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記憶のない男

「今、よろしいですか?クルス・ジュウジーさん?」


 コンコンと響いたノックの音に続いて、こちらの様子を窺うような声が響く。

 それは入室の許可を求める、丁寧な作法だろう。


「えっ!?あ、はいどう・・・ちょ、ちょっと待ってください!!」


 しかしそんな丁寧な言葉を受けたクルスは何故か焦り、慌てたように声を上擦らせていた。


「はぁ・・・そうですか、分かりました」

「ほ、本当!ちょっとですから!ちょっとで済みますから!!本当、すみません迷惑おかけして!!」


 丁寧なお伺いの言葉も、それを断られることは想定していない。

 当然、入室を許可されるだろうと期待して掛けた形式的な言葉を拒絶され、その声を掛けた当人は不思議そうに首を傾げている。

 そんな気配を察したのか、クルスは殊更取り繕うように声を上げながら、何やらドタドタと部屋の中で暴れまわっていた。


「え、えーっと・・・ど、どうぞ」

「あぁ、それでは失礼して」


 一頻り暴れまわりようやく納得がいったのか、クルスは尋ねてきた人物に対して控えめに入室の許可を告げる。

 部屋の前でそれを待っていた人物も、その声にようやくそこへと足を踏み入れようとしていた。


「・・・何か、匂いますな」

「えっ!?い、いえ!そんな事ないと思いますよ!!全然、何の匂いもしませんとも!えぇ!!」


 部屋の中へと入ってきた壮年の男性はふと足を止めると、その髭の蓄えた鼻をひくひくと動かしている。

 そうして彼が口にした言葉に、クルスは異常なほどに焦った反応を見せていた。


「あぁ、これはクコの実か。彼がよく休めるように焚いたのかい、アナ?」

「ん!」


 何かを誤魔化すかのように、大袈裟に両手を振り回して部屋の中を動き回るクルスに対して、男性は部屋の隅の一点を凝視していた。

 そこには小さな皿の上に粉末にされた何かが乗せられており、そこからは薄っすらと色のついた煙が立ち上っている。

 それを見つけた男性は、自らの背後に向かって優しげに声を掛けていた。

 そんな彼の背後からは、真っ白の髪をしたアルビノの少女が嬉しそうに顔を出している。


「へっ?あ、あぁ・・・そういう。た、確かにいい匂いですよね!うんうん!」


 この部屋に残った何かを誤魔化そうとしていたクルスも、その言葉を聞けば彼らが何を指摘しているのかに気付くことが出来る。

 そうして彼らが、彼が隠そうとしている事を気にしていないと知ったクルスは安堵し、必要以上に何度も彼らに対して頷き返して見せていた。


「はぁ・・・それはどうも。お褒め頂き、ありがとうございます。それで、よくお休みなられましたか?」

「えぇ、えぇ!!それはもう!何しろ、とてもいい匂いでしたので!」

「ん!ん!」


 クルスのやけにオーバーなリアクションに、男性は何やら不思議そうな表情を見せている。

 しかしクルスはそんな彼の様子などお構いなしに、この部屋に炊かれたお香の素晴らしさを力説していた。

 それにはどうやら、それを焚いた当人であるアナもご満悦といった様子で、自慢げに胸を張っては自らの存在をアピールしていた。


「なるほど、それはよかった。それでクルス・ジュウジーさん、でしたか?貴方について窺ってもよろしいでしょうか?何しろ私共は、これが森で倒れている貴方を見つけて、ここに運び込んだというだけで・・・貴方の事を何も存じ上げないものですから」


 クルスの異常な反応を特に突っ込まずにスルーすると決めたらしい男性は、それを軽く受け流すと本題へと移っている。

 そんな彼の横で、アナがどこか拗ねたように唇を尖らせていた。


「その、それはもちろんお知りになりたいと思いますし、こちらとしてもお話したいのは山々なのですが・・・」

「・・・ですが?」


 男性がクルスに尋ねた内容は、目の前の得体の知れない男に対してと思えば、至って当然のものであろう。

 しかしそんな当然の質問に対して、クルスは何とも歯切れの悪い言葉を返している。

 何故なら、彼は―――。


「その、実は僕・・・記憶がないんです」

「・・・は?」


 記憶がないのだから。

 そう告白したクルスに、男性は意味が分からないと固まってしまっている。

 そんな二人の間に挟まれて、アナは不思議そうに彼らの顔を見比べ続けていた。

 ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

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