ぽんぽんとはずむ
包帯をディランが巻き直して、筋肉が弱りきって歩けない私を横抱きにして屋敷を出ると沢山の騎士に囲まれていた。
「団長、お疲れ様です、筋書き通り証拠など転がしてきました」
「おう、ありがとな、あともう俺は団長じゃなくなるからそこん所宜しくたのむわ」
その言葉を聞いた彼等は硬直した。まるでネジ巻きの切れた玩具のように固まる様は見ていて面白かったけど少し可哀想にも感じる。
「いいの?」
「いーんだよ、俺にそもそも騎士は向いてなかったってこった…一人に膝をつくならまだしも貴族共の顔色を窺いながらなんてな」
「でも国王陛下に頼まれていたのでしょう?」
「それも済んでいるだろ? あの屋敷にゃもう誰も生きちゃいねぇ。アルジサマが住むとしても血みどろになってるからな、掃除やらお偉いさんがたの都合で今は無理だ」
「……私はどうなるのかしら」
「簡単だ、仕事の出来る優秀な騎士様に唯一の生き残りとして助け出された…屋根裏部屋に監禁されている形でな、そこら辺は公表しちまった方がいいぞ、領民からの文句も多少は相応の物になるだろーから」
目の前にある端正な顔を見上げる。不敵な笑みを浮かべるディランは意外に頭が良いらしい。
「そんな驚くことか? アルジサマだって気付いてたじゃねぇか、一人でも生き残りがいると民は収まらんってな」
「そうだけど…」
「人ってのは単純なもんでな、善良な奴ほど自分よりも悲惨な目に会ったものには自然と同情的になるんだ、それとも侯爵様としちゃその同情は受け取れねぇか?」
「侯爵様? さっきから時々出てるアルジサマっといい、なんですかそれ」
「グレンダル侯爵家の生き残りはアルジサマだけだ、それも王族の血を引くお姫様と来たら侯爵を継ぐのは当たり前だろ? 若さはあるが、前領主よりは間違いなくマシだと分かってもらわなきゃ困る、分からないような馬鹿なら話にならん、放っておけ」
結構辛辣な事を言うディランに唖然とする。というか、アルジサマという呼び名の理由も謎なままだ。話をそらそうとしている様子もない。
「それは、理解できるとしても…そのとってつけたようなアルジサマはやめた方がいいと思うわ」
「なんだよ、ふつーだろうが」
「違和感しかないわよ、名前で呼ぶかお嬢様が妥当でしょ」
今度はディランが唖然として足を止めると深い溜息を零す。失礼過ぎると思うのだけど。
「お嬢様は論外だぞ、今後グレンダル侯爵家の当主はあんただ、その当主をつかまえて子供に対する呼び方はおかしいだろ」
「……じゃあ、ミルーシェでいいじゃないの」
「そんなに名前で呼んで欲しいわけ? あんたを閉じ込めてたヤツらが付けた名前だぞ?」
「良いのよ、むしろ今まで誰も呼んでくれなかったんだからその分貴方に呼んで欲しいわディラン」
呆れたようなディランに思わず声を押し殺して笑う。ああ、楽しい。こんなにぽんぽんと会話出来るものなのね、人って。
声を出す練習は欠かさなかったけど、それも小さな声でしか出来なかったから私の声は相当小さい。
でも私を横抱きにする綺麗な顔をした口の悪い騎士はその小さな声を当たり前のように聞き取り返してくれる。
私が話そうとしたら口を閉じ、私が話をし終えて口を閉じてから口を開く。
その気遣いが心地よかった。