餞別
ディランが喜んでいるのがわかり、あたたかく優しい空気にふと心が軽くなる。
……あの人とは違って、彼らは彼らの信念の元私に噛み付いたのだとほっとした。
ディランの傍は安心できるのは私も理解していて、手放さなければならないと言われたら嫌だと言いたくはなる。けれど。
それをしてしまえばディランはもう二度と私の元には来ないとも思うの。
チラリとディランを見上げると気分良さそうに口の端を上げていた。
「お詫びと言ってはなんですが、私達にお手伝い出来ることがあれば気軽にお声掛けください」
クワロ団長がにこやかに私に握手を求めてくる。通常であれば男性のクワロ団長が女である私に握手を求めることはマナー的には有り得ない筈だった。
伯父様には許可を得て侯爵ではあるけど正式にはまだ私は侯爵では無い。そう名乗ったとしても問題はなくともこの国に女性の当主は他に居ない。男尊女卑は他国よりも弱いとはいえ確かに存在する。
女性の侯爵は恐らく私が初めてになるのだろう。そして、握手を求めるということは───私を性別関係なく当主として尊重してくれるということだ。
本当に男性同士であれば位が高い方から手を差し出すものだが、女である私がそういった行動に出ることは無いと悟ってくれたのだろうか。認められなくてもいいとは思っていたけれど、いざ認められると心がざわつく。
「……お心遣い嬉しく思います」
ぎゅっと握り返すと大きな手だなと思う。よく鍛えられているのだろう、手のひらだと言うのに固かった。
ディランの手も固いのだろうか。
「……」
「……どうかしましたか?」
「いえ、大丈夫です」
握っていた手を離すとじっと他の団員を見回す。怖い目をする人は誰もいなかった。
「本当にディランに似ている…」
「さっきも聞いたぞ、それ」
「今再確認したのよ、ここはディランの作った場所だと」
ディランが不服そうにブスっとそっぽを向いた。クワロと少し笑ってみると舌打ちまでしてくるので、もっと笑ってしまう。
「俺もだよ」
「……っどうしたの?」
「いつまで笑ってんだよ…あ〜くそっ」
ディランがそっぽ向くのをやめて元部下である騎士団の皆を見る。
「ディーン、デール、アロー、エリック、グロック、アルト、コニー、ジョー、ヤード、トマス…」
ディランが次々と呪文のように口にするのは人の名前だろうか、随分と長い間それが続いたと思う。途中からそれの意味はわかったのだけれど、最後にクワロで締められた名前の数とここにいる人数は合わない。どうしてだろうと考え、視線をディランからクワロに移す。
「覚えて…?」
「……確かにおめぇら調子づいてるし、当たり前のように団長呼びやめねぇし、うるせぇし…ウザかったしもっと言えば弱かった」
クワロと他の団員が胸を押さえる。……痛そう。
「だが、死んだヤツら含めてお前らに背を任せ戦うってのも嫌いじゃなかったぜ」
「っ」
「弱すぎてある意味敵よりも恐怖させてくれるし、いい刺激になった」
「…その一言付けないでくださいよ」
ディランがクワロの肩を叩く。死んでいったヤツらといった時ディランの心臓の鼓動が少し速まって、緊張していたのだとわかる。
きっと、ディランは口ではこう言っているけれど、死なせない方法を常に探して行動していたんだろう。
「クワロ・マドロ!」
「ハッ!」
クワロの名前をディランが大きな声で呼ぶと、即座にクワロが敬礼と返事で返した。
「強くなれ」
「ハッ」
「部下は共に戦うだけじゃねぇ、お前が守る存在でもあんだ」
「……ハッ」
「お前を守れるやつはお前だけだ」
「…ハッ」
「けどよ、お前がどうしても無理だって思った時は仕方ねぇからこのグレンダル侯爵を頼れ」
そこで私を抱き直すものだから一気に視線を集めてしまった。この流れで私なのねとディランを半目で睨む。
「“偉大な新しいグレンダル侯爵”は見ての通りちっちぇが懐はデケェ、助けてと言われたら即答でわかったと言ってくれる、お前らも覚えとけ!」
ディランが声を張り上げる。楽しそうに、少し恥ずかしいという感情を滲ませて。
「グレンダル侯爵は、お前らの意見を無下にはしねぇ変わった貴族だ、そんでもって……俺の“アルジサマ”だ!」
「「「「ハッ」」」」
全員が姿勢を正して敬礼をし、返事をして、ディランと私を真っ直ぐと見る。
「死ぬんじゃねぇぞ!」
ああ、これはディランからの餞別なのだ。背に隠れていた彼らが巣立つ為の。
「「「「今までお世話になりました!!」」」」
ディランに一斉に騎士たちが頭を下げるのを見ると耐えきれなかったのかディランがその場から急に走り出した。
「っふ」
「あ"〜〜〜らしくねぇことしちまった!」
「ふふふ…」
「……笑いやがって」
「だって、ディランが可愛いんだもの」
くすくすと笑う私と少し耳を赤くして悪態をつくディランをいつまでも頭を下げながら彼らは涙を流しながら笑っていたと……後で精霊達がこっそりと教えてくれた。