神の子 2
「待てよ、お前ら!!アナを、彼女をどこに連れていくつもりだ!!」
何処へなりとも行ってしまえと押された背中によろめく身体はしかし、それでも彼女を見捨てられはしない。
男から解放されたクルスは、そのままどこかへと行くことはなく再び彼らに食って掛かっていた。
「くどい!!何処へなりとも行けとはいったが、こちらに歯向かっていいとは言っておらんわ!!」
「ぐぁ!?」
それは勇気とは似ているが、どうしようもなく別なものだろう。
何故なら彼は、そんな振る舞いに苛立った老人達の手によって、あっさりと撃退されてしまったのだから。
「んー!んー!!」
「ご安心くださいませ、神の子様。手荒な真似は・・・いや、そうでございますね。神の子様さえ大人しく我々に従ってくれますなら、これ以上手荒な真似はしないと約束しましょう。しかし従わないと言われるのならば・・・分かりますね、神の子様?」
しかしそんなクルスの姿を見れば、アナが再び暴れ始めてしまう。
それを宥めようとした老人はしかし、そこで一計を案じてこの状況をうまく利用しようと考えていた。
つまり、彼を人質として利用するという考えだ。
「うぅ・・・ん」
「っ!?駄目だアナ、そいつの話を聞いちゃ!!僕なら・・・ぐぅ!!?」
クルスを人質に取られてしまえば、アナはもはや逆らうことも出来ない。
俯き大人しくなってしまった彼女にクルスは必死に声を掛けるが、それもすぐに押し潰され老人の言葉の説得力を増すばかりであった。
「ささっ、どうぞこちらへ。ご安心くださいませ、彼ならばすぐに解放いたしますので・・・おい、準備は全て整っているな?すぐに生贄の儀式を―――」
大人しくなったアナに、老人達は彼女を急いで何処かへと連れて行こうとしている。
そんな彼らの姿を、クルスは為す術なく見送ることしか出来なかった。
「・・・アナ?貴方達、うちのアナと一体何を・・・?」
そんなクルスの下に、どこか聞き覚えのある声が届く。
それはつい先ほど、和やかに会話したばかりのような、そんな声であった。
「ガンディか・・・ちっ、余計な時に」
「クルスさんも・・・貴様ら、うちの子に一体何をしているんだ!!」
その声の主は、アナの父親であるガンディであった。
自らの娘を取り囲む男達の姿と、その一人に組み敷かれているクルスの姿に異変を悟った彼は、威嚇するような大声を上げ彼らに食って掛かっていく。
「ガンディ、貴様も分かっている筈であろう?神の子様のお役目の事は。それに口を挟むことは、例え父親であっても許されてはおらぬことも!」
「くっ!そ、それは・・・」
老人へと食って掛かろうとしたガンディは、その手前で彼の手下によってあっさりと止められてしまう。
そんなガンディの姿を鼻で笑った老人は、彼に諭すように言葉を掛けている。
その言葉の内容はクルスには意味の分からないものであったが、ガンディには心当たりのあるもののようで、僅かに口籠ってしまっていた。
「し、しかし!まだ時間はある筈だ!!前の子から、まだそれほどの時間は経っていないではないか!?それに、それにまだアナは子供だ!!それでは余りにも・・・不憫すぎる」
老人が口にした言葉は、恐らく彼らにとって絶対の道理なのだろう。
しかしそれでも、ガンディは娘のために彼らに食い下がろうとする。
「不憫?何を言っておるのだ、お主は?神の子として、贄に選ばれることこそ至高にして至福!!そんな至上の喜びを羨むならばまだしも、不憫などとのたまうとは・・・何事か!!!」
しかしそんな彼の言葉が、彼らに届くことはない。
見れば彼らの瞳は、ある種の熱狂的な感情によって濁ってしまっていた。
その正体を、クルスはよく知っている。
狂信と呼ばれる、その正体を。
「くっ・・・逃げなさい、アナ!!」
「馬鹿なっ!?神の子様、行ってはならん!!あれがどうなっても構わないのですか!?」
話が通じない相手にはもはや、実力行使しかない。
不意打ちに自らを押さえていた男を突き飛ばしたガンディは、そのままアナの手を引いている老人へと飛び掛かっていく。
「う?うぅ・・・」
何とか老人の手からアナを解放したガンディは、彼女に逃げるように促している。
しかしそれでも彼女は、その場からすぐには動けなかった。
その理由はクルスへ、そして父親へと向けられた視線が物語っている。
「早く!!」
「ん・・・ん!」
しかしそれも、ガンディの必死な声を耳にすればいつまでも迷うことは出来ない。
迷いを振り切ったアナは、もはや後ろを振り返らず駆け出していく。
「いかん、お止めするのじゃ!!」
そんな彼女を、老人達がそのまま行かせる訳もない。
彼らは慌てて彼女の逃げ道を塞ぎ、その前へと立ち塞がる。
「ぐるるぅぅ、がぅ!!」
そんな男達に向かって、小さな黒い塊が突撃していく。
それは彼らの手足を引っ掻いては、アナの通るべき道をこじ開けていた。
「わん!」
「レオ!!」
その黒い塊、レオは華麗に地面へと着地すると、そのままアナを呼ぶように一声を吠えて見せた。
その姿に、アナは嬉しそうな笑顔を見せる。
「馬鹿者、何をやっておるか!!えぇい、全員で掛かれい!絶対に逃がしてはならんぞ!!」
「は、ははっ!」
レオの活躍によってあっさりと包囲を突破しそうなアナの姿に、老人は怒り散らすと全員で掛かれと怒鳴り散らしている。
そんな老人の言葉を受けて、その場にいた男達が一斉にアナに向かって飛び込んでいく。
そしてそれは、クルスの上へと圧し掛かっている男も例外ではなかった。
「っ!おっらぁぁぁ!!!」
「うおぉぉ!?」
自らの上へと圧し掛かっていた男が、今や背中を見せている。
そんな隙を見逃す、クルスではなかった。
「アナ、逃げるぞ!!」
「ん!!」
背中を見せた男へと体当たりをかましたクルスは、そのままの勢いでアナの下まで駆けていく。
そんな彼の姿に、アナは嬉しそうな笑顔を見せていた。
「えぇい!何をしておるか、この馬鹿者共め!!早く、早く神の子様を捕まえっ!!捕まえ・・・捕まえてっ!!!つっ、つかまえ・・・がくっ」
部下達の余りに無様な姿に、老人はその怒りを臨界点にまで昂らせてしまっている。
それは彼の弱った身体に過剰なまでの負荷を掛け、気づけば彼は気を失い、事切れるように倒れ伏してしまっていた。
「「ちょ、長老様!!?」」
そんな彼の姿に、部下達は慌てて駆け寄っている。
そんな彼らには、もはやクルス達を追う事など不可能となっていた。
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