ミルーシェの足
このまま玄関での立ち話もなんだからとディランが再び寝室へと案内する。なので寝室に向かうまでに食べかけのパンは下品かもだけど食べ終えておいた。
ベッドに座らせてもらい早速マーリンさんが失礼しますと私の足に触れた。
本当はこんな醜い足は見て欲しくはないけど仕方ないことだから諦める。ディランの服の裾はつまんだままとりあえず待っているとマーリンさんの手が足をあちこち確認するように触っているのが見える。
「立つことは辛くても少しなら出来そうですが、歩くのは無理そうですか?」
「そうですね、数歩なら大丈夫だと思いますけど…」
「やはり、そうですか…失礼しますが、手も見せていただいてもよろしいですか?」
ディランの服の裾をつまんでない方の右手を差し出せばまた何かを確認するかのように触れられる。
「……とりあえずは分かりました、その包帯の下は?」
「生まれつきこちらの目は見えないので包帯を巻いているんです」
「見ても大丈夫ですか?」
「……ごめんなさい、それは遠慮させていただきます」
そうですかとマーリンさんが立ち上がり私に少し歩いてみてくださいと言ったので大人しく立ち上がりディランの裾を離し歩き出す…結果は三歩で膝からかくんと崩れ落ちた。
ディランに再びベッドに座らせてもらうとマーリンさんは考え込むように何かのメモを取ってから私に向き直る。
向き直るって言っても足を見るためにマーリンさんは私の前の床に膝を着いて居る状態だけど。
「結論から述べさせて頂きます」
「はい」
「ミルーシェ様の足はこの先少しは筋肉をつけ骨を固くすることで多少はマシにはなるとは思いますが、常人のようには歩けないでしょう」
「はい」
「骨の間接部分に変な癖が付いて固まっています…骨を折ったまま無理やり治したことがありますか」
「…はい」
昔あの人から骨を折られたことがある。私が足が弱くならないように屋根裏部屋の中を歩き回る音が気に食わないといっていた。その時精霊達に無理矢理治してもらったけどその治し方が良くなかったんだろう。
「既に変な癖が付いた骨は今の医療では治すことは不可能です。それこそ伝説上に存在するエリクサーでも無い限り…」
「一番回復した状態でどれくらい歩けるでしょうか?」
「……良くて半刻でしょう」
どれだけ頑張ったところで半刻しか持たない足。仕方ないかと思うけれどディランに申し訳なくも思う。
「ディランが今は居るからいいのですが、私はグレンダル侯爵家の爵位を継がせて頂くと陛下にお伝えしてあります、今後公式の場にも出ねばなりません、その際いつまでもディランの腕の中にいる訳にはいかないのです…なにか代わりになる方法はありませんか?」
パーティーにだって出ることになる。目に引き続き足まで治らないとなると屋敷の中等なら精霊達に頼めば問題ないけど公式の場ではディランの手を借りれないため問題がある。
「車椅子、という物が最近開発されたようです椅子に車輪をつけた簡単なものですが、改良し、そちらを使用するのが良いでしょう」
「改良が必要なのですか?」
「作った職人は平民なので質があまり…ですので侯爵家の当主様が利用しても悪目立ちせぬ様品格を必要とします」
構造の問題ではなく品質の問題なのね。
「車椅子の方は私と職人とで意見を出し合い改良した物をお持ちします。ミルーシェ様はとりあえず足に筋肉をつけることを目的としてお過ごしいただけますか?」
「ありがとうございます、マーリンさん!」
感謝を伝えるとマーリンさんが引き締めた表情を緩めて微笑み返してくれる。笑顔を浮かべてもらうとなんだかとっても素敵なものを貰った気になれる。
「とんでもございませんわ、むしろこの程度しかお力添え出来ず申し訳ありません」
「ディランもありがとう、車椅子が来るまでもう少しお願いね」
「おう、気にすんな」
「…っこのクソ男! こんなに可愛いミルーシェ様にその態度は何よ!?」
「あ?お前に関係ねぇだろ」
「関係あるわよ! ミルーシェ様の教育に悪いわ!!」
教育に悪いというのならディランに対するマーリンの言葉遣いも悪いのではないかと首を傾げるミルーシェと、それに気付かずヒートアップして口論する二人の声が静かだった屋敷に響く。
それを楽しんでいる精霊達の声を聞きながらミルーシェも一緒に笑っていた。