冷たい目
しばらくして辿り着いたのは王城の横にある塔だった。どうやら、訓練塔と呼ばれているらしいその建物は兵達の住む場所であり、職場だという。
「ディランもここに?」
「……俺はまぁ、部屋は与えられたが毎日ここに泊まってた訳ではねぇ」
「そうなの? でも屋敷を使ってた訳じゃないでしょう? 生活感があまりなかったもの」
「屋敷には寝にだけ帰ってたからな」
やけに早口に言い切って目を逸らすディラン。珍しい反応に思わず頬に手をやって自分に向けさせる。建物に着いてからディランの腕に座る形で運ばれている為ディランはされるがままだ。
「本当に?」
「………」
「ディラン、視線を逸らしてはダメよ」
「…あー」
顔が逸らせない代わりに視線を明後日に向けているディランにそう言えば、少し間を置いてからポソりと答えた。
「男だから仕方ねぇだろ…」
「……?」
「これで分からねぇなら、子供のミルーシェ様にはまだ早いってことだ、俺は答えたからな! 分からねぇ主が悪い!」
眉間に皺を寄せ、まるで子供のように顔を顰めるディランに、思わず笑みがこぼれる。
『今後グレンダル侯爵家の当主はあんただ、その当主をつかまえて子供に対する呼び方はおかしいだろ』
お嬢様呼びはどうかと聞いた時にああ言っていたのに今度は子供扱いしてくるのね。
「…楽しそうでなにより」
「ふふ、ありがとう?」
「随分と嫌味が上手くなったな、おい」
「ディランのおかげかしら?」
私の言葉を聞いてバツが悪そうに空いている片手で、私の髪に軽く指を通してきた。どうしたのだろうか。
「どこぞの馬鹿女にドヤされそうだ」
「……マーリンさんの事そういう呼び方するのやめたら?」
「向こうも似たようなもんだろ、良いんだよ、こまけぇことは気にすんな」
細かい事だろうか…?
呆れた目を向けてしまったのか髪に通してた手でそのまま目を塞がれる。ただでさえ片目で視界が狭い上にマントで頭から隠してるから更に見えないのに、目を塞ぎにかかるなんて…。そんなに怒ることかしら。
「勘違いしてるな、別に怒ってねぇ」
「…時々ディランは人の心が読めるのではと思う時があるわ」
「読めたら楽そうだな?」
「…はぁ、それじゃあ、どうして私は今目を塞がれているの?」
暫しの沈黙の後、ゆっくりと出された答えに思わず私も絶句する。
「…流石にごつい男達に一斉に頭下げられてるのって、どうかと思ってな」
「………え?」
目元を隠す手を退かすと、視界に入るのはなるほど、たしかに体格のいい騎士達が頭を下げている光景だ。
「彼らは?」
「俺の元部下」
「っ元じゃありません!今も俺達の団長はディラン様です!」
瞬きを数回してからそっとディランを見上げる。件のディランは呆れた顔を浮かべていた。
「何寝ぼけたことぬかしてんだ、俺はもう騎士じゃねぇよ」
吐き捨てるようなそのセリフには色々な感情が詰まっている気がした。心配になりディランの服を軽く引くと私に視線を戻す。
「大丈夫?」
「ああ」
「っなんで」
私達のやり取りを信じられないものを見たように目を見開く騎士達は控えめに言って怖い。
「俺達は認めません!貴方以外の団長なんて!」
「認めたくなけりゃ騎士辞めればいいだろ、俺に押し付けてんじゃねえぞ」
冷たい声色はディランの心からの言葉なのか、酷く力が篭っていた。ディランの言葉に騎士達は顔を顰めぐっと口を閉じ私に視線を向けてくる。
向けられた視線には覚えがある。あの人があの部屋に入ってきた視線と同じだ。反射的に肩が震えた。それがどんな事になるか直ぐに考えついて口を開いたけれど、もう既に遅くて。
だって、ディランは私を抱き上げている。私がビクついた小さな振動もディランにはすぐに伝わる。力が入ってしまう体にも。
「ディラン!」
反射的に叫んだ。でもそれも気にならないほどの激しい音が鳴ったものだから、きっと一人以外にはその声は届いていないだろう。
「調子づいてんじゃねぇ、殺したくなるだろぉが」
「だ、んちょ…」
私を片手に乗せて、空いた右手で、剣を一番近くに居た騎士にディランは叩き込んでいた。幸いなのはその剣が鞘に入ったままだったことだろう。
床で呻いてる騎士を近くの騎士が慌てて介抱するのを、ディランは冷たく見下ろし、介抱している別の騎士は唖然とディランを見上げている。