月明かり
伯父様と別れ、次に向かったのはディランの屋敷だった。私が寝泊まり出来る仮の場所として貸してくれるらしい。
「ありがとうございます、貸してくれて」
「別にほぼ帰ってねぇしな、つか、そもそも屋敷を使えなくしたのは俺だし」
一々感謝しなくていいと言い切るディランが可笑しくて笑ったら顔を顰められた。
「随分と楽しそうだな?」
「そうですね、きっと楽しいのだと思います」
だって一人ではない。そう口にするともっとディランは顔を顰めるのだから苦笑いで返すのも仕方ないと思う。
「可笑しいかしら?」
「ええ、とても頭のおかしな物言いで」
「失礼だ、とは思わないの?」
「思っていたならば貴女の家族を殺しはしなかっただろうな」
屋敷についたのだろう。小さな小屋の前で私をガルドから下ろして横抱きにする。すると、ガルドは勝手に小屋の中に帰っていった。慣れてるのだろう。
「随分、静かね」
「誰もいないからな」
「え?」
「俺の屋敷はただの屋敷でしかねぇ、元々仕事しかやることがねぇんで家に帰るのは宿代わりなんだよ」
だから誰もいないのだとディランは無表情で言い放ち静かで真っ暗な屋敷の扉を開ける。大きく硬い木の扉はあまり開けられなれていないのか酷く音を立てて開いた。
「明かりがないのね」
「まぁな、寝に帰るだけだったから明かりなんざ使ったこともないんだ、不便だろうが我慢してくれ」
「あら。貴方あの屋敷で散々人殺しておいてわからなかったの?」
クスクスと笑いながら窓を指さしてあげればそれに釣られたようにディランも窓を見る。
「月明かりは案外優しいのよ、それに屋根裏部屋の方が真っ暗よ、それに比べたら全然気にならないわ」
「…確かにあの部屋は暗かった」
「あるのはひとつの窓だけだものね」
クスクスと笑っているとディランが窓の前で足を止める。そうだったと何かに気づいたように私をじっと見下ろしてくる。
「ミルーシェ様俺、聞きたいことがあったんだ」
「なにかしら」
「どうやって窓の外見ていたんだ? あの屋根裏部屋窓があったのは天井近くで歩けない貴女じゃ椅子を使ったとしても見えやしないだろ?」
そんなに持たないだろうしと
言われて少しムッとしたが確かに私には無理だろう。この身長じゃきっと立てたとしても見れないだろう。
「知りたい?」
「ええ」
「ふふ」
「……なんだよ?」
ゆっくりと包帯を解いていく。伯父様にすら見せなかった目を再びディランの前で月明かりに晒してゆっくりと微笑む。
「こうして、よ」
ふわりと私の左目が熱を持つ。この目は見ることは出来ないが別のことはできるのだ。
やはりこれは国宝だったのだと納得するほどにこの目は私を守った。
時には食事を用意してくれた。時には傷を癒してくれた。時には私を殴る者の気を逸らしてくれた。
ディランの腕からふわりと浮き上がりクスクスと笑う。
それに合わせて私の周りに小さな光の粒が集まり出す。
「…これ、は」
「精霊石だもの、その名の通りよ」
「でも…こんなことが」
この目は見ることは出来ない。代わりに彼らに私の声を届け、彼らの声を私に届けてくれる。
「精霊は本当に居たのか…!」
ふわりと光を散らし再びディランの腕へ戻る。ね?と首を傾げれば呆れた様子の目が私におりてくる。
周りの精霊たちは私たちの周りを少しクルクルと回ってから再び月明かりの中へと消えていく。
「このこと…陛下は?」
「知らないと思う、お母様にも教えなかったし、お母様も私に言うことは無かったからきっと伯父様も」
「……納得はいった、こうやって精霊たちに頼み気を逸らしたのかあの時も」
そうだと言えばディランは深くため息をこぼしベッドの上に私を下ろすと私の隣に横たわった。
「一緒に寝るの?」
「この屋敷には俺しかいないんだぜ? ベッドが2つも3つもあるわけないだろう」
それもそうかと私も横になる。それに顔を顰めて来るのだから本当にディランは面白い。