気づいたこと
────団長が笑っている。
グレンダル家の唯一の生き残り。死んだ事にされていた娘。団長をどう狂わせたのか、どうやって生き残ったのか。確かに俺はそう思っていた。
疑っていた。
“貴方の知るディランは、狂って従いたくない相手に従う存在なの? ”
そうと言われるまでその疑いの意味に目が向かなかった。涙を浮かべるほど笑う団長は悔しいが初めて見たのだ。
件の娘はそれに動揺することなく仕方ないと溜息を零していて。
違うのだと現実を叩きつけ、冷水を浴びた様に体温が、下がる。
「……」
騎士を誇っていた。騎士の誇りは団長にあった。少なくとも俺達にとってはそうだった。
団長はなんでも出来て、一人で出来ることをわざわざ崩して俺達を育てるために仕事を与えてくれた。
クワロと、呼んでもらえるだけで直ぐに駆け付けた。その背中を任せてもらえることに喜びがあった。幾度と戦場で敵を屠る団長が誇らしく、自慢で。
でも、俺達は団長の感情を考慮していなかったんだろう。少しも考えることも無く。
傍にいただけだ、その背を見てただけだ。背中を任せてもらえる?現実はただ俺達がその広い背中に隠れていただけなのでは無いか?
笑わなかったのでは無い、笑えない様にしたのでは?
「…先程の非礼をお詫び申し上げる、改めてご挨拶を許して頂けますでしょうか」
片膝を突き騎士の礼をする。最強最高の騎士である団長…ディラン様がこの方を認めた。この方はディラン様に自由な表情を与えられている。
それだけでいいのだ。それが全ての答えなのだ。
「…許します」
「ありがたき幸せ…私は、クワロ・マドロ、ディラン様が団長だった際副団長をしておりました…、今はお恥ずかしながら団長を拝命致しました 」
俺達にとって団長はディラン様だった。そして俺は副団長。だが、団長が居なくなってしまえばその地位に俺が収まることは自然な流れだった。
ただ俺が認めれてなかった。団長が居ない事実を。陛下はそんな俺に温かく笑って“名乗る時だと思ったら名乗りなさい”と仰ってくださった。
それに愚かにも甘えてしまっていた。
ちらりと視線をあげると少し面食らったような顔をする二方に肩の力が不思議と抜ける。
「ディラン、様」
「…なんだ」
「申し訳ありませんでした」
後ろで仲間達も膝を折るのが気配でわかった。
「貴方は我らの誇り」
ずっと憧れていた。
「貴方は我らの希望」
ずっと救われていた。
「貴方は我らの道」
その背を追いかけることがいつしか当たり前になり。
「貴方は我らの師」
守り導こうとして下さっていた。それを裏切ってしまった。
「今までお世話になりました、どうか変わらず自由に戦い下さい…」
「………硬っ苦しいなぁおい?」
意地悪く笑うディラン様に涙が零れる。いい歳した男が揃いも揃って泣く姿は見苦しいだろう。だがそれでも。
それでも、憧れていた。追いかけ続けたかった。自分の理想としていたこの方を。
「っいつか、いつか近衛騎士団長はクワロ・マドロだと全ての者に認めさせます!」
もう、貴方は帰ってこない。
「その時は」
貴方の指示を仰ぎ戦う喜びも得られないが。
「その時は…一緒に酒でも飲みましょう!」
部下としてではなく、友となれるだろうか。
涙で視界が歪む。その中でもはっきりと分かる。ディラン様は楽しそうに笑っていた。
「俺は気が短ぇぞ?」
「…存じ上げております」
団長。俺は今度こそ間違えません。今度こそ、貴方を裏切りません。
「グレンダル侯爵様、貴女に心からの感謝を」
「…訂正します、貴方達は良くディランと似ているわ…素直じゃない所とか」
「うっせ」
部下たちと顔を合わせ吹き出すように笑う。ああ、良かった。この方がディラン様の選んだ方で。