じんせいはつの
ディランに抱き上げられながら夜の道を少し進むと、匂いが変わった。ちょっと臭いというか、嗅いだことの無い匂いがする。
「これ、何の匂い?」
「馬の匂いだよ」
「本に出てくるからその名前は知っているけど、こんな匂いなのね」
「まぁな、動物は独特の匂いを持つ…今からその馬に乗るわけなんだが平気か?」
馬に? 私が? と思わず聞き返せば、馬に、ミルーシェ様がと返される。
ミルーシェ様呼びに少し擽ったく感じるけど、それよりも…。
「ディラン!」
「あ?」
「早く! 早く乗って! あと景色がよく見えるところに行きたいわ!」
喜びのままに告げるとディランがめを見開く。でもそれよりも早く馬に乗るということをしてみたかった。
「…変なやつだよなぁほんと」
「ディラン! この子が馬なのね? 名前はあるの?」
「あるぞ、ガルドだ」
「……オスなの?」
「メスだな」
ディランは名前のセンスが悪いのね、可哀想にと私を乗せても静かにしてくれるガルドの首を軽く撫でてあげる。すべすべだけど固い肌は触ってて面白い。
「出発よガルド!」
「手網を持ってるのは俺なんでガルドに言っても意味ないぞ」
「出発よディラン!」
「ハイハイ…」
最初はゆったりと歩き出して、段々とスピードが出てくる。ディランが私の体を固定しつつ手網を握っているから安定して楽しめるけどすこしおしりが痛い。でもそれも本で読んだ通りでなお嬉しい。
ガルドも嬉しそうに風をきって走っていて私も前を見て目を伏せる。髪がぐちゃぐちゃになるとか包帯が解けるとかそんなこと少しも頭に浮かばなかった。
夜風はこんなにも気持ちのいいものだったんだ。鼻を通る草木の匂いも、沢山の虫の声も心地いい。
「ミルーシェ様、目を開けてみろ」
「………あ」
丘の上に着いたらしい。風が少しだけになり、ガルドは興奮したように息をしていた。それよりも私は見下ろす街に唖然とした。
「……光が少ないわディラン」
「人が少ないからな」
「これが当たり前じゃないのよね?」
「他のところはもっと数は多い。それこそ領主の屋敷の前ならな───怖気付いたか?」
沢山の人がきっと死んだのだろう。家の数に対して明かりの灯っている場所はとても少ない。魔物避けのために家の入口には火をたく。魔物は火を怖がるから。
なのに灯ってないということは。
家を残し、人が居なくなったということ。
「怖気付くなんて、そんなはずないわよ」
「…」
「ディラン、私は結構頑固なのよ」
可哀想だと思った。死んだもの達に哀れみを抱いた。そして生きるものに感謝した。
「ディラン、私はこの景色忘れないわ、だから貴方も覚えていて」
「…なんでだ?」
「変えてみせるからよ、この景色を私と貴方で…そしてまた来るのこの丘に来てまた見下ろすの。」
だから覚えていてと。言えばディランは本当に楽しそうに声を上げて笑った。
「いいぜ! 俺はこの景色を絶てぇ忘れねぇ! そんでミルーシェ様をまたここに連れてくる! 沢山の光を見にな!」
私も笑う。ここは誰も怒る人はいないから。声を上げて。
頑張ってくれた彼等に私が報わねば誰が報うというのか。誰が彼らを守るのか。
私は罪人だ。それを償うことは命ではできなかった。なら行動で示そう。
豊かな幸せをこの地に。