少しの語らい
ガルドが軽やかに駆けると、砂埃が舞い、小石が蹴り出される。どかどかと揺れるのをディランに身を任せ受け入れる。
線のように流れる光景を私はただ目を輝かせ見ていた。木々がざわめく音を聞いて、井戸の傍を通れば水の匂いとひんやりとした空気を感じる。
─────けれど、何処にも人は見当たらない。
「ディラン、ディランの土地なの?ここは」
「あー、与えられた土地はあの屋敷の所だけだ、領主ではねぇからな俺は」
「じゃあここは」
「…グレンダルの領地だ、グレンダルの屋敷からここまでそんなに離れてねぇだろ? 俺の屋敷自体は誰の領地でもねぇが、位置として言うんであればグレンダルの領地内だな」
つまりはグレンダルの領地の中にディランの屋敷と土地があるだけでグレンダル家がディランに干渉する事は出来なかった…ってことかしら。
「揉めなかった? ほら、グレンダル家の者は…」
「まぁ、最初は揉めたがな、結局俺をこの地に置くと決めたのは陛下だぜ? 大口開けて批判なんてしようもんなら探られてもいない腹になにか抱えてますって自供になっちまう」
なるほど。確かにあの陛下に敵対されたらグレンダル家は簡単に潰されるとは思う。陛下は私に対して姪だとは言っていたし、伯父と呼ぶ事を許してくださったけど他の者は例外なく陛下の命で殺されている。
陛下にとって血の繋がりがあろうと自分の義理の弟の家だろうとどうでもよかったのだと思う。基準は陛下にとって得となるかならないか…なのだろうか?
でもだとしたら、私を受け入れる事で得るものは何がある?
「…むしろ嫌われてもおかしくないわ」
「なんだよ?」
「ほら、私は母様とあの人の子でしょう? その間に家族の絆がなくても血の繋がりはあったの、伯父様が行動に起こすほど目に余ったのなら、私はなぜ生かされたのかしら」
ディランにも、私の存在を伝えてはいた様だし。私が死んだと話してたとしても、その情報があったからディランは私がミルーシェと理解した。
「それに私はディランを伯父様から奪ったわ」
「気色悪い言い方すんじゃねぇ…寒気がすんだろが」
「…ディラン、伯父様にとても気に入られてる自覚ないの?」
「必要ねぇな!」
そんな言葉聞こえねぇ!と大きく笑うディランの振動につられ私の体も揺れる。なんだか私も一緒に笑っているようなそんな気分になってくる。
「俺はあいつが嫌いだぜ」
「あいつ呼びなの?」
「普段はしねぇ、特に人前ではな… 確かに俺はあいつに近衛兵団長を任されはしたが、形だけだ」
元々騎士になるつもりもなかったと吐き出すディラン。なら何故騎士になったのだろう。
「………俺はな別に褒められた人間じゃねぇ、英雄でも最強の騎士でもなんでもねぇ」
「最強の騎士…絵本に出てきそうね」
「茶化すな、アホ」
ガルドが走る。私達が話している中、ただ真っ直ぐに道を。
「俺は、俺でありたかっただけだ、いつだってな」
「…私を主にしたのも?」
不意にディランの体に力が入る。私はこの力の入り方を知っている。何度も別の人で見てきた。
あの人と、同じ。
あの人が私を見る時、虐げる時。決まって体に力が入っていた。
「そのうち、話してやる」
「……そう、その時を楽しみにしてるわ」
怒り、憎しみ、恨み。
ねぇ、ディラン。
どうしてかしら。あの人と同じ感情なはずの貴方のそれが何故だか心地良いの。
「ねぇ、ディラン…空が青いわね」
「あぁ、今日は雨が降らなそうだ」
枯れた川を横目に聞くそれが少し寂しかった。