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神の子 1

「ふんふん、ふふーん!」

「わん、わん!」


 人の良さそうなおばさんと別れた後も、アナは上機嫌そうに歩いている。

 そのふらふらとした足取りは、彼女に特に目的がないことを意味しているのだろう。

 そんなアナがふらふらと危ない場所に踏み入ってしまわないように、先導する黒い狼レオがきづかないほどにさりげなく、それを避けるように彼女を誘導している。

 そんな一人と一匹の姿は、微笑ましいものだろう。

 しかしそんな光景を目にしながらも、クルスは何か思い悩むように口を噤んだままであった。


「ねぇ、アナ。聞いてもいいかな?」

「んー?ん!」


 そのように彼を悩ませていたのは、先ほどの人の良さそうなおばさんの発言だろう。

 悩み続けていた時間に、もはやこれ以上我慢することが出来なくなったクルスは、思い切ってアナへとそれを訪ねている。

 彼女はそれに首を捻っては不思議そうな表情をしていたが、いつもと同じように輝くような笑顔を見せて、頷いてくれていた。


「その・・・大事な身体って、一体何の事なんだい?」


 受け入れられた質問にも僅かに躊躇ってしまったのは、その笑顔が余りに眩しかったためか。

 それでももはや喉元にまで出てきてしまっている言葉を、収めることなど出来はしない。 

 クルスの言葉に、アナは驚いたようにその大きな目を何度もパチクリと瞬かせてしまっていた。


「んー?えっとねー・・・」


 驚きに何度も目を瞬かせたアナは、今度は頭の片隅から記憶を引っ張り出すように、全身を傾かせて考え始めてしまっている。


「わん!わんわん!!ぐるぅぅぅ!!」 


 それもやがて終わりに近づき、彼女が何かを話そうと身体を起こすと、それと同じようなタイミングでレオが激しく吠え始めていた。

 それは今までの楽しそうな鳴き声とは違い、明らかに警戒と敵意の滲んだ鳴き声であった。


「神の子様、このようなところにおいでだったとは・・・探しましたぞ」


 その鳴き声が示した方向からは、幾人かの人影がやってきていた。

 それらは彼らを囲むように広がり、その中から一人の老人が進み出てはこちらへと、いやアナに向かって話しかけてきていた。


「・・・神の子様?一体何の話をしているんだ、あんた達は?」


 前へと進み出てきた老人が、言った言葉の意味は分からない。

 しかし、この場に漂う剣呑な空気は理解出来た。

 クルスはアナを庇うように前へと出ると、彼らを威嚇するように鋭い声を上げる。 


「部外者は口出し無用!!これはこの村の事情にて・・・そら、お引き取り願いなさい」

「はっ!」


 しかしそのような事で怯むような相手ではなく、老人は一喝と共にクルスの言葉を切って捨てると、彼の存在ごと退場させようと近くの若い衆をけしかける。


「部外者だからって!!何なんですか、あなた達は!!くっ・・・逃げるんだ、アナ!!」


 訳の分からない状況も、それだけ明確な敵意を向けられれば戦うことだって出来る。

 自らをこの場から退場させようと向かってきた体格のいい若い男に、クルスはこちらから向かっていくと、何とか彼に対抗しようとしている。

 しかしその体格の違いに、あっさりと押し負けそうになっているクルスは、せめてアナだけでも逃がそうと声を上げていた。


「クルス!!」

「来ちゃダメだ!!アナ、君だけでも逃げてくれ!!」


 もはやすっかり組み敷かれそうになってしまっているクルスの姿に、アナは彼を助けようとそちらへと向かおうとしている。

 しかしそれでは、本末転倒だ。

 クルスは押し潰されそうな体勢から必死に手を伸ばし、彼女に来るなと示していた。


「やれやれ・・・こちらが用があるのは、始めから貴方様だけだと申しておりますでしょうに。神の子様、貴方様さえこちらに来ていただけるなら、そこな少年は解放いたします。それでいかがでしょうか?」

「駄目だ、アナ!!奴の言葉を聞くんじゃない!!」


 本来の趣旨とは違う方向に盛り上がっている状況に、老人は静かに首を横に振ると、改めて自らの目的を口にしている。

 しかしそれは、クルスを人質にした甘い誘惑の言葉であった。


「うー、うー!!」


 それにすぐさまクルスは否定の言葉を叫ぶが、彼の苦しい体勢を見ればその言葉の説得力は弱くなってしまうだろう。

 案の定、アナは老人とクルスの姿を交互に見比べては、悩むように頭を抱えて唸り始めてしまっていた。


「何を迷う事があるのです、神の子様。何もおかしなことを言っている訳ではありません、貴方様に課せられた義務を果たしてほしい。私共の願いは、ただただそれだけでございますれば」

「うぅ・・・ん」


 悩むアナを諭すように、老人は殊更優しげな口調で彼女へと語りかけている。

 その老人の言葉に、クルスと彼の間で視線を迷わせていたアナは何かを決断したかのように頷き、老人の下へと歩み寄っていってしまう。


「アナ、そんなどうして・・・」

「・・・ん」


 アナの決断を目にしたクルスは、すっかり若い男によって組み敷かれてしまっている。

 そんな彼に対してアナは悲しそうな瞳を向けると、未練を断ち切るように一度首を振り、そのまま小走りで駆け出していく。


「おぉ!ついに決断してくださいましたか!ささっ、そうと決まればお早く!時間も余りありませぬゆえ」


 そうして自らの下へと飛び込んできたアナの姿に、老人は心底嬉しそうに声を上げると、その手を恭しく取っていた。


「んー!んー!!」

「どうなされましたか、神の子様?まだ何か・・・あぁ、そうでしたな。おい、放してやれ」 


 そのままアナをどこかへと連れて行こうとした老人はしかし、彼女の激しい抵抗に遭いその足を止めている。

 その理由が分からなかった彼も、彼女が視線を向ける先を見ればすぐにそれが理解出来ていた。

 アナが激しく抵抗し、訴えていた先には若い男に組み敷かれたままのクルスの姿があった。


「何処へなりとも行くがよい。神の子様、これでよろしかったでしょうか?では、こちらに・・・おい、あれの準備は出来ているだろうな?」

「ははっ、抜かりなく」


 アナの激しい抵抗とは裏腹に、あっさり過ぎるほど簡単にクルスは解放されていた。

 それはそれだけ、彼らにとってクルスがどうでもいい存在であることを意味している。

 事実、クルスを解放した彼らは、もはや彼に興味がないと言わんばかりに背中を向け、先を急いでいるようだった。

 ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

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