王都到着
グレンダル領は王都の隣に位置する。中心に王都を置き、それぞれ領地を分けられている。
王都に最も近い土地。王の最も信頼がある家。
…だった、それがグレンダル家。いつ、どうして歪んだのか、知るものはいない。
「…ここが王都」
王都の隣にありながら荒れ果てたグレンダル領とは異なり、王都は賑わっていた。
時刻は既に昼頃になってしまったのか、沢山の料理の匂いが風に乗って運ばれてくる。
「こんなに、人が」
ガルドの背に乗ったまま街の中に入れてもらう。高い壁に守られた街に入るには大きな門を越えなければならなかった。だけど待たされることは無く、意外にすんなりと通された。今私はディランに抱っこされ頭からマントを被っている。
眼帯してるけど隻眼は目立つから仕方ない、でもこのマントが重くて首が痛いのはどうにかならないだろうか。
石畳を歩くガルドの振動が伝わってくる。グッと口元を引きしめて、手に力を入れる。
─────ああ、本当にあの人達は最低でなんて愚かだったんだろう。
「ミルーシェ様?」
「なんでもない」
「…」
すぐ側にあるこの王都がこんなに栄えているのに。それを見てもなんの感情も抱かないほどまで落ちていたんだろうか。少なくともこんなに差を見せられても変えようとなんて思わなかったんだろう。
あれだけの人がいてっ、誰一人…!
「…なんでもないってぬかすなら、ちゃんと演じきれよ」
肩が跳ねた。思わず顔を上げてディランを見ると頭に手を置かれる。そして仕方ないなというように笑って。
「精霊達が騒ぐだろ、今焦った所で変わらねぇんだから、いつも通りを演じてでも通せ」
「……えぇ」
「後で、ちゃんと聞くからよ」
「…」
「あんま自分責めんな」
「もうアイツらは死んだんだ」
その言葉の裏に“俺が殺したのは知っているだろ”と隠されている気がした。
…人がいない土地を見てもこんなに動揺はしなかった。私にとっては事実として受け入れていたから。だけど。
あの灯りのない家が目の前の景色に重なって見える。幻覚でしかないと分かっていても自然と見えてしまう。
「アイツらは罪を罪とも思わなかった」
「…えぇ」
「それが何よりも罪だろうな」
「本当に、そうね」
「だが勘違いすんじゃねぇぞ、“それ”はお前だけが背負うもんじゃねぇ」
らしくもないキザったらしい台詞を吐いてディランが笑う。また体を揺らして大きく。なんでもない、当たり前のことを言うように。
「“俺とお前が背負っていくもんだ”」
「…っ」
ミルーシェ様と呼び方に拘るくせに。お嬢様は私への侮辱になると言うくせに、ディランがお前と呼ぶ。
その砕けた言い方が昔は何度も呼ばれることを待ち続けたミルーシェの名よりもまるで自分のことをちゃんとさしてくれているみたいで。
「ディランは本当に、馬鹿ねぇ」
「は?」
「ふふ、近衛騎士団が楽しみだわ!」
怒りは消えない。後悔は消えない。自己嫌悪と、憎しみと、悲しみも。罪だって。ディランに甘えるしかない現状にだって心が痛まないなんてことはありえない。
だけど。
だけど…、少しも未来が怖くないのよ、ディラン?
ぐしゃぐしゃと頭を撫でられるのすら心地よく感じながら、私の前にディランといた騎士団達を勝手に想像して暇を潰した。