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結び目の巫女  作者: 鶴田道孝
11/11

雫、帰還する

■雫、帰還する


「必ず、還ってくるのよ。雫」

 アリスの言葉が、玄雨神社境内に響いて消えた。

 どれくらい待つ事になるか。

 と、アリスが思った矢先、それは起こった。

 雫が消えた場所に、雫が現れた。

 は、はや。

 と、アリスは肩透かしを喰らったような気持ちを抱いた。

 しかしこの時、アリスの心はこの感想の他に、二つ事を同時に行っていた。行わざる得なくなっていた。

 一つは、雫の帰還の報を竜の星にいる六とアカネに伝える事。

 雫が現れるとすぐにハンドサインで光に指示を出す。

 これは、かねてからの手筈どおり。

 もう一つは、後頭部の皮膚が引きつるような感覚を抱いていた事。

 その理由は、雫の隣にいる巫女装束の少女の姿を目にした為だった。明らかに異常事態。

 年格好はアカネ、アオイ、そして仄と同じ。しかし目を閉じている。髪は黒く、そのまま背中に流し、前髪は眉の高さで切り揃えられている。

 だ、誰?

 後頭部が引きつる感覚を抱いたまま、アリスはそう思った。

「アリス。無事戻った」

 アリスの耳に雫の安堵した声が届く。

 アリスは肩の力が抜けた。溜めた息が吐き出された。

 アカネ、六、光の姿が現れるのを認めると、雫は静かに言った。

「こちらは、ユイ」

 雫にユイと紹介された巫女装束の少女は、御辞儀をすると、「私はユイです。そして」と言うと、ずっと閉じていた目を開いた。「私はイトです」と言うとまた目を閉じた。

 え?何?

「通常、介在者のユイが表に出ている。イトは塩の石臼の代理。そうだな、塩の石臼との連絡役、と言う所か。ユイが私達と共に暮らして、示唆を得る、と言う分担、のようだ」

 何? 雫にしては曖昧な説明。

 アリスは、自分の目がグルグル周りそうになるのを感じた。が、そこは気合で押し留める。

「そう」

 何事もなかったかのように振舞うが、背中に冷や汗をかいているのを感じている。

 雫が言った内容を思い返して咀嚼する。電気が走った。


 世界の中心で悩みを叫び続けていた万能の器物の代理人が、やって来て、ここで一緒に暮らす、ですって!?


「はい。アリスさん。その理解で問題ありません」

 アリスの耳にユイの声が響いた。

「皆さんのお名前、状況は雫さんの記憶から承知していおりますので、自己紹介は不要です。私達の事をご説明します。皆さん、疑問に思われているでしょうから」

 ユイは淡々と言った。最後のところだけ、ほんの少し、クスリ、と笑っているような印象が有った。

「私の素性(そせい)は、こちらの星の人類と同じ構造になっております。衣装は向こうで作成したものを着用しております。ただ、こちらの星の人類とは異なる点もあります」

 光は、灯の様子がおかしいのに気が付いた。

 目を見開き、歯を噛み締めているように、頬が緊張している。

「どうしたの? お姉ちゃん?」

「灯さんの見立ての通りです」

 ユイの声が響いた。

「光、霊脈を視る遣り方で視て」

 灯のその言葉に、光の他、アオイ、アカネもユイを霊脈を視るようにして視た。

 光、アオイは絶句した。

 そこに無邪気な声が響き渡った。

「すごーい。体が全部霊脈でできてる!」

「はい。アカネさん。イトは塩の石臼とつながっている為、この密度の霊脈が必要なのです。イトは私の中に居ますから、このようになります」

 だ、大丈夫なの!?

 アリスもユイを霊脈を視る方法で視て、話を聞いた。そしてこう思った。

 こんなに高濃度の霊脈が急に現れたり、移動したりして。時の線に影響とか、雫の安寧の霊脈に触りが出たりしない!?

「アリスさんの疑問はもっともです」

 ユイはアリスの方を向くと、言葉を続けた。

「イトの気脈は龍脈規模の高密度霊脈ですが、連続的には隔絶されていますので、周囲への影響はありません」

 ユイは灯の方を向いた。

「ご安心ください」

 灯は、肩から力が抜けるのを感じた。

 ユイは雫の方を向くと、こう言った。

「はい、承知しました。確かに境内で長話はよろしく無いですね」

 頷き舞舞台に進む雫に付き従い、ユイは舞舞台に登った。

「皆も上がれ」

 雫の声に、まるで石化が解けた勇者の様に、残りの全員があたふたという感じで舞舞台に上がる。

 全員では無かった、やたらウキウキしている女神が一柱。

 そして六と仄だけが、静々と進む。しかし、仄だけが緊張している様に感じられた。


 舞舞台下手袖に、座布団が敷かれ、雫の左隣にユイ、雫の右側にアリス、アカネ、アオイ、光、灯、仄、六の純で座る。

 車座になっているので、ユイの隣は六となる。

 雫がユイに頷く。

「はい。では自己紹介の続きです」

 そう言うと、ユイは両手を前に付けて、丁寧にお辞儀をした。

「こちらで雫さんの弟子として、皆さんと一緒に巫術の修行をする事となりました。どうぞ、よろしくお願い致します」

 そう口上を述べると、両手を床から離した。

 アリスは、自分の目が大きく開くのを止めることが出来なかった。口がパクパクしそうになるのを止めるので精一杯だったからだ。

「だって、体の中に龍脈あるんでしょ? なのに巫術覚えるって、おかしく無い?」

 どうせ心で思っても、言葉で行っても同じなら、言ってしまえ、という半ば投げやりな感じの口調だった。と言うより心の声がだだ漏れだったのかも知れない。

「そうお考えになるのも当然です。ですが、扱う量が多いほど、繊細な技を行うのは難しいのです。先ほども申しましたが、イトが持つ龍脈はイトが管理しておりますので、私自身は普通の巫術師程度の気脈の保持になっています」

「ユイ、その認識は間違いだ」

 顔に疑問符が書いてあるというような表情で、ユイは雫の方を向いた。

「普通の巫術師ではない、相当な使い手の気脈の量だよ」

 雫は灯、仄の順に視線を走らせる。

「灯と仄の中間くらいだ」

 アリスは後頭部の皮膚が引っ張られるのを感じた。頭が後ろにのけ反りそうになる。

 灯と仄の中間くらいって!

 それ全然普通じゃ無いよ!

 無茶苦茶だよ!

 アリスらしく無い無邪気な思考が駆け巡った。

「そうなの、ですか?」とユイ。それに頷く雫。

「しまった。以前、仄さんとは接触したので、仄さんと雫さんの間くらいで、と設定したのが間違いでした」

 そうよ。大体、雫は普通の巫術師じゃ無いわよ。

 何故か、アリスは奥歯をキリキリと噛んでいる自分に気づく。

 そしてアリスの意識はユイのサラッと言った言葉に向かう。

 え?仄と接触?

 雫がユイに言った。

「その話は後で」

 雫はアリスに言った。

「ユイが言ったのは、偏差の中間という意味での普通だ」

「アリスさん、お気を悪くしたのでしたら謝罪します。先程の言、訂正します。雫さんの気脈の量ですが、それは向こうで計測した量。つまり、この玄雨神社での雫さんの気脈の量の事ではありません」

 巫術師は、周りの霊脈を空気の様に呼吸している。塩の石臼の空間では、雫は己の体内の気脈のみだったが、ここ玄雨神社ではそうでは無い。

 アリスは、自分の頭の中のカリカチュアされた自分が、判かれば良いのよ、判かれば、と口走っている声を聞いていた。

「ユイは、より繊細な巫術の習得の為に、ここに来た。もっともその繊細な巫術、というのが、この世界の一般的な巫術の事なのだが」

 雫の言葉は、少し苦笑するような声音だった。

「いえ、一般的では無いことは承知しています」

 ユイは真っ直ぐに雫を見ると、言葉を続けた。

「技の真意は、術者の本質による、と理解しています。雫さんの回答は、常人に為せるものではありません」

 あー、なんか、よっぽど雫の事を買ってるわね。

 その様子を見ていたアリスは、単純にそう思った。

「あのー」

 そんな感慨にふけるアリスの耳に、恐る恐る、という感じの声が聞こえてきた。アカネだった。

「あたし達は、ユイ、さん、って呼べば良いんですか?」

 ユイはアカネの方を向くと微笑んだ。

 自分の方を向かれ、この時アカネは、目を閉じているのにこっちを向くんだ、と本当に無邪気な感想を思った。

「話す相手の方を向くのは礼儀です。私の事はユイと呼んでください」

 考えている内容を読まれて、アカネは思わず口に手を当ててしまっていた。その手をパッと下ろす。

「じゃ、あたしのコトもアカネって呼んで」

「はい、アカネ。承知しました」

 アカネはきゃっきゃとはしゃぎ、もう友達だね〜と嬉しそうにしている。

 その様子を、仄、そして灯が緊張した様子で見ている事に光は気がついていた。

 

 ユイの自己紹介も終わり、場はお開きとなった。

 雫は、去ろうとする仄、灯、光の三人を呼び止めた。

「仄と灯と光にユイから話がある」

 雫はアリスの方を見る。アリスはどっかりと胡座をかいて座ったままだ。

「あたしも居るわよ」

「どうせ帰れと言っても帰らないだろうから、止めはしないが、あくまでオブザーバーだぞ」

 アリスは、うん、と頷いた。

 玄雨神社舞舞台下手袖には、雫、その左にユイ、仄、灯、光、そしてアリスの順の車座となり、残った。

「お話しする場を設けて頂き、ありがとうございます」

 そう言うと、ユイは頭を下げた。

「まず、灯さんが仄さんに体を貸すこととなった経緯に、私達の影響があった事」

 ここでユイ、雫の方を見る。

「なるほど。事の次第を先に話した方が良いですね。知らない事を謝罪されても、もしくは、それから起因する事を感謝されても、腑に落ちないばかりか、気味が悪いでしょうから」

「知らない、事?」

 仄がユイを見つめてポツリ、と言った。

「あの時の龍脈、と触れた事?」

 続けてポツリと言う。

「お話し致します。あの時起こった事を。貴方が覚えていない事を」

 そう言うと、ユイはゆっくりと目を開けた。

「ここからは、私、イトがお話しします」

 玄雨神社舞舞台下手袖から舞舞台全体の空気が緊張していった。


■イトは語る


「お伝えする方法として、五感のほか、思考の流れを用いようと思います」

 そうイトが言うと、玄雨神社舞舞台は消え、漆黒の空間の中に六人は居た。

「皆さんの周りを私の気脈で覆い、記憶を再現しています」

 記憶、誰の?

 光はそう思った。

 イトは光の方を見ると、「時の間で、仄さんと接触した時の龍脈、の記憶です」と言った。

 光はその時、イトの目が青白く光っているのに気がついた。まるで押さえ込んでいる気脈の光が漏れ出ているように。

 漆黒の空間に、光りの筋が現れた。

「これが、この記憶の主の時の龍脈です」

 光りの筋のそばに、小さな光りが現れた。

「この光りが、仄さんです」

 その光りをよく見ると、いくつかの光りの集合体であることが判った。

「二十三人の灯達の気脈が、一塊になっている」

 小さな光りを見た灯が、そう呟いた。

 仄は灯の手の上に己の手を乗せると、頷いた。

 小さな光りが、光りの筋と接触した。

 途端に、周りは漆黒から真っ白い空間に変わった。輝いているようではあるが、眩しくは無い。

 ある一点から、青白い(もや)のようなものが、ゆっくりと空間に漂い出しているのに、灯は気がついた。

 それの青白い靄を意識した途端、灯の意識の中に、ある感情が流れ込んできた。

 灯はその感情の強さに頭が痺れるのを感じた。そして、乗せられた仄の手を取り繋いだ。その手に、どうしても力が篭ってしまう。

 その感情は、その青白い靄に意識を向けた雫、アリス、光にも流れ込んでいた。

 悲しみ、切望、絶望、悔しさ、諦め、そう言った感情が渦巻いていた。

 青白い靄の周りに、薄い朱色の靄が現れた。

 灯は、薄い朱色の靄を意識した。

 感情が流れ込んできた。

 青白い靄を意識した時に流れ込んできた感情の渦が鎮まっていくのを感じた。薄い朱色の靄は、安らぎと希望、温かい気持ちを灯にもたらした。

 灯は、自分の手を握る仄の手の力が強くなっているのを感じた。

 二つの靄は重なり合っていた。

 重なり合う二つ靄。

 灯は再び、薄い朱色の靄を意識した。

 灯の脳裏に、幾つかの考えが、まるで光りの塊が頭の中で発生したように感じた。そしてそれは次々に発生し、意識の中を通り過ぎていったように感じた。

 その光りの塊は通り過ぎる時、まるで雷が森に火を付けるように、意識の中に小さな爆発を起こしたのを感じた。爆発が収まると、そこにはしっかりとした「考え」が落ちていた。

 薄い朱色の靄は消え、青白い靄が薄れてくのを灯は見た。

 青白い靄に灯の意識が向く。

 灯は、悲しみ、切望、絶望、悔しさ、諦め、そう言った感情の渦が再び自分に流れ込んでくると思ったが、流れ込んで来たのは、鎮まった感情と強い意志の力だった。

 灯は、握る仄の手から力が弱まるのを感じた。

 白い空間から、再び漆黒の空間に変わった。

 小さな光りから光りの筋が離れていくのが見えた。

 そして、小さな光りも消えた。

 漆黒の空間が消え、玄雨神社舞舞台に戻った。

 灯は、仄の手が離れるのを感じた。仄の方を見ると、仄はイトの方を見つめていた。

 その時初めて、灯は光が自分の手を掴んでいるのに気がついた。そしてその手は、小さく震えている事にも。

「こういう事だったのですね」

 仄は穏やかに、だが、力の篭った声音でイトに言った。

 イトは、ゆっくりと頷いた。

「仄さん、貴女の理解、合っていると思います」

 イトは、灯の方を見た。そして、再び仄の方を見る。

 イトは、小さく頷くと言った。

「仄さんは、私の提案を知りました。そして、灯さんに伝えるのを躊躇しています。ですので、私が述べたいと思います」

 良いですね?

 仄の方を向くイトの目は、そう語っていた。

 灯は、自分の手に再び仄の手が乗せられるのを感じた。灯が見る仄の瞳には、イトが映っていた。

「仄さんは、光さんの七つのお祝いで光さんと再開した灯さんを時の狭間で見ました。そして、その事を知り、皆さんが見た青白い靄のような感情を抱きました。あの感情がどう言う感情かは、皆さんの理解の通りです」

 灯は胸が締め付けられる気がした。

 光は頭に衝撃を受けた気がした。

 アリスは、胸の奥に小さな、だが、鋭い痛みを感じた。

 決して得られない、望み。だが、それを与えるために事を成した。しかし、得たものを見ると、得られなかった事を改めて実感する。それは打ちのめす。それを欲する心を。そして絶望を与える。

 灯は、乗せられた仄の手を握り返した。

「私からの提案は次の通りです。仄さんの気脈を灯さんに移す。灯さんは仄さんと一体となる。そして、仄さんの中の光さんの一部を光さんに還す」

 イトは視線を舞舞台の奥に向けた。

「貴方が聞いている事は承知しています。提案には続きがあります」

 そう言い終えた時、仄の後ろに六が現れた。イトは六を見る。そしてイトは言葉を続けた。

「仄さんと六さんの接続は残ります。その接続は一体となった灯さんが継承します」

 イトは六に向けた視線を、仮に視線にライトのような幅があるとすれば、その幅を絞ったように見つめた。

「貴方の友との接続は継続します」

 六は、仄の左肩に手を置く。仄は右手を添えた。

 六は消えた。

「六さんは、提案の結果がどうなろうと同意すると言う意思を私に伝えました」

 イトは淡々と言った。

「さて」

 そう言うと、イトは灯に視線を移した。

「灯さん、私の提案、いかがでしょう?」

 イトは光に視線を移した。

「光さん、私の提案、いかがでしょう?」

 灯は、仄を見た。しかしその表情からは何も読み取れなかった。

 全てを私に委ねている。

 そう、灯は感じた。

 灯は青白い靄から伝わった感情を思い返した。自分の内側にいろいろな思いが渦巻くのを感じた。元は同じ灯。でも仄とはその後歩んだ道が違う。でも。

 灯はその左手を光の右手に重ねた。

 光は灯の手に優しいが力が籠っているのを感じた。

 光は灯の顔を見る。その表情の意味を知る。

 決めたんだね。お姉ちゃん。うん、分かった。

 光は灯の手を握り返した。

 仄、灯、光は、それぞれの手を離すと、その指先を床に付ける。そしてイトに向かい一礼した。

「承諾の意、承りました」

 イトがそう告げると、三人の前に暗いが青白く見える球体が現れた。雫は、塩の石臼と会った空間に似ていると感じた。

 仄から球体に気脈の流れが生じた。仄の気脈が球体に吸い込まれていく。と同意に、球体から灯と光に気脈の流れが生じた。球体から灯に気脈が流れ込む。光に流れ込む。

 それを見る雫、アリスの目には、灯、光の中で、球体から注がれた気脈が渦を巻いているのが視えた。そしてその渦は次第に収まり、球体からの気脈と、灯、光の元来の気脈と区別が付かない、混じり合った、と言うよりも、元から一つであったように、そう、まるで元に戻ったように視て取れた。

 カタリ。

 仄の体が後ろに倒れかかる。

 それを、いつの間にか現れた六が支えている。先ほどの音は、仄の体と六の腕が接触した音だった。

 六は仄の体を両手で支えると、消えた。

「六が、仄だった外殻を竜の星のベースに戻しに行ったのです」

 灯がそう言っていた。

「お姉ちゃん?」

 光は灯の方を見た。

 灯は光を見つめる。

「光、光、光」

 そう言うと灯は光を抱きしめた。

 体のサイズは、光が小学校六年生くらい、灯が六歳くらい。灯が光の体に手を回し、抱きつく形になる。

 光は優しく微笑むと、灯の頭を撫でた。

「お帰りなさい。仄お姉ちゃん、もういつも一緒だよ」

 その光景を見ながら、やっぱり仄ちゃんも、あの泣き虫の灯ちゃんだった訳だね、とアリスは思った。

 アリスの脳裏にある考えが浮かぶ。

 じゃ、あの冷徹っぽい一面は?

 その答えをユイが言った。いつの間にか目を閉じ、イトからユイに戻っている。

「それは、時の龍脈の影響です。その影響で、いろいろと仄さんにはご迷惑をおかけしました」

 まさか!?

 アリスはある事に気がついた。

 すると。

「はい、アリスさんの推理を完全に否定する材料はありません。ただ、完全に肯定する材料も用意しておりません」

 アリスは、ふぅ、とため息をついた。うまくはぐらかされた、というため息だった。

 アリスは、静かにそして嬉しそうに灯、光を見ている雫に気がついた。

 まあ、良いわ。

 終わり良ければ、全て良し、ね。

 そう思うアリスの耳に、風にそよぐ境内の木々のさざめきが聞こえて来た。

 アリスはその木々の音を、祝福する音楽のように感じていた。


■エピローグ


 アリスが執務室で執務を行なっていると、気配がした。

 アリスは顔を上げる。そこには雫が居た。

「話があると思ってたわ。でも、時間は大丈夫?」

 アリスは、安寧の霊脈と雫の繋がりの事を言っていた。あまり雫が日本を離れると、霊脈との接続が切れ、安寧の霊脈が最悪壊れる。

「大丈夫だ。アリス、その事も含めて、話がある」

 アリスの雫を見る目に、真剣な光りが宿った。

「長くなりそうね。お茶を入れるわ」

 アリスは、自分には紅茶を、そして雫には日本茶を淹れた。

 用意する間、二人は無言だった。

 アリスが雫に日本茶を渡す。

「頂こう」

 アリスの執務机の前のテーブルに差し向かいで座り、二人はお茶を飲んだ。

 一口、飲んだ後、雫は言った。

「塩の石臼との邂逅で、私の影響範囲が拡大した」

 紅茶を一口飲んだアリスは、カップを口から離す。だが、何も言わない。

「相当な距離を離れても、安寧の霊脈との接続は切れない」

 アリスは、カップを皿に置いた。

「距離、だけじゃ無さそうね」

 雫は無言で頷いた。

「そうか。だから塩の石臼に召喚されると分かっても、安寧の霊脈の事を心配しなかったのね」

 あたしとした事が迂闊だったわ。そこに今頃気づくなんて。

「塩の石臼に呼ばれた時、時空的な接続はそのままに、召喚された。もっとも接続先との霊脈の移動は出来ないが」

「なるほどね。接続は継続するけど、塩の石臼の所で玄雨神社の霊脈を吸い込んだりは出来ない訳か」

「アリスが用意してくれた圧縮した霊脈が役に立った。助けになった」

 霊脈の圧縮装置。玄雨神社の前の御神体である銅鏡が、アリスが開発した霊脈の圧縮装置のオリジナルだった。そして、その銅鏡には「霊脈枯れたる地に赴く時の用意」という添え書きがあった。

「塩の石臼の周りの霊脈は、私が扱って良いか判断しかねるものだったよ。十分な吟味無しに扱うのは身を滅しかねないと感じた」

 アリスは、背中に小さな悪寒が走るのを感じた。

 雫がそう感じるほど。

 言語化したアリスの意識はこの言葉に尽きるが、その内側には恐怖が混じっていた。

「前だったら、雫がこっちに長居出来るって分かって、大喜びしたん所だけど、そんな気分じゃ無いわね」

「アリス、気付いているだろう?」

 アリスは、雫が言っている意味が判った。

「ええ。仄ちゃんの行動ね」

 雫は頷いた。

「光の七つのお祝いから始まった仄の一連の行動。あれには」

「塩の石臼、というか、その一部が絡んでいる」

 雫の目は、言葉に出さずともアリスの言葉を肯定していた。

「巨大なシステムは、いろいろなパーツで構成されて、パーツ毎の意思疎通とか、いろいろと手順が面倒なのよね」

 アリスがポツリと言った。

「塩の石臼って、世界の心臓みたいなものでしょう?当然、毒物の排除、解毒、そういう機能もあるんだろうな、と思ってるのよ」

 雫は、一口お茶を飲んだ。

「そういう意味では、時の鞠の免疫細胞か、あるいは病原体、なのかも知れぬな。我々は」

 アリスは嫌そうな笑みを浮かべた。

「病原体は嫌だわ。そういうのは鬼みたい。(つぶて)に消されちゃう」

 雫が小さく笑い声を響かせた。滅多にない事だと、アリスは思った。

「石臼との邂逅は、どうだったの?」

 アリスがスバリと聞いてきた。

「私の回答は、意外だったらしい」

 なんとなく満足そうな顔をアリスがしているのを見て、雫はアリスらしいな、と思った。

「流石、あたしの雫だわ。世界の中心で悩みを叫び続ける万能の器物の予想の斜め上を行くなんて」

 アリスは一口飲もうとカップを取って口に付けた。

「だがアリス、お陰で思わぬ役目が降って来るかも知れぬぞ」

 アリスは、飲んだ紅茶を吹き出しそうになった。

「な、何」

「一つの結び目を解いた。そして、注意を引く回答をした。どうやら、その回答、割と気に入ったようだ」

 アリスは紅茶を飲み下した。紅茶が無ければ、固唾を飲んでいた所だろう。

 アリスは、雫が何を言っているのかに気がついた。そしてため息をついた。

「はぁ。そうか。そういうコトか」

 雫は「そういう事だ」と言ってお茶を飲んだ。

「悩みを無くす、手伝いをさせられる、ってコトね」

「そのようだ。正確には、『本』の回収。そして」

「結び目を解く」

「左様」

「そうか。だから仄ちゃんと灯ちゃんを合体させたのか」

 あー、あたしも大概の策略家だと思ってるけど、これはホントに桁違いね。感動と感謝の嵐を呼んだあのシーンが、実は計略の一貫だっただなんて。

「これで、二十四人の灯が揃った」

 アリスは、眉根を寄せて、嫌そうな顔を作った。

「それに、あのユイとイト」

「お手並拝見、と言われているようだな」

 塩の石臼は、盤と駒を用意した。雫という差手の腕を見込んで。そして試している。

「まあ、どうせ事件は向こうからやってくるんでしょ? だったらのんびり待つ事にするわ」

 アリスは一口紅茶を飲む。そして、聞いた。

「そろそろ教えてくれても良いんじゃない?雫の回答」

 雫は扇を取り出すと、扇の先から空中に気脈で文字を書いた。そしてアリスが見やすい様に回転させた。

「はー、確かに変わってるわ」

 その文字を読んで、アリスはそう感想を漏らした。

「あ、そうだ。忘れてた」

 アリスはパッと表情を変えた。

「これを聞きに行ったんだった。ねえ雫、時を巻き戻すって、どういうコト?」

 雫は湯呑みに手を伸ばそうとした手を、僅かに止めた。

 面白い事に興味を持つ。まあ、それがアリスだが。

 雫は湯呑みを取ると、一口茶を啜った。

「以前なら、月並みな回答を言うところだが、此度の事件、塩の石臼との邂逅で、少し新しい解釈を得た」

 うんうん、という感じでアリスが頷いている。この辺り、アカネとそっくりだ。いやアカネがアリスそっくりなのだが。

「時間は、命を一つの単位としている、と考える。その単位内で、ループを作っている。そのループは時々、次のループに移る。だから、連続して流れているように感じられるし、観測される」

 え?

 ちょっと待って。

 それって。

 アリスの表情は目まぐるしく変化する。

 そして、頭の上にライトが光り、理解の色が広がっていくのを雫は面白そうに見ていた。

「時を巻き戻すって、ループが次のループに移らない、って事?」

「それもある。場合によっては、前のループに戻る事。だが、これはあまり無いだろうな」

 そうか〜。

 時は元々ループしてて、ごく稀に先に進む。でもその可能性が僅かでもあれば、必ず時は進んでいく。

「確かに、純くんや灯ちゃんが巻き戻したのは、短い時間だったものね。ループの範囲だった訳だ」

「それに、そのループ自体も、正確に開始時点と終了時点が固定されている訳で無く」

 アリスは頷くと、雫の言葉の後を続けた。

「変動してるのね。時の女神は、その変動を読んで、適切な時点に巻き戻す」

 そういう事なのね。

 一つの疑問が消えたアリスは、満足そうに紅茶を飲んだ。

 そして、雫が気脈で書いた文字を眺めた。

 アリスは紅茶を飲み干すと、雫の手を取った。

「時間があるなら、見せたいものがあるんだ」

 アリスに手を取られて立ち上がると、雫は言った。

「大丈夫とは言っても、あまり長居は」

 アリスはにこりと笑うと、「判ってる」と答えた。その声音には嬉しさが滲んでいた。

 二人は、手に手を取って、執務室を出て行った。


 執務室には、雫が気脈で書いた文字が残された。

 空中に浮かぶ青白い気脈の文字。

 それには、こう書かれていた。

 

 己が過ちを許しますように。

このお話は、2020年11月22日に書き始めたました。

書き終わり自分で校閲して推敲して、投稿しています。

例によって、演繹法で書いています。

今回はシノプシスも作らず、全くの行き当たりばったりです。

プロローグだけは、全体を把握してから書いています。

だいたい毎日書くのですが、その日の終わりの所でキャラクターが思わぬ事を言ってしまい、その辻褄といいますか物語の整合性をとるのにその夜、翌日頭を捻る、という事もありました。こういう時は、頭の中で大きなモーターが唸っている感じがします。

二十三人の灯達。これで収まるべきところに収まったのでは無いかと思いますが、まだ分かりません。キャラクターは、語り部の都合など考えてはくれないのですから。


では、最後に口上を述べて終わりと致します。

本来ならエピローグの最後に記載すべきとも思いますが、今回は、雫さんが書いた回答の文で締めたかったので、此方にて。


さて、「安寧の巫女」と「竜使いの巫女」の間の期間に始まった怪異は、この「結び目の巫女」にて解決致しましたが、塩の石臼の目に止まった玄雨雫。

この先、どの様な運命が待ち受けているのか、新たな物語が降ってきてのお楽しみ。

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