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結び目の巫女  作者: 鶴田道孝
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アリスの予感

■アリスの予感


 二人の周囲は、元の玄雨神社舞舞台に戻った。

 雫は、扇を取り出すと開き、己の前に置いた。そして雫が柏手を叩くと、扇は立ち上がり、数回くるくると回ると、ぱたり、と倒れた。

「明日の夜、『本』に願いを書く。時は、月が南中する時。巫女は全員、ここに集う。もちろんアリスも」

『明日、『本』に願いを書く。アリス、その前に話がある』

 執務室のアリスは、好奇心と共に、それを上回る嫌な予感を抱き、それが素直に顔に現れていた。しかめっ面である。

「なんだか、面倒な事になってきたわね」

 そう独りごちると、固定化された「空の穴」に向かった。


「何、その『塩の石臼』とかいう、世界の中心で悩みを叫び続けている万能の器物の悩みを解く、という話なの?」

 雫から一通りの説明を聞いたアリスが発した最初の一言だった。舞舞台には、雫とアリスだけだった。雫は座布団に正座、アリスは胡座を書いて座布団に座っている。

 世界の中心で悩みを叫び続けている万能の器物。

 アリスのその表現に雫は苦笑する。

「笑い事じゃないわよ。雫」

 ものすごく嫌な予感がするのよ。

 アリスはそう感じていた。

「反対か?」

 雫は真顔に戻ると、アリスに聞いた。

 その問いに、アリスは暫し息を止める。そして溜めた息を吐き出した。

「はぁ。止めたって無駄でしょう。雫は頑固者なんだから」

「それはお互い様だ」

 まったく。

「嫌な予感がするのよ。なんとなく」

 アリスは口をへの字に曲げた。

「その予感は尊重する。事は、人知どころか神をも超える程の大事」

「何か占ったらしいけど」

「うむ。『本』に記すのはいつが良いか、とだけ占った」

 アリスはその言葉の裏の意味を察した。

 雫の占い、玄雨流の占いは、占う術者自信の事は占えない。占っても曖昧になるか、判らないと出る、とかつて雫が言っていたのを思い出していた。

 つまり、「本」に記す都合の良い時は判っても、その結果、雫の身に何が起こるかは分からない、という事だ、と。

「大丈夫なの?」

 その言葉は、アリスらしくなく、恐る恐る、という声音になっていた。

「判らぬ」

 あ〜〜。もうっ。

 アリスは心の中で頭を掻き毟った。

 この世の中で、操れないものはほとんど無い、と自覚しているアリスだったが、その例外中の例外が雫だった。

「判らぬが、やらねばならぬ、とは自覚している。それと」

 そこまで言うと、雫は一旦言葉を区切った。

 アリスは、口をへの字のまま、やや睨むように雫を見る。

 その顔は、何よ!と言っている。

「アリス。石臼が今のままだと、あの『本』が大量に出版されてしまう状況が続くのだぞ?」

 ぷ。

 アリスは吹き出した。

 ほ、「本」を出版って。

 石臼ならぬ転輪機が、「本」のページを大量に印刷している様子を思い浮かべ、そのイメージと現実とのあまりのギャップにアリスは笑ってしまったのだった。

「はぁ。確かに、数冊の「本」が重なるだけでも、時の混線が起こって時限爆弾みたいになるのだものね。確かに放置しておいたら不味いのは」

 雫はアリスの目を真っ直ぐみて頷いた。

「左様。出現頻度は低いが、脅威の度合いは極めて高い」

 それは分かるわよ。

「雫、さっき言いかけたのは、それ、じゃないでしょ?」

 雫は、にっと笑った。

「流石だな」

 アリスも雫を真っ直ぐに見つめると、言った。

「安全なの?」

 雫は少し黙る。

「『塩の石臼』に世界を害する意図は無い。時の混線は思わぬ副作用。それに」

 そこよ。

 さっきその先を言うつもりだったわよね。

 アリスは黙って雫の話を聞いている。

 雫はすぅと目を細めた。

「私はあれを救ってやりたいのだ」

 てっきり安全性についての論理的な説明があるものと期待していたアリスは、期待を裏切られると同時に驚いた。

 それはそのまま顔に出ている。

「過去の過ち、あるいは、過ちと思っている事。その事が重石となって、その者を苦しめる。その事を、私は佳く知っている」

 ああ。

 弟の「彦」を殺したと思った件かぁ。純くんがその誤解を解くまで、雫はとても苦しんだものね。

 「彦の鍬」にまつわる雫の過去の話。

 アリスは自分の胸に穴が空いたような気がした。

 今想像している穴は、少し凹んだ程度。でも雫のは、背中まで貫通していたんだろうな。

 それを出されちゃ、反対できないよ。

 アリスの顔に現れた表情を読んで、雫は言う。

「判ってくれるか?」

 ずるいなぁ。

 アリスは、しょうがない、というそぶりで頭を振ると、雫を真っ直ぐに見つめる。両肩を怒らせて両手で膝を掴んでいる。

「約束よ。絶対に無事に事を済ます事」

 雫は優しく微笑んだ。

「約束する」

 アリスは大きく息を吸い込むと、同じように大きく吐き出した。肩の力が抜ける。

「動機は十分に理解した。今度は勝算について聞きたいわ」

 ずいっとアリスは顔を雫に近づけた。

「あるのよね。策が」

「無論だ」

 雫はいつの間にか取り出した扇で、ずいと前に出たアリスの頭を押し戻した。

「おそらく、こういう事が起こると思う」

 玄雨神社の木々が風に吹かれ、枝と風が擦れる音が響いた。

「私は石臼に呼ばれるだろう」

 アリスははっとした。

 これだ! あたしが感じた嫌な予感の正体!

「石臼の力は強い。仄が見せた石臼の前の人型。それはつまり、石臼の意識に引っかかる願いを書いた人物を召喚する、という事」

 仄が物語見せたもの。

 

「光は、あの『本』に、真なる願いを書けば、塩の石臼の悩みを取り除ける、と考えたようです」

 そう仄が言った時、石臼の前に、一つの輝く人型が現れた。

 その人型は、石臼に何かを告げているように見えた。


 それは、石臼が真なる願いと認めた者を、石臼の前に呼び寄せる、という意味。

 アリスは、嫌な予感の本体を口にした。

「帰って来れるのよね?」

「石臼は、個体の生死、いや、存在をおそらく歯牙にもかけない。頓着しないだろう」

 不味いじゃ無いの!!

 勝手に呼んどいて、話が終われば後は知らない、ってコトでしょう!

「言い方を変えれば、真なる願いを書いた者と何らかの会話をした後は、その者がどうしようと気にしない」

 アリスの目に力が込められ、雫を射抜くように見つめる。

 それってつまり。

「戻す手伝いもしないが、戻るのを邪魔はしない」

 自力で戻るつもりなのね。

 でも。

 「時の鞠」の中心。そこがどれくらい遠く隔てられた場所なのか、それを思うとアリスは気が遠くなった。

「だから、巫女全員の気脈を結んで行く。そして、引き戻してもらう」

 今度はずいっと雫がアリスに顔を近づけた。

「無論、アリスにもだ」

 すっと雫は元の姿勢に戻る。

「良いな?」

 アリスは、静かに微笑んだ。

「もちろんよ」

 そうと分かれば。

 アリスは立ち上がると、玄雨神社舞舞台上手袖に向かった。

「できるだけの準備をするわ」

 そういう声が聞こえた時、アリスの姿は消えていた。

 雫は目を閉じた。

 風を切る枝の音が玄雨神社境内に響いていた。


■アリスの準備


 玄雨神社境内。

 上空には南中した月。やや満月を過ぎ、月の右側が少し欠けている。

 境内には雫。そしてその周りには、仄、灯、光、アオイ、そしてアリスの姿があった。

 光が差し出した円筒形の装置に映し出されるタイマー表示を見たアリスが言った。

「時間の同調は上手くいってる。準備は万全よ」

 アリスの声に雫は頷いた。


 竜の星。

 六とアカネは、竜の星に居た。

 二人は既に雫とは気脈で結ばれている。

 空には竜が作るオーロラが煌めいている。

 静寂の中、竜の鳴き声と時折水音が聞こえる。

 虚空に浮かぶ六とアカネは手を繋ぎ、アカネはメタアリスが送る視覚情報のカウントダウンの数字を見つめていた。この数字は玄雨神社のものと同期している。

 いつものアカネらしく無い、真剣な表情だった。

 アカネの六を握る手に力が籠る。六が優しく握り返す。

 アカネは六に無言で頷く。

『大丈夫。きっと上手く行く』

 二人の脳裏に、メタアリスの脳内音声が響いた。


 アリスの準備はこうだった。

 玄雨神社と竜の星に巫女を配置して、それをアンカーにする。

 アンカーを置くなら、複数の場所が良いというアリスの発案だった。

 竜の星と時間の同期が上手く行くか、という問題があった。竜の星は遠い時の線。リンクも通じない。つまり、通信手段が無い。

 そこで、光を伝令として使い、両方のタイマーの同期を確認したのだった。

 竜の星から戻った光の円筒形の装置のタイマー表示は、竜の星のメタアリスのタイマー表示、そして、玄雨神社のメタアリスのタイマー表示と同期していた。

 雫が戻った時、やはり光が伝令として竜の星のアカネと六に伝え、一緒に戻ってくる、という手筈だった。

 それぞれの巫女は、結ばれた気脈を強く握る事を意識していた。あくまで心象でだが、巫術は心象に依存する。強く願えば、強くなる。

 タイマーが0になった時、特に強く願う事が肝要だと、アリスは考えていた。


■願い


 玄雨神社境内。

 雫の前には霊脈の「本」、「ソロモンの鍵」。

 宙に浮くその「本」は開かれている。

 開かれたそのページには、あの「道理では叶わぬ切なる願いを書け」が記されている。

 雫の視覚にも、カウントダウンの数字が見えている。それが0になった。

 雫は扇を取り出すと、扇の先でそのページに記した。己の気脈で。

 書き終わると、雫は扇を仕舞う。

 静寂の中、緊張感が高まっていく。

 境内の全員の耳には、風にそよぐ木々の音が異様に大きく感じられた。

 しかし、何事も起こらない。

 薄い雲に月が隠れ、月明かりに照らされた境内が少し暗くなる。

 アリスは異変に気づく。

 雫の体が、光っている。

 アリスが異変に気付いた途端、雫を中心にまるで光が曲がるように光景が歪んだ。ブラックホールで光が屈折するように。

 月が雲から現れた時、雫は消えていた。

「記録した!?」

『間違い無く』

 アリスはメタアリスに聞くと、メタアリスから即時返答があった。

 アリスは雫が居たあたりを見つめた。そして視た。

 雫が居た辺りに、境内に居る巫女たちの気脈、そしてアリスの気脈が、まるでそこに雫がいるかのように、伸びている事に。

 アリスはゆっくりと息を吸うと、ゆっくりと吐き出した。心を落ち着けるように。

「必ず、還ってくるのよ。雫」

 その声は小さくとも、切なる願いが込められていた。


■世界の中心


 雫はカウントダウンを確認して、ページに文字を気脈で描いた。

 塩の石臼に召喚されるのを待った。

 しかし、何も起こらない。

 予測は外れたか、と雫が思った時、雫と結ばれた巫女達の気脈が僅かに震えるのを感じた。

 雫はあたりを見回すが、玄雨神社境内に変わりは無い。

 変わりは無い、と思ったが、違っていた。

 雫の他、人影が無い。

 境内に居るはずの、仄、灯、光、アオイ、アリスの姿が見えない。


 なるほど。

 事は既に始まっている。


 雫はそう思った。

 雫の前に、ぼんやりとした光りが現れた。二つ。

 それはやがて、人型の姿となった。

 光りの人型は、雫に手を差し伸べた。後を付いてくるように促した、と雫は感じた。

 光りの人型は、雫に背を向けると、前に進んだ。

 雫もそれについて行こうと、一歩雫が歩を進めた時、周囲の様子が変わった。

 玄雨神社境内はかき消え、暗い空間になった。漆黒では無い。所々、薄い青みを帯びている。そして、幾本もの青白い光りの柱が天地に向かって伸びている。まるで無限の彼方まで伸びているように、雫には感じられた。

 光りの人型は、雫の方を向いた。

 光りの人型の奥に、何かぼんやりと光っている球体のようなものが見えた。

 あれが石臼か、と雫は思った。


 おそらくこの光りの人型は、対話用のインターフェース。


 そう雫は思った。

「貴女の理解は、正しいです」

 限りになく音声に近い言葉が、雫の耳、脳内に響いた。

「思考、音声、どちらでも会話可能です」

 一呼吸後、雫は一礼すると、音声で言った。

「私は玄雨神社当主、玄雨雫。『本』に書かれた問いに、私なりの答えを書いた」

 本来なら、もう少し丁寧な口上が相応しいのだろうが、流石の雫もその緊張が言葉に出たのだろう。

 二体いる光りの人型の右側の方から、音声が響いた。先ほどの音声もこちら側からだったと雫は理解した。

「私は」

 ごく少しの間、沈黙する。

「貴女達が、塩の石臼と呼ぶ者と貴女との会話を仲介する存在。私はユイ」

 左側に居る光りの人型を右手で示した。

「これは、イト」

 右手を下ろすと、ユイは言った。

「固有名称が有った方がお話ししやすいと思い、設定しました」

 雫は沈黙している。

「会話は主に私、ユイが行います。イトは塩の石臼の代理、という立場です。私達に敬語は不要です」

「了解した」

 雫は、ユイが微笑んだように感じた。

「さて、この度、貴女が書いた文。大変ユニークなものでした」

「大抵の文は、自分の願いを書きます。貴女は違いました」

 と、イトから音声が届いた。

「塩の石臼は、悩んでいる、と私は考えた。そして、その悩みは苦しみに通じていると感じた」

 雫は、胸の内にかつて感じていた痛みが滲み出てくるのを感じた。

「事はおそらく異なると思うが、私はそれを無くしたい、その一助になればと願い、文を書いた」

 ユイが頷いた。

「そしてそれが、石臼の注意を引く事を知っていましたね」

「ここに呼ばれる事も」

 ユイの後、イトが言った。

「左様」

 ユイはイトの方を見た。

 イトは、ユイに頷いた。

「貴女の推察通り、塩の石臼は悩んでいます。その悩みは貴女の推察通りです」

「自分は完全では無いのでは無いか」

 ユイの後、イトが言った。その言葉に雫は重く、悲しいもの感じ取った。イトは続けた。

「塩の石臼は、私のような存在を多数生み出し、長い時間問答しました。しかし、自分が完全であるという理解に到達できませんでした」

「そこで、『本』に謎を掛け、数多の世界に送った、と?」

「不完全ならば、不完全という状態を知ることが重要だと考えたのです」とイトが言った。

「膨大な回答が寄せられました。そしてそれを分析しました。しかし」とユイが言った。

「不完全であるという理解にも、完全であるという理解にも到達できませんでした」とイトが言った。

 その上、世界に撒いた「本」の副作用で、世界に混乱が生じてしまった。そのほんの一つを私達が解いた、という事。

 雫はそう思った。

「はい。その理解で問題ありません」とユイ。

「石臼は貴女達に注目しています」とイト。「その回答も含めて」

 雫は、漠然とした思考が渦巻くのを感じた。

「思考で会話できる、と言われたが、まだ言語化されていない状態でも宜しいか?」

「はい。問題ありません」

「承知した」

 雫は自分の中で渦巻く漠然とした思考を意識した。

 意識を向ける内、目を固く閉じていた。

 だから、目の前の光りの人型が、人型の境界線が小刻みに震えるのは見ていなかった。イトとユイが見つめ合いながら、振動しているのを見ていなかった。

 雫は、自分の中の渦巻く思考が収まるのを感じた。そして自分が目を閉じているのに気が付いて、目を開けた。

 そこには、一体の光りの人型が有った。

「貴女の申し出、承りました。こちらからも提案があります」

 光りの人型が言った。

「承ります」

 雫は、光りの人型が微笑んだように感じた。

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