利久の所在
啓太の心配は的中した。
利久が警察に捕まった。何気にあのコンビニに行って、店員が気がついたのだ。
防犯カメラに利久が万引きする瞬間の映像が残っていた。証拠があるので、言い逃れは出来ない状態だった。
啓太も共犯ということになって警察署に呼ばれた。
狭い空間に机と椅子がある。殺風景だ。ここにいるだけで、背筋が寒くなる。
ノーネクタイの男性刑事が啓太の向かいに座った。頭髪に白いものが目立っている。四十代後半といったところか。一重にノッペリとした顔立ちが、冷徹さが伝わる。
「今回のことは時田君から聞いたよ」
刑事は物腰を柔らかいが、視線は鋭くそれだけで威圧される。
「……」
「時田君が主導で、君はそれに従っただけって言ってたよ。まあ、コンビニから盗んだ物もおにぎりぐらいだし、深く反省しているようだし、君の行動も褒められたものじゃないが……」
「逮捕とかされるんですか?」
刑事は笑った。
「初犯だし、まだ未成年といこともあるし、逮捕はないよ」
「良かった……」
「だけど、今回は大目に見るけど、二度目はこんなんじゃ済まされないからね」
「はい……」
刑事は始末書を出した。
啓太は署名して、親指で押印した。
啓太は共犯ではないと主張出来なかった。空気を読んだと、言えば格好いいが、罪が軽いと言う事なので、揉める時間を費やすほどの事でもないからだ。
母親が迎えに来ていた。
啓太は本意でない結果に満足はしていなかったが、警察署から解放されて安堵した。
母親は悲しそうにうつむいているだけだった。
啓太がスタスタと歩く後ろを母親は忍ぶようについて来た。もちろん無言だった。
自宅に戻っても会話もなかった。森閑として何か話せる状態でもなかった。
夜は眠れず、朝になった。朝食を抜いて早めに学校に行った。
利久は欠席だった。
啓太は一人で過ごした。クラスメイトとは関わらなかった。利久からは連絡もなかった。
翌日になって、利久が高校を辞めた事を知った。
啓太は急に気が重くなった。
「利久ってムショか?」
クラスメイトが啓太に訪ねた。
「違うよ」
「聞いた話だと重罪を犯して、もう一生刑務所暮らしらしいな」
「違うよ」
「じゃあ、今、どこにいるの?」
「知らないよ」
「本当は知ってんだろう。口止めされたか?」
「そんなことはないよ」
「お前ら仲が良かったからな」
と、クラスメイトたちは冗談ぽかったので、啓太はうやむやにしてごまかした。
だが、昼食後に異変が起こった。
一人のクラスメイトが啓太をチラチラと見ながら朝、絡んできたクラスメイトと会話している。
何かあると、思った。
「聞いたぞ」
と、吹聴していたクラスメイトが啓太のそばに寄って来た。
「何?」
と、啓太は嫌な予感がしながらもとぼけた。
「利久が学校を辞めた理由を知ってんだ!」
「へぇ」
と、啓太は平然としていたが、内心は心をかき乱すほど煮えくり返っていた。
「万引きしたらしいな」
「そうなの……」
啓太は焦った。利久の情報がもう知れ渡っているからだ。
「コンビニで強盗をやったんだってな」
「……」
「一万円くらいらしいな」
「知らないよ……」
啓太の声は小さくなっていた。
「防犯カメラにバッチリ写っていたらしいな」
「……」
「それですぐ逮捕されて、今頃、刑務所か?」
「そんなのデタラメだよ」
「啓太、知ってんだろう?」
「強盗なんて……」
「刑務所じゃ、学校に来られないな」
「刑務所じゃない!」
「やっぱり知ってんじゃないか」
「知らないよ。そんなのガセネタだよ」
「ガセネタじゃないよ。ちゃんとしたところから聞いた話だよ」
「間違っている」
「俺の母親はコンビニで働いているんだよ。知ってたか?」
「知らん……」
「そこで聞いたんだから、間違いないよ。お前、さっきからとぼけているけど、知ってんだろう?」
「今、初めて聞いたよ」
「またまた、隠すなよ!」
「隠してないよ」
「お前も利久と一緒に強盗したんだろ」
「それは……」
「ほら、反論出来ないな」
「強盗なんてしてないよ」
気がつけば啓太の周囲にクラスメイトたちがいた。三百六十度、どこを見ても蔑んだ表情しか見当たらない。
強盗ではない。
逮捕もない。
間違った情報だけが一人歩きし、啓太を圧迫した。
もう、教室にいられなかった。