いつもと違う朝
温かな日差しがカーテンの隙間から部屋に差し込み、目が覚める。耳元で楽しげに精霊が囁きあっていた。それに心地良さを感じながらふかふかのベッドで身を起こす。
ディランは隣でまだ寝ていた。静かな吐息を零しながら私に枕を渡したことで自分の腕を枕にいつの間にか私に寄り添うように寝ていた。
「……」
思わず緩む口元に手を当てながらディランの横に再び寝転がる。耳元で精霊達が私が眠ったあとのことを教えてくれる。
その内容の温かさに胸がいっぱいになる。ゆっくりと手をディランの頬に当てするりと撫でる。それにぴくりと反応しディランの綺麗な緑の瞳が光を帯びていく。
「何してる?」
「ふふ、おはようディラン」
「答えになってないんだが?」
「あら、起きた時はそういう挨拶から始めるものよ?」
呆れたように深いため息をこぼし、ディランがベッドから出る。ゆっくりと伸びをしているのを何となく寝っ転がったまま見て気付く。
「そう言えばディラン、昨日血だらけの服のままで寝ていたわね」
「着替えんの忘れてたな、ベッドは無事だが、もうこの血は落ちねぇだろうし、後で適当に捨てる、そんな事より飯だ飯」
「ごはん?」
何を言ってるのかと瞬きを数回すれば呆れたようにディランにベッドに座らされる。
「あんたも着替えなきゃいけねぇな、血だらけだ」
「…気付かなかったわ、そうね、でも着替えがないし、別に一日くらい気にしないわよ?」
「着替えはある」
「…………随分と変な趣味を持っているのね」
「そっちは愉快な頭を持ってるらしいな?」
どうしてそうなる?とディランが顔を顰める。それに笑って冗談よと返せば深いため息を返された。
────ディランに渡された服はとても綺麗なワンピースだった。柔らかな素材で出来ているのか肌に触れたところが擦れて痛くなることも無い。
「ちょっと大きいけど…着れなくもないわね」
ご飯の支度をしてくるとディランは寝室に私とかえの服を置いて出ていった。私は精霊達に手伝ってもらいながら着替え終えベッドに腰掛けたままプラプラと足を揺らす。
ポスポスと足がベッドにあたる度軽い音がするのがなんだか新鮮だった。
「飯ができたぞ」
枕を抱きしめたままベッドの上を転がって遊んでいると扉を開けてディランが入ってくる。どうやらディランも着替えたらしくラフな白いシャツと黒いズボンに変わっていた。
思わずずるっとベッドから転がり落ちる私をディランが抱きとめてくれる。精霊達もどうやらディランが助けると思っていたらしく手を貸すことは無かった。
「…何してんだ?」
「遊んでた」
「………はぁ」
深いため息と共にそのまま抱き上げられ、食事ができるらしい部屋に運ばれる。
昨日は月明かりのみであまりよく見えなかったがこの屋敷は広くがらんとしている。装飾品も少ないが、掃除はされているらしい。
陽の光が廊下に差し込んでいた。
ディランに連れられた部屋は寝室よりは広く、大きめの机が置かれていた。白いテーブルクロスの上には湯気を立たせるスープと柔らかそうなパンが置いてある。
「いい匂いね!」
「出来たてだからな」
ワクワクと心を躍らせながら席に着かせてもらいスプーンを手に持つ前に手を合わせる。
「作り手と精霊に感謝を」
「……変な祈りだな? 神にじゃないのか?」
隣に座るディランは祈る仕草もせずスプーンを手に取りスープを飲み始める。
「だって、神様は助けてくれないけど精霊は助けてくれるじゃない?」
「ミルーシェ様限定でな? 大抵は助けて貰えなくても神に縋って祈るもんさ」
「でもディランは祈りすらしてないわ」
「大抵は、といったろ。俺は祈らなくても生きてけるんでね」
そういうものなの?と聞けばそういうもんだと返される。なんとも言えない気持ちのまま私も食事に手をつける。
「っ」
スープを口に含んで飲み下し、思わず声にならない声が漏れる。
「どうしたんだ?」
「…美味しいわ、ディラン」
「そりゃよかったな…?」
何を言ってるのか分からないという顔をしているディランに微笑む。
美味しいのね。こんなに温かく食べれる食事は。
「これディランが作ったの?」
「他に誰もいないだろうが」
「すごいわね! なんでも出来るのねディランって! 名付け以外は」
「名付け以外ってわざわざつける意味はなんだ? ええ? 馬鹿な俺にもわかるように教えてくれやミルーシェ様?」
グリグリとディランに頭を撫でつけられながらパンを食べる。ああ、本当に全てが新しく心地よい。