おにとざいにん
この屋敷に住むもの全てを罪人とするならば私は正しく罪人だ。そして、この目の前の綺麗な鬼は刑を執行する者だ。
「生きていた事を喜ばれるとは思いませんでした、死んでいれば貴方は私と言葉を交わすことなく三十五人殺すだけで終われたんですから」
「貴女を俺が殺す…? そんなことをすれば今度殺されるのは俺だ」
鬼の言葉が理解できなくて瞬きを繰り返す。私が死んで誰が怒り恩人といえるこの鬼を殺すというのか。
「ミルーシェと呼ばれるのも久しぶり過ぎて違和感があるのです、その名を呼ぶものはもう既に居なくなりましたから」
ミルーシェとまだ幼い私を母様が抱き上げて優しく髪を撫でてくれた。柔らかく見守る美しい瞳を引き継げなかったことにいつも膨れて困らせていた。
───母様は私をここから出すことは無かった。あの人とは異なり私を愛しているから。まだその時ではないからと。
「王の姪である貴女はもう死んだと聞いていた」
「…そうでしょうね、私は死んだのです」
生まれたその瞬間。瞼を開けたその瞬間。私は祝福されることなく死を迎えた。
「母様は私を愛してくれました、それに嘘はきっとなかったんでしょうね…でも、私を恐れてもいた」
私は持ってはならない瞳を持ってしまった。母様が死の際にそう泣いていた。
「私の左目はこれだったから…人前に出す訳にはいかなかった」
「っ」
左目にまいていた包帯を解き鬼に見ることが出来ない左目を晒す。私の右の目は珍しい金の瞳だけど左目はおぞましい目だ。
「母様は病に侵されていた」
「…」
「母様は死にたくなくて精霊石を飲み込んだそうよ、子供の頃にね…それが何故か母様から産まれた私の左目として出てしまった」
精霊石…別名神の石。王宮の奥で保管されていた国宝のひとつ。
「触れてはならない神の石を口にした証が娘として生まれてしまった。そして母様の命を長らえさせていたこれが外に出てしまった…母様にとって私は罪の証と死を告げる子だったの」
「…そんなこと有り得るのか」
「有り得たのよ、だから私は死んだことにされた。あの人も気味の悪い私を自分の子として公表する訳にもいかず、けれど王の血を引く子を産ませなければならなかった…権力の為にね」
だから母様はあの人と別れることはなく私が死んだことで一時の平和が保たれた。それも民を蔑ろにしたものでしたが。
「私に与えられたミルーシェという名ももう誰も呼んでくれることは無いの、そしてこれ以降も」
「……王は貴女がいきているのに一縷の望みをかけていた。俺が殺せと言われたのはこの屋敷にいる者全て、唯一の例外は貴女だ」
だから貴女は死なないと鬼は頭を下げる。つまりこの鬼は国王陛下自らが送り込んだ者だったということだ。
「…だとして、何故貴方は私に跪いているのですか」
「決まっているだろうに」
跪いたまま、鬼は言葉を紡ぐ。ぶっきらぼうで紳士な様子が一切ない彼はそれでも私のことを労わるようにゆっくりと。
「俺、ディラン・ケイレヴは貴女に忠誠を誓う」
「…なぜ?」
「それをすべきだと俺が思ったからだが? 良いだろ、死ぬ覚悟じゃなくてよ、俺の主として生きる覚悟をしてくれや」
何度か瞬きをして目の前で跪いているのに偉そうな鬼を見る。整った顔立ちは血だらけだ。血だらけの軍服の中にはきっと殺すための道具が詰まっている。
椅子から立ち上がる。まさかこの異形の目を見て引かないどころか忠誠を誓える者がいるなんて少しも思わなかった。
私よりうんと背の高い鬼の頭は跪いているからたった私より低い。
「貴方がそう望むなら」