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結び目の巫女  作者: 鶴田道孝
2/11

灯と光の里帰り

■灯と光の里帰り


 光が東雲の実家を訪れたのは、礫の心配りで母純と再会した事がきっかけだった。

 光は双子の姉の灯が、時の中に消え、自分の中にいるものの、その存在と触れ合えない悲しさから、実家を訪れるのを躊躇、というより、忌避していたのだった。

 竜の星の一件で灯は戻り、そして、礫の計らいのお陰で実家へ帰るのに気兼ねがなくなった光は、灯と一緒に東雲(しののめ)の実家を訪れる事にしたのだった。

「さ、この辺空けて、そろそろ来るから」

 純はリビング中央あたりに居る夫である春喜や青樹に、その場所を空けるように言った。

 二人が場所を開けて数秒後、お揃いの水色のワンピースを着た光と、そして灯が現れた。お揃い、ではあるが、身体年齢が十二歳と六歳くらいという差があるので、デザインが同じ、という意味でのお揃い、ではある。

「ただ今、お父さん、お母さん、青樹(あおき)、香ちゃん」

 光が声をかけた。

 そして、灯が少しおずおず、という感じで、「ただ今」と言った。

「お帰りなさい!」

 純はそう言うと、二人のそばに駆け寄ると、二人をギュッと抱きしめた。

「く、苦しいよ、お母さん」これは光。

「うん」これは灯。

「あ、ごめんなさい」

 そう言うと純はパッと二人を離した。

「それじゃまるでアリスさんだよ〜」

「あはは。ホントだね」

 光の言葉に、笑いながら純は応えた。


 いつもより大きめのコタツが用意され、そこに料理が並んだ。

 東雲家勢揃いは何年ぶりだろうと、春喜(はるのぶ)は思った。

 そうか、光の七つのお祝いの玄雨神社の時以来か。そう思った春喜は、嬉しさと共に、心の内に少しの寂しさを覚えた。

 料理が並んでいる間に、灯と光は仏壇の忍の位牌に焼香していた。

 葬儀に参列できなかった事が、二人の心の何処かに刺さっていた。

 参列できない事は分かっていた。元より居ない娘。居なくなった娘が居なくなった時のままの姿で現れるのは、人の世の理に反する。

 二人がリビングに戻って来ると、会食が始まった。

 二人は青樹と香の婚約を祝った。

「ありがとう」

 微笑む青樹と、静かに礼をいう香。その顔には何かが腑に落ちていく様子があった。

「今更だけど、本当に神様になったんだね」

 香は自分の声が、どこか遠くから聞こえてくるような気がした。

 自分の歳が二十歳を超えているのに、同級生が小学校6年生の姿のまま。

 香の脳裏には、香の父親が経営する病院での出来事で、光が神である事を知ってはいる。しかし、子供の頃の出来事。しかし今、その姿を見て、改めてその認識を強くしたのだった。

 成り行きで小学校の頃の話になる。

「あの頃、三人でいろいろ冒険したね」と香。

「うん」と光。

「意外と青樹が強くて驚いちゃった」

「これでも東雲の直系ですからね」

 わざとむくれて青樹が言う。

 そんな様子を灯は静かに微笑んで見ていた。

「ねえ、灯。灯はあの時、光の中にいてその様子を知ってるんでしょう?」

「大体は」

 灯は三人とは別に、母純の膝の上にいる。その灯の頭を純は撫でている。灯は嬉しそうだった。

 そこに、え?と言う驚いた声が聞こえてきた。

「え? だって病室で、不死の治療を受けていたのは、私の弟だったよ。私の筈がないじゃない」

「おかしいな。お姉ちゃんと二人で病室に行った時、寝ていたのは香だったよ」

「ちょっと待って。病室には私と青樹と香ちゃんの三人で行って、治療を受けていたのは」

 光がそう言った時、光は目の前が歪む感じを覚えた。

 灯が素早く光を視る。

「どうしたの、灯」

「お母さん、運命の分岐点、みたいな視界を光が視てる」

 反射的に純は目を見開いた。そして本当の驚きに包まれた。初代時の女神として、純は何度も運命の分岐点を視ている。そして、それが混迷の始まりである事も承知している。

 純の時の女神としての記憶を持つ灯は、それを知っている。だから、こう告げた。

「でも、これは運命の分岐点じゃない。似ているけれど、違うもの」

 灯は光に冴えた声で聞いた。

「それで、治療を受けていたのは、誰だったの?」

 光はギクリとした様子を一瞬浮かべると、灯の方を見ると言った。

「治療を受けていたのは、何か良く分からない何か、だった」

 そう言いながら、光は頭が痛いとでもいう様子で目を閉じた。

 それと同期するように灯も目を閉じる。

 灯が目を開く。

「そうか。そしてあたしが目覚めたのか」

 光も目を開く。大きく。一呼吸の間の後、「だからその後の記憶が無いんだ」

 灯が頷く。

「そうね。あの時、光の手に負えない事象が起こった、と私は認識して、光の体を借りた。考えてみれば」

 およそ六歳の体には似つかわしく無い思慮深い表情を形作ろと、軽く眉間に皺を寄せて言った。

「本来、光の意識と私は混じり合い、一つになる筈だった。それが成らなかったのは、そのため」

 光は少し目に力を込め、右手で胸元を抑えると、そこが痛むように言った。

「だから、お姉ちゃんは、私の中に居るまま、居なくなったんだね」

 灯は頷いた。

「何があったの、お姉ちゃん」

 光は身を乗り出すようにして、灯に尋ねた。

 灯は優しく口を一文字に横に引くように微笑んだ。

「光、それは神の領域の話。それに」

 灯は周りを見回すようにすると「みんなが話についていけくなってる。この話はまた今度」

 そう言うと、灯は青樹と香に「心配ない。事は済んでいる。怪異があって、みんなの記憶が混乱してるだけ」

 そして、優しく「大丈夫」と言った。

 その後は、病院の話は終わりになった。光、青樹、香の付喪神退治の話で三人は大いに盛り上がった。

 時折、春喜が口を挟む。

「その付喪神って、鬼とは違うのかい?」

 東雲家は鬼払い師。人に憑いた鬼を払うのを家業としている。鬼については熟知している。

「付喪神とは、多分少し違うんだけど」と青樹が言い淀む。

 光が少し恥ずかしそうにしながら言った。

「私から漏れ出す神の力が、器物に宿って、即席の付喪神になったのよ」

 ゴッ。

 大きな音が響いた。

「大丈夫!」

 純が灯のおでこを撫でている。

 灯がコタツ板におでこをぶつけたのだ。

「大丈夫、お母さん」

 六歳らしい感じでそう言った後、大人びた口調で灯が言った。

「すまない。それ、私が原因だ」

 え、と言う声が光、青樹、香から漏れた。

「光が寝ている間、私の意識が支配的になる。その時、光の見ている夢を私も視るのだけれど、場面場面で一部の気脈が抜け出して、現実のその場所に届いてしまう」

 きっと、気脈の流れに霊脈が巻き込まれて、器物に注がれ、付喪神を作ってしまったのだろう。

 と、バツの悪そうな感じで灯は言った。

「道理で学校とか、公園とか身近なところばかりで付喪神が沸くわけだ」

 腑に落ちた様子で青樹が言った。

 香は、時々光に感じていた、もう一人の人格がこの小さい女の子だったのだと、はっきりと知った。

 そして、灯、光、青樹の純に視線を走らせると、本当に変わった姉弟だと、思った。姉が一番年下に見えて、末の弟が一番年上に見える。

 ああ、神様には人の道理は通用しないものだものね。

 香はそう思った。

 その後も、付喪神退治の話は続き、会食は楽しいまま、終わった。

 光と灯は一晩東雲家に泊まると、翌日、玄雨神社に戻った。

 そして、記憶の食い違いを雫に伝えると、雫は考え込むようにした後、アオイにアカネを寝かしつけるように言うと、六を呼んで光と灯の話を詳しく聞く事にしたのだった。

 そこにアリスが現れた、と言う次第。


「という記憶の混乱があるんです」

 そう、光は事の顛末を語り終えた。


■アカネ、乱入する


 アリスは自分が聞きたい事を言い出すより、持ち前の好奇心で光に聞きたいことが山のように膨らんだ心に逆らえきれず、まるで学校で先生に指名されたいばかりに思いっきり手をあげる子供のような気持ちになっていた。

 そんなアリスが声を出そうとした矢先。

「ぶは〜〜ッ」

 誰も居ない筈の空間から、それまで息を殺していたのが耐えきれなくなって、溜めた息を大きく吐き出したような音がした。したと思うと、その場所の景色が妙に歪むや否や、アオイとアカネの二人の姿が現れたのだ。

 光がギョッとして、二人を眺める。二人が居るのは、舞舞台下手袖の舞台手前。

「やはりそこに居たか」

 雫の声に、アオイが済まなそうに応えた。

「すみません、雫師匠。アカネが寝付かないどころか、気脈でここを探ってみんなが集まってるのを知って」

 後の台詞をアカネが引き取る。勢いづいて言う。

「みんなあたしを除け者にするなんてズルい! 面白そうなコト大好きなのに!」

 だからだよ。

 と、場にいる全員が思った。アリスでさえも。

「込み入った話になると思った故、話の整理が付くまでと思っていたが」

 雫は真顔から少し可笑しそうな、どちらかと言うと悪戯(いたずら)を見つけて苦笑する親、のような表情を作った。

「それにしても、見事な『隠業(おんぎょう)』だったな」

 ピコン!

 アカネのプライド上昇探知機が反応した。

「ね、ね、凄いでしょ! 最近できるようになってきたんだけど、こんなに上手くいくなんて、あたしやっぱり天才だよね〜」

 それを見ていたアリスが右手で両眼を覆う。

 そしてそんなアリスの様子を雫が感じ取っているのも、アリスは肌で感じている。

 自分のミニチュアがあそこに居る。自分の醜態をデフォルメして見せらてる。

 そんな痛い思いをアリスは抱いたのだ。

 見てらんない。

 そうアリスは思った。

「ところで、その『隠業』如何に成した?」

 仰反らんばかりに胸を張ると、自慢げに言う。

「あたし、竜の女神になったでしょ。で、竜の言葉、電磁波だっけ、が聞こえたり見えたりするようになって、で、その電磁波を出したりもできるから、光も電磁波だから、もしかしたら、曲げたりできるんじゃないかって思って、やってみたの!」

 エッヘン。

 全員、そういう擬音がしたような気がした。

 本来なら面白現象にアリスが食い付きそうな所だが、ここで食いついたら後で雫に良いように弄られる、弄るのは大好物だけど、弄られるのは嫌いなアリスはぐっと我慢した。思わず丹田に力が篭る。

「光学迷彩、ね」

 できるだけ、さり気なくアリスは言った。心の中では雫が笑いを堪えているという想像を止める事が出来なかった。

「すごいでしょ!」

 とうとうアカネはのけ反った体勢の上に、両手を拳にして腰に当てた。

「うむ。その上気脈の流れを緩やかにして、他の巫術師に見つからないように整えるのも見事だった」

 あ゛〜〜〜雫ぅ、その子をそんなに褒めないでぇ〜! 付け上がったら手に負えないよぉ。

 アリスは心の中で悲鳴を上げた。

「えっへん」

 アカネが言った。

 ぽかり。

 アオイがアカネの頭を軽く叩いた。

「ダメでしょ。お話の邪魔をしちゃ」

 う゛〜〜。

 両手で大して痛くもない頭を抑えてアカネは唸った。口が尖っている。

「それに、雫師匠は『やはりそこに居たか』っておっしゃったのよ」

 アカネの顔に驚きの色が広がった。そして頭から離れた両手と共に、その両方がガックリと落ちた。

「なんだー。師匠にはバレてたのか〜〜。残念〜〜」

 アリスの頬はヒクヒクした。

 アカネとアオイのコントじみた会話が、まるで自分の内側の何かに突き刺さる感じがしたからだ。その何かを語るのは、やめた方が良いだろう。

 アリスは心の中で、突き刺さった何かを心のガーベジコレクションに投げ入れると、平静を取り戻した。心の中でため息をつく。

 まったく、ミニアリスって呼ばれるワケだわ。あの子は。

 心の中でボソリと呟くと、アリスの好奇心が表層意識に上り詰めてきた。

「雫、質問したい事があるんだけど」

 と声に出そうとしたら、それより先に「はい、はーい!質問、質問!!」という声が響いた。アカネだった。右手を挙げている。

 雫は頷いた。

「光も一通り話した事だし、佳いだろう」

 両眼をキラキラさせながらアカネは言った。

「なんでみんなで揃って、相談してるの? 記憶の食い違いだけなら、過去を見に行けば誰の記憶が正しいかすぐ分かるじゃん」

 アオイが拳を振り上げたものだから、アカネは言い直した。

「分かると思うんです」

 語尾は小さい音声になっていた。身を縮め両手で頭を庇っている。

 アリスははっとした。自分の聞きたい事とほぼ重なっていたからだ。

 アカネは竜の女神。だが時の女神の力も持つ。故に過去に行って確かめる、というのは歩いてどこかに行くのと同じ感覚なのだ。

 雫は頷くと、言った。

「その問題の時点は、とても危うい。だから生身でそこに行くのは危険だ。だが」

 雫はそう言うと灯の方を見た。

「灯の業なら、見られるだろう」

 雫が言うのは、灯のみが行える時の狭間から時の線の中を覗き見る方法。

「ええ。ですが」

 そう言う灯の言葉を雫は引き取った。

「まだ完全に神になってはいないとは言え、光では対処できない程の事。それを収めるため、あえて灯は光の体を使った」

 そこまで言った時、雫は六の気脈の色が変わった事に気がついた。雫の視線が六に向くのを見ると、光、灯、アオイ、アカネ、そしてアリスも六の方を見た。

「玄雨灯初代、改め玄雨仄、まかり出でまして御座います」

 まるで襲名披露の様に口上を述べると、仄は両手をついてお辞儀をした。

「その『時』が危うい、というのは、私も同じ考えです」

 雫はやはり、と言う顔をした。

「以前、其方は光と灯は混じり合い一つになると予言した。しかし事はそうならなかった」

「はい。時の守神である私の予知が外れるなど、まずあり得ぬ事。それが起こるとすれば」

「運命の分岐点か、それ以上の」

「左様に」

 時代劇ががった会話をアカネの音声が切り裂いた。

「もー、全然分かんない! 行って見てくるんじゃダメなの?!」

 雫も仄も、くすりとした。

「そう、ダメなの。とても危ないの。外から覗くのも危ないくらい」

 アカネはアオイの声音に恐れが潜んでいるのを聞き取った。アカネの苛立ちは消え、アオイの恐れがアカネに忍び込んだ。

「時の守神の力を持ってしても、予知が外れる『時』」

「もはや単なる運命の分岐点どころではありませぬ。そう喩えるなら」

 一呼吸置いて仄は言った。

「時の渦と」

「幾つもの時の線が絡み合い、渦のようになっている『時』」

「左様に」

 アリスは頭が痺れるのを感じた。

 この中で一番時空干渉能力が高いのは時の守神玄雨仄。その仄でさえ、干渉するのが難しいと言う事だと理解したからだ。

 灯が口を開いた。

「私は光の体を借り、ひとまずその場を収めましたが、青樹と香ちゃんの話から」

「どうやら事は完全には収まっていなかったようです」

 灯の言葉を光が続けた。


 場の空気が冷たくなったように、その場の全員が感じた。

「少し話を整理しましょう」

 煮詰まった会議をリセットするようにアリスが言った。

「その事象、そうね仮に『時の渦』と呼ぶ事にして、今分かっているのは」

「光がまだ神になっていない時、弟の青樹と光の同級生の香の三人で、香の父親が経営する病院に大きな付喪神が沸き、それを退治しに三人は病院に行った」

 雫が事件の始まりを言った。

「はい。そしてその退治の途中で、当時の私には手に負えない何かが起こって」

「私は光の体を借りて事を収めた。その反動で光と混ざり合う事なく、光の中で眠る事になった」

 光と灯が事件の残りを話した。

「ところが、その病院事件の記憶が、当の三人でバラバラになってる」

 そう言うとアリスは考えるように、右手の人差し指と親指で自分の顎を軽くつまんだ。

「確かに、単なる記憶の不一致なら、アカネが言うようにその時点に行って見てくれば真実は直ぐに分かる。だけど、時の守神の予知を狂わせる程の怪異がその時あって、それが原因で、三人の記憶の不一致が起こっているとしたら」

 自問自答するように、アリスは言った。

 それに雫が言添えた。

「記憶の不一致だが、単に記憶が混乱した、と言う事では無いと思う。青樹も香もよく知っている。怪異に出会って記憶違いを起こすような人間では無い」

 光が東雲家で成長する間、光に預けたカエルの焼き物に宿る付喪神のカエル仙人を通じて、雫は二人の事をよく知っている。それに。

「青樹と香は、玄雨神社で巫女の修行をした事がある。短い間だが」

 え、それちょっと初耳なんだけど、と言う感じの顔をアリスがした。

「純が、青樹の事を心配して神社に送った事がある。自分と同じ、本体は女性、と言う事では無いかと。アリスにも手伝って貰おうと思ったが、何か知らないがアリスは忙しそうだったから、此方だけでもできると思い伝えなかった」

 あ〜。思い出した。そう言えばセリスが純くんの子供が産みたい、みたいな感じになってて、どうしたものかとか、どうしたらできるかとか、あれこれ悩んでた時期だ。

 セリスの遅れて来た反抗期みたいになって、ちょっとだけ大変だった時期だわ。

 当時のセリスの体には、アリスとセリスの人格が宿っていたのだから、片方の人格の不調は他方にも大いに影響する。アリス的には対処に心のリソースを大量に必要としていた時期だったとも言える。

「それで、青樹を玄雨神社に招いたのだが、招く時、たまたま居た香が一緒に行くと言い張った。視てみると気脈の流れが整っている。付喪神退治をしている事は分かっていたから、助けになると思い香も招いたいのだ」

 そして二人は、決まった時間に玄雨神社を訪れ、巫女の修行をして家に戻る、と言う事を繰り返した。

 送り迎えしたのは、光だった。正確には、光の中の灯が現れ、玄雨神社に(いざな)ったのだ。

「巫女の修行で、青樹が純と同じような本来は女性、と言うことでは無いと分かった。ただ、青樹は男性としては気脈の流れ方が巫女に近く、巫術を完全に覚える事はできなかったが視る事はできるようになった。香も視る事が出来る。少しなら気脈を通じて霊脈も操れる」

 だから、怪異に会って記憶違いを起こすような人間では無い、と雫はまとめた。

「記憶違いで無いとすると、一体どう言う事が考えられる?」

 アリスの問いに、一呼吸分の静寂が舞舞台に訪れた。

 仄が口を開く。

「他の時の線の記憶が混ざる事があります。滅多に無い事ですが」

 全員の視線が仄に集まる。

「運命の分岐点が起こる時、枝分かれした片方の時の線の記憶を、もう片方の時の線の人間がその一部を記憶している、と言うような?」

 雫の問いに仄が答える。

「はい。玄雨純がアフリカの太鼓から霊脈が噴出しなかった時の線の夢を見たように」

 あり得る話だと、雫は思った。

「それに」

 一呼吸置いて仄は言った。

「『時の渦』は少なくとも三つの時の線が絡まったもの。三人の記憶の相違は、その線ごとの記憶が混ざった事だと、考えられます」

 仄が静かにそう言った時、アオイは気がついた。隣に座っているアカネが両眼をくるくると回して、ぶつぶつ言っているのに。

 あ、この子、何か考えを巡らせてる。

 とアオイが思った途端。

「ね〜、その事件の事、私の生まれる前で、良く知らないんだけど、最初から詳しく話して欲しいなぁ。あのね、私が知りたい、って事もあるけど、そうすると、何がその、『時の渦』の原因か、理解しやすくなると思うんだ」

 ほう、という視線を雫はアカネに向けた。

「あ、理解しやすい、ってのはあたしが、ってコトじゃなくて、みんなって意味だよ」

 この台詞の終わりの方はやや自信なさそうになってはいた。そんな事みんな知ってるかも、という不安がアカネの心に忍び込んだためだ。

「それについては、六も知りたいと言っています」

 仄のこの言葉に、アカネは大いに力付けられた。

「なるほどね〜。問題の整理と共有化かぁ。基本だね。忘れてたよ。エライぞアカネ」

 そう言うとアリスはアカネの後ろから抱きついた。

「う゛〜、苦しい。アリスママ、ギブ、ギブ」

 首を絞められてアカネが手で床を叩く。

 あはは、と言うとアリスはパッと両手を話した。

 風が吹いて、玄雨神社舞舞台から見える木々をそよがせた。

「では、私が記憶している事件の始まりをお話ししましょう」

 光はそう言うと、舞舞台の中央に進んだ。

 光が舞舞台中央に進み始めると、灯も一緒に付いていく。

「光、光が語るだけだと、伝わる情報に漏れが出るかも知れない。光の体験をみんなの感覚に繋いで、追体験してもらうと良いと思う。私はその手伝いをするから。危険な記憶があったら、遮断する」

 灯の言葉に光は頷いた。

 灯は、自分の額から光の額に気脈を伸ばす。そして、自分の胸から幾本もの気脈を伸ばし、全員の気脈と結んだ。

 こうして、光の記憶を舞舞台全員が共有する準備が整った。

「それでは、お話し致します。事の発端から、私の記憶が途切れるまで」

 そう言うと光は目を閉じた。

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