では無いかと』

 仄の言葉が気脈に乗って、雫に届くのと同時に、仄も言語化した己の言葉が紡ぎ出した一つの概念が、二人同時に気脈に乗った。ちょうど同時に口に出した様に。

『世界の読み手』

 雫は考える様に、左手を顎に添える。

『仮に、刻の治兵衛、「本」を書いた人物の様な者を「世界の読み手」と呼ぶとして」

 仄は頷く。

『「世界の読み手」が「本」の中身を書き、「本」を完成させ、己の願いを書いた』

『はい、雫さん』

『とすれば、読み手に読ませた元のミーム。それを送った(ぬし)が居る』

 仄は首肯する。

『もはやそれは別の時の線、という次元のものではなく、まったく別世界の何者か、という事となりましょう』

『仄をして、そう思わしめる程の何者か、か』

 雫は、時の守神である、仄の能力、経験を持ってしても、計り知れない相手である、と同意を込めて言ったのだった。

『そう思います、雫さん』

『すると』

 雫の目の奥に少しばかり鋭さが宿った。

『幾つもの時の線に、「本」を送り付けたのも、その者。おそらく、その時の線の「世界の読み手」達への策』

『「本」は、この結ばれた時に関連したものだろうが、他にも送られている、と考えるのが』

『はい、雫さん。そう考えるのが良いかと』

 どれ程の時の線のどれ程の「世界の読み手」に、その何者かは「本」を、「本」に願いを書けと言うメッセージ、いや、ミームを送ったのか。

『「道理では叶わぬ切なる願いを書け」か』

 雫はその言葉を噛みしめる。

 まるで、検索のキーワードが判らないからアンケートを取っている様だと、雫は思った。

『向こうには、膨大な策の内の一つ。その一つがたまたまこちらに当たった、という事だろうが』

 だが、それによって引き起こされたのは。

 時の線の混線。まるで幾つもの時の線が糸の様に結ばれ結び目ができた様な怪異。

 仄はゆっくりと首肯した。

『ええ、雫さん。事は思う以上に重大かと。慎重の上にも慎重に』

 雫は、真っ直ぐに仄を見た。

『頼むぞ』

『承知致しました』

 仄は指先を畳につけると、頭を下げた。


■仄と灯


 玄雨神社境内に、光、仄、六の姿があった。

 三人が、混線した時の線の部屋に行くのだった。

 毎舞台には、雫の他、他の巫女達とアリスの姿。

 行く人選を雫は占った。

 その結果、選ばれたのがこの三人だった。

 出発は次の満月と決まった。明日の夜だった。

 灯も行きたいと思ったが、雫の占いの結果を考え、断念した。

 夜、灯は仄を自室に招いた。そして、行けない代わりに、仄に自分の体験した過去の出来事を十二分に伝えた。

 仄も、六と話した内容や光、雫と話した内容を灯に伝えた。

『気になる事があるのです』

 灯は仄に言った。

『虹色の気脈に打たれた私は、どうして光の意識の底に沈んだのか』

 仄は首肯した。

 光、雫の時と同じく、気脈を結んで話をしていた。明確な会話をするためだろう。

『その事は、私も気になっています。特に私の予知がなぜ外れたのか、という事も含めて』

 灯も頷く。

『今思うと、光の意識の底に沈んでいる間、私は眠っていたのではなく、時が止まっていたのかもしれません』

 仄の目が細くなった。

『やはり、時が絡んでいた、という事になりますね』

 仄の言葉に、灯が応える。

『ええ。だから、光には、そこに居ても居ない様な感覚になったのだと思います』

『虹色の気脈を受けた場所が、部屋の外だったのも、影響しているのかも知れません』

 灯がはっとした顔になった。

『混線した時の部屋の中の虹色の渦、そこから伸びて部屋の外まで来た虹色の気脈』

 灯の目も細くなった。

『時を跨いで存在する気脈。それに打たれた事で、私の時が止まった』

 仄は首肯した。そして言った。

『なぜ止まったのか、原理は不明ですが、虹色の渦が意図して行ったのではないかも知れません』

『ええ。二度目にあの部屋に行った時の事を考えて気がつきました。光はあの女性を連れ出そうとした。それはあの虹色の渦の願いとは異なる』

 仄の唇が薄くなった。重要な脅威と灯を気遣う気持ちがそこに現れていた。

『連れ出そうとしたのは、二度目の光。しかし、混線した時の部屋では、いつも「今」。そこには、過去の光、そして光の表層に現れた灯、あなたが居た』

『だから、攻撃された』

 仄は頷いた。

 灯はふぅと息を吐き出した。静かに言葉を気脈に乗せる。

『時は、厄介』

『ですね』

 仄と灯は、元は同一人物。意識が同調すると、ほとんど独り言の様になるのは、当然だった。

 仄は、灯と繋がった気脈から暖さが伝わってくるのを感じた。

『私の時を動かそうと、気遣っていてくれたのですね』

 灯は、仄が体を自分に戻した時の事を思い返していた。

『最後の灯』

 仄は灯をそう呼んだ。その呼び方は、二十三人の灯たちが灯を呼ぶ時に使った言い方だった。

『あなたが、無事である事が私達の願いです』

 仄の表情に少し戸惑いの色が浮かんだ。

『私達、ではなく、私ですね』

 仄は微笑んだ。灯も微笑み返す。

『そういう意味では、私達です』

 灯は仄の手を取った。

『確かに』

 仄はそう答えた。仄は灯の言葉の意味を十分に理解していた。

『ありがとう』

 灯は仄を抱きしめた。仄も優しく灯を抱きしめる。二人は少し離れ互いを見つめ合った。

『大丈夫。悲しまないで。私は今の自分にとても満足しています』

 灯を見つめる仄の目には、灯の目に浮かぶ涙が映っていた。

 灯は背筋を伸ばすと、しっかりした意識を載せて気脈で伝えた。

『光を頼みます』

 仄は静かに頷いた。そして、違いに握り合う手、灯を握る手に優しく力を込めた。

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