コンビニ
「つまんねーな」
と、時田利久は言った。
「同感」
啓太もあいづちを打った。
二人とも高校二年生だった。
今年同じクラスになり、利久が積極的に話しかけてきて、いつの間にか二人は意気投合した。
考えている事も似ていたので、すぐに打ち解けた。卒業後の事は何も考えていない。クラスメイトが進学に勤しんでいるが、二人は他愛ない話で盛り上がっていた。
ますますクラスでは浮いた存在になっていた。
利久は兄がいたが、もう成人して実家を離れていた。両親と三人暮らしは息苦しくて、家には帰りたがらなかった。
啓太は一人っ子で、父親を小学生の頃に亡くし、母は働いているので、夜中に帰宅するので昼間は家にはいなかった。
勉強も運動も好きにはなれず、時間を持て余していた。
「面白いことを思いついた」
言い出したのは利久だった。
「何だよ、面白い事って?」
「お前、何かないか?」
「そんなこと急に言われても、何もないよ」
「だよな」
「もったいぶんなよ」
「鬼ごっこしようか」
「はぁ? 二人でやるのか?」
「まぁ、二人だが……」
「そんなのつまらないよ」
「まあ、だまされたと思ってちょっとやろうぜ」
「そう、じゃあ、ジャンケン」
「いいよ。お前が逃げるんだが、その前に腹すいてないか?」
「すいてるよ」
「コンビニに行くか」
「金を持ってないぞ」
「いいから」
利久に言われるまま近くのコンビニに向かった。
「お前、先に入って、店内を一周して、俺が入って来たら、出入り口の前で待っていろ。そこから鬼ごっこをスタートするから、捕まらないように逃げろ」
「何でコンビニ?」
「いいか、絶対に店内に入ったら俺を見るな。もちろん話かけることもするな」
「どういうこと?」
「そしらぬ振りをしろ。いいな」
「うん……」
と、啓太は返事をしたが、理解はしていない。鬼ごっこと言えば公園でやるのが定番だ。なのにコンビニからスタートとは疑問に思った。
すぐにコンビニに着くと、利久は外から店内を見回した。レジには女性店員がいた。
「ここじゃ、駄目だ」
と、利久は言って歩きだしていた。
「どうして?」
「まあ、後でな」
利久はもったいぶるように言うので、啓太は気になった。
「何で!」
利久は無視した。
「ここがいい」
二件目にたどり着くと、利久は開口一番に言った。
啓太は一件目と二件目の違いがわからなかった。
「何が違うの?」
「まぁ、いいからここでやろう。さっきの注意点を忘れるなよ」
「ああ、忘れないよ」
「俺が合図したら逃げろ」
「逃げろって、どこに?」
「そうだな、逃げ切ってお前の家に行け」
「とにかく捕まるな」
啓太は一人でコンビニに入った。捕まるなって言われ、悪い事しか想像出来なくなっていた。断る勇気もなく、利久に言われるままだ。店内をウロウロした。
自動ドアが開き、入店音が流れた。利久が店内に入って来た。
啓太は利久を見ないように、出入り口まで行った。自動ドアは開いた。
ゆっくりと自動ドアを出た。
「泥棒!」
と、利久が叫んだ。
啓太はわけがわからず、後ろを振り返ると、三十代の男性店員が眉間にしわを寄せて、睨んでいた。
男性店員はゆっくりとした足取りで向かって来る。両手には防犯用のボールを持っていた。
啓太は恐怖を感じて、走りだしていた。
「こら、待て!」
男性店員の剣幕が脳裏にこびりついていたので、啓太は止まらなかった。
背後から怒号が聞こえる。
捕まったら何をされるかわからない。必死に走った。
啓太は自宅に戻った。額から汗が止まらない。心臓の鼓動も早いままだ。
逃げ切れた。
啓太は安堵して、その場に座り込んだ。
「何だ!」
ズボンに塗料がこびりついていた。防犯用のボールに当たった記憶はない。必死だったので気がつかなかったのだ。
ドンドンと玄関を叩く音が聞こえた。
啓太は男性店員が追って来たのかと思い、息をひそめた。
「おーい、俺だよ」
利久だった。とても明るい声で、啓太の心配を吹っ飛ばすのであった。
ドアは勝手に開いた。
啓太の前にはニッコリと頬を緩めている利久がいた。
「やあ」
と、啓太が言うと、利久はケラケラと笑った。
「顔、真っ青だぞ」
利久は笑うのを耐えていた。
「何がおかしいんだよ!」
啓太はイラッとした。
「中に入るよ」
「これを見ろよ」
啓太はズボンに塗料が付着したことを見せた。
「ずいぶん、派手にやったな」
と、利久は他人事のように言い放った。
「どうすんだよ」
「まあ、これでも食うか?」
利久は手に持っていたおにぎりを見せた。
「何だそれ」
「まだ、あるんだ」
利久はポケットからおにぎりを出し、両手には四個持っていた。
「いらないよ」
「何だよ、せっかくお前の分までかっぱらってきたのに」
「えっ? もしかして……」
「そうだよ。お前が店員に追われているすきにコンビニからかっぱらったよ」
「犯罪じゃないか!」
啓太は背筋が寒くなった。
「バレなければ大丈夫だよ」
利久は呑気なことを言っていたので、啓太は怒りが込み上げてきた。
「バレたらどうすんだよ」
「そんなことは心配しなくていいよ」
「それにこのズボンの塗料はどうすんだよ!」
「洗えばいいじゃん」
「はあ?」
「とにかく、スリルがあって楽しかっただろう?」
「スリルも何も……あの店員に捕まっていたらどうすんだよ」
「ちょうど男の店員だったからたぶん追いかけるだろうって思って」
「何だそれ」
「女の店員だと、恐怖で追ってくるとは思えないからさ」
「それで二件目にしたのか」
「そうだよ」
「店員が追ってこなかったらどうしてたんだよ」
「それまでさ。別のコンビニにするつもりだった」
「信じられない」
「万が一捕まっても、お前は何も盗んでないから逆に店員が謝ることになるだろう」
「ああ……」
利久は楽観的に考えていたが、啓太は納得出来なかった。
「心配すんな」
利久が平然としていたので、啓太も楽観的に心変わりしていった。