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アルビノの少女アナ

 セックスの気持ちよさを求めて、首を絞めるというやり方があると聞いたことがある。

 それが事実であるならば、確実な死へと向かっていく過程というのは、途方もなく気持ちのいいものなのかもしれない。

 そう考えれば納得出来るだろう、今まさにこの股間が猛烈にむずむずしており、ともすれば屹立しようとしていることも。


「・・・ん・・・ん」


 囁くような、思わず漏れてしまったかのような声が聞こえる。

 それは近く、この足元からであった。

 もっとも今の自分が果たしてどんな体勢となってしまっているか、それすら分からない状態であったが。


「っ!?うわあぁぁぁ!!?」

「ひゃぅ!?」


 声が聞こえ、天地は分からないものも感触もある。

 それはつまり、まだ生きているという事に他ならない。

 それに気がついた僕は、悲鳴の続きを叫ぶと慌ててその上半身を起こしていた。


「あ、あれ?ここは?それに、僕はどうして・・・?」


 起こした上半身に見開いた目で見た光景は、先ほどのものとは大きく変わっていた。

 目の前に広がるのはこじんまりとしており、少々おんぼろであるものの間違いなく人の住むに足る住居であろう。

 少なくとも先ほどまで必死に走り続けていた鬱蒼とした森の中でも、逃げ出してきたカルト教団の建物とも違う。

 そんな光景に、僕は戸惑っていた。

 何故なら、あの状況から助かる術などなかった筈であったからだ。

 背中へと迫る矢尻はもはやこの身体に突き刺さる所であったし、それが当たらなくともあの高さから落ちたのならば無事で済む訳がない。

 しかし至る所が少々痛むものの、この身体はどうやら至って健在なようだった。


「一体、どうやって?あの状況で助かる訳が・・・」

「・・・んちん」

「ん?何だ、どこかから声が・・・?」


 絶体絶命の状況から一命を取り留めた事は朗報であったが、その過程が不明であれば不安にもなる。

 それに頭悩ませる僕に、どこかから声が掛かっていた。

 そちらの方へと目を向けてみれば、そこには恐らく立ってみればこの胸元にも届ないほどに小さく、そして可愛らしい真っ白な髪の少女がこちらへと指を指していた。

 いやよく見てみれば、その指が指し示す方向はこちらではなく、もっと下の方で―――。


「ちんちん!」

「えっ?・・・うわぁぁぁ!!?」


 そう言えば余りの事に動揺しっぱなしで、それに気遣う暇もなかったが、どうやらこの身体は生まれたままの姿であそこを逃げ出してきたらしい。

 そして当然、僕はそのままの姿でここに運び込まれたようだ。

 跳ね起きた時の勢いで、この身体掛けられた薄い布地は捲れ上がってしまっている。

 そしてその下からは、完全に屹立しまっている僕の一部分が顔を覗かせてしまっていたのだった。


「ちんちん!ちんちん!!」

「ち、違うんだ!!これは、その・・・生理現象で!!!」


 幼少期の子供の独特の感性だろうか、こちらの屹立を指差しては嬉しそうに瞳を輝かせている少女は、何度もその名を繰り返している。

 しかしその無邪気さが逆に、こんなものを彼女の目に触れさせてしまった罪悪感へとなり、僕は慌ててそれを隠し、必死に言い訳の言葉を叫ぶ。

 そんな言葉にも、彼女はその嬉しそうな表情を変えることはない。

 考えてみれば、幾ら勢いよく跳ね起きたとしても、この身体を覆う布地を下半身が露出するまでに捲れる訳がない。

 そう考えれば、それが露出してしまっていたのは恐らく、目の前の少女が自らそこを捲っていたと考えるのが自然だろう。


「えっと、その・・・こ、こほん!!えーーーっと、だね・・・そ、その、君は?」


 それに気がついたからといって、目の前の少女を叱ることは出来ない。

 それは何故かと問われれば、何だかこちらの方が悪い感じがするとしか答えられないが。

 こちらが下半身を隠してしまったからなのか、少女はどこかしょんぼりとした様子でこちらへと視線を向けてきている。

 そんな少女に、僕は恐る恐る訪ねていた。


「・・・アナ」

「穴?いや、アナか。なるほど、アナちゃんね。僕は・・・」


 拗ねるように顔を横に向け、ぶっきらぼうに告げられたその言葉が彼女の名だと気づくのには、僅かながら時間を要した。

 しかしそれを理解すれば、確かに目の前の可愛らしい少女には似合いの名だと納得することは出来る。

 そうして名乗られた者の当然として名乗り返そうとした僕は、そこで言葉に詰まってしまう。

 僕の名前とは、果たして何だったのか。

 目の前の少女、アナが不思議そうに首を傾げている。


「・・・クルス。そうだ僕の名前はクルス、クルス・ジュウジー。よろしく、アナ」


 全てを失ったように思えても、本当に何もかもを失った訳ではない。

 記憶がないと感じる実感も、目に映る景色の意味までも分からない訳ではなかった。

 その名を知っているのと同じように、僕は僕の名前を憶えていた。

 クルス・ジュウジー、その僕の名前を。


「・・・ん!クルス、アナ!」

「そうだね。僕はクルスで、君はアナだ!」


 宙に浮いていた足が、初めて地に着いたような感覚。

 自らの名前を思い出し、それを人に呼ばれるというのは、そんな感覚だった。

 その嬉しさに、クルスはこちらを嬉しそうに指を指しているアナと同じような表情で、輝くような笑顔を見せていた。


「クルス、アナ、ちんちん!!」


 そんなクルスの表情にさらに目を輝かせたアナは、再び彼へと指を向けると先ほどと同じように、その名を声に出していた。

 しかしその指を向ける対象は何故か、先ほどよりも一つ多いようだったが。


「・・・うんそうだね、ちんちんだね。でもね、アナ。それはあんまり―――」


 嬉しそうに布地に隠した膨らみを指し示すアナの姿に、クルスは何とも言えない表情をその顔に浮かべることしか出来ない。

 しかしその気まずさを飲み込めば、それが余り口にしない方がいい言葉であることぐらいは思い出すことが出来る。

 それを彼女へと注意しようとしたクルスの言葉は、どこかから響いた声によって遮られていた。


「アナスタシア!アナスタシア、どこに行ったの!?」

「わぅ!?」


 それは、この建物の奥から聞こえた声だろうか。

 その声に驚くように身体を跳ねさせたアナは、慌ててクルスから離れると、この部屋から出ていこうとしている。

 しかし彼女はその途中で足を止めると、あからさまに後ろ髪を引かれている様子で、クルスの方へとチラチラと視線を向けてきていた。


「・・・アナ、いく。バイバイ、クルス」

「ちょ、ちょっと待ってくれアナ!もしかして、君が僕をここまで―――」


 それも僅かな暇に過ぎない。

 彼女の母親なのだろうか、心配するような女性の声が再び響くと、アナは未練を振り切るように首を振り、そのままこの場を後にしようとしている。

 彼女はその最後にクルスに向かってひらひらと手を振っていたが、彼はそれを黙って見送ることなど出来ない。

 何故なら、彼にはまだ分からないことだらけなのだから。


「痛っ!?な、何だ!?何が・・・?」


 彼女を引き留めようと伸ばした腕は、それへと至る寸前に何者かによって叩き落されてしまう。


「グルルルゥゥゥ」

「い、犬・・・?いや、これは・・・もしかして、狼なのか?」


 クルスの腕を叩き落とした存在、それは今もアナの前に降り立っては唸り声を上げている。

 それはその真っ黒な体毛を逆立てた、まだ小さな子犬であった。

 いや、それはよく観察すると犬と呼ぶには凶悪すぎる牙と爪を備えており、もしかすると狼と呼ばれるべき生き物なのかもしれなかった。


「レオ!」

「えっ?あぁ、その犬・・・狼の名前?」

「ん」


 その鋭い爪に引っ掻かれた手を抱えながら警戒するクルスは、アナが唐突に口にした言葉の意味をすぐには理解出来ない。

 しかしそれも彼女の仕草を見れば、すぐに理解出来るだろう。

 自らの足元で唸り声を上げている小さな狼を指差しているアナは、クルスがその意図が伝わると満足したように小さく頷いていた。


「レオ、いくよ」

「わふ?わんっ!」


 アナの声と指先に、そのレオと呼ばれた小さな狼は一度不思議そうな表情で彼女を見上げるが、すぐに元気よく声を上げるとその足元へと戻っていた。

 そして彼女達は、そのままトコトコとこの場を後にしていく。


「あっ!待って・・・って、もう遅いか」


 幼い少女と小さな動物という組み合わせは、とても愛らしい。

 その愛らしさに思わず見惚れて、ぼーっとしてしまっていたクルスは、去っていく彼女を引き留めることが出来ない。


「あ~ぁ、もっと色々と聞いておきたかったのになぁ」


 彼女が完全に立ち去り、静かになった室内で一人、クルスは溜め息を漏らしている。

 そうして後悔を吐き出した彼は、全てを投げ出すように再びその場へと横になっていた。


「・・・これ、どうすればいいんだ?う、う~ん・・・困ったな」


 投げやりに横になった彼の身体、その一部が今だに天を指している。

 それを見下ろしては、心底困り果てたように眉を八の字にしているクルスは、答えの見つからない問題に頭をかき混ぜている。

 その背中に敷かれた薄い敷物は、彼の悩みを優しく包み込んではくれなさそうであった。

 ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

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