事情説明 1
「なるほど、そういう事でしたか・・・」
「はい。実はそうなのです・・・」
これまでの経緯を説明する、その時間は短い。
何故ならアランの記憶は、つい先ほど生まれたばかりのそれと大差ないものであったからだ。
彼に説明出来るのは、カルト教団の建物の中で目覚め、それに追われて逃げ出したという事だけ。
しかしその短いながらも濃い内容に、一通りの説明が終わった室内には重たい空気が漂っていた。
「大変な目に遭われましたな。まさか、あのカルト共に捕らえられるなど・・・よくぞ無事に逃げてこられましたな」
「そ、そんなにやばい連中なんですか?」
そんな重たい空気にも一人、我関せずといった様子のアナだけが彼らの表情を不思議そうに眺めている。
彼女は男性とクルスの間を行ったり来たりしては、彼らに自らの頭を撫でるように要求を突きつけているようだった。
「えぇ、それはもう。同じ千年樹の森に住む者として、お互いにある程度敬意をもって接してはおりますが・・・実の所を申しますと、刺激しないように注意しながら暮らしているというのが実情でして・・・村の若者などが度胸試しと称してちょっかいを掛けに行くこともあるのですが、帰って来た者はおらんという有り様なのです」
「そ、そんなに!?」
男性はクルスが逃げてきたカルト教団について、恐ろしげな口調で語っている。
それに驚き声を上げるクルスの横で、アナが彼を真似るようにポーズを取っていた。
「何でも噂では、夜な夜な怪しげな儀式を繰り返しては処女の生き血を啜っておるとか・・・あぁ、恐ろしい!!」
クルスの横にいるのに飽きたのかアナは男性の横に移動すると、彼が大声を上げるタイミングに合わせて、彼女なりに恐ろし気なポーズを取って見せている。
それが微笑ましかったからではないが、男性が語る恐ろし気な内容にもクルスは別段驚いた仕草を見せることはなかった。
「・・・それ、もしかすると見たかもしれません」
それはクルスが、彼の語るような光景を実際にあそこで目にしたからであった。
クルスはあの場所で様々な恐ろしい光景を目にしている、そしてその中には確かに彼の言うような事があったかもしれない。
「そうでしょう、そうでしょう!いや、よくぞ逃げてこられましたな、クルス殿!しかし、ここまでくればもう安心です、どうぞごゆるりとお休みください!」
自らが口にした内容が保証されたことが嬉しかったのか、膝を打っては声を高くする男性は上機嫌にクルスにここへの逗留を勧めている。
それはクルスにとって、願ったり叶ったりの提案であったかもしれない。
しかし彼には、素直に受けることの出来ない訳があった。
「その、大変ありがたい申し出なのですが・・・ご迷惑では、ないんですか?」
「迷惑?どうしてそのような事を?」
「いえですね、僕はその・・・カルト教団?ですか、そこから逃げてきた訳で。もしかすると、そのカルト教団から追われているかもしれないじゃないですか?そうなると・・・」
危険なカルト集団から逃げてきた自分を匿うと、彼らにも迷惑が掛かってしまうかもしれない。
そう考えて言葉を迷わせているクルスの横で、彼の心を代弁するかのようにアナが激しく首を捻って見せている。
「ガンディです。この子の父親のガンディ・シンと申します。これは遅くなりまして、申し訳ありません」
「えっと、これはご丁寧に・・・そ、それでですね。そうなるとガンディさん達に迷惑が掛かるんじゃないですか?だって、そのカルト教団というのはとても恐ろしい所なんでしょう?僕を匿ったせいで、ガンディさん達にまで迷惑をかける訳には・・・」
クルスが自分の名前を知らないために言葉を詰まらせていると察した男性、ガンディは自らその名前を口にしていた。
そうしてガンディの名を知ったクルスは、改めて彼が懸念している問題について口にする。
彼はその不安を語る最後に、自らの腕に無邪気に擦り寄りこちらを見上げてきている、アナへと視線を向けていた。
「はっはっはっは!!!何を心配しておられるのかと思えば、そんな事ですか!」
「っ!?そんな事って!大事な事じゃないですか!!ここにはアナちゃんだっているですよ!ここままじゃ、彼女まで危険な目に―――」
クルスの視線は、彼がアナを巻き込むことを恐れていることを示している。
しかし彼女の父親であるガンディは、そんな心配を豪快に笑い飛ばしてしまっていた。
それは彼に余計な心配を掛けさせないようにするためのポーズであったかもしれないが、そんな簡単に笑い飛ばしていいことではないと、クルスは逆にムキになってガンディに食って掛かろうする。
「大丈夫ですよ、クルスさん。大丈夫です、ここは安全ですから」
食って掛かろうとしたクルスに覆い被さるように前へ出たガンディ、その二人の距離は近い。
そして彼はクルスの瞳を覗き込むように、真っ直ぐにその瞳を向けてきていた。
そこには、一切の誤魔化しや迷いの色も浮かんではいない。
それはまるで、ここが安全だと信じ切っているような、そんな迷いない瞳をしていた。
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