初めてのお出かけ
花びらのようにふわりと広がる踝までの青いロングスカート。肌を晒さないで済む長袖の白い大きなシャツ。締め付けが弱い白い靴。
それらを精霊たちに着せてもらいふわふわとその場で浮かぶ。身体をひねれば柔らかなスカートが波を打つのが綺麗で宙で精霊達にちょっかいを出して遊ぶ。
口々に褒めてくれる精霊達の声に勝手に頬が緩んでしまう。可愛い、綺麗、素敵。色んな言葉が浮かんで、結局吐き出せず消えていく。
それを繰り返していれば静かに扉が開かれ、ラフな服装は変わらずに腰にひと振りの剣を差したディランが入ってきた。
「支度は出来たか」
「精霊たちのおかげでなんとか様にはなったかと思うのだけど、どう?ディラン」
くるりとその場でターンをしてみせるミルーシェにディランは片眉を少し跳ねさせてから直ぐに息を吐いた。
「…どんな答えを要求してんだよ、青くせぇ」
「……良いでしょ別に」
浮かれてた気分が少し萎んだのを自覚しながらスカートの裾をヒラヒラと波打たせる。屋敷を出たら精霊たちの力は借りれないから、自由に動くことも出来ない。
「あー、似合ってるよ…これでいいだろ、ほら行くぞ」
手を広げてくるディランに勝手に頬が緩む。似合っているとは精霊たちに何度も言って貰えたけれど、この服を用意してくれた本人に言われるとどうにも心が踊った。
「えぇ、お願いね」
吸い込まれるように、広げられた腕に手をやり胸の中に飛び込む。そのまま片腕に腰掛けるように抱かれると精霊たちの力が切れたのかふわふわと踊っていたスカートの裾が静かになる。
「…で、初めて行く場所は本当にあそこでいいのか?」
「ふふ、なんだか嫌そうね、ディラン」
「そりゃそうだろ? てか、分かってて選んだんじゃねぇだろうな?」
何が悲しくて辞めた職場に行かなきゃなんねぇんだ、と呟くディランが可笑しくてクスクスと笑う。だってその間もディランの足はちゃんと玄関に向かっているし、約束をたがうことはないだろう。
「ディランの元職場だからよ」
「はぁ?」
「だって、ディランが今まで過ごしてた場所でしょう? 見てみたいの」
見てみたいという一言に弱いのか悪態をつきながら歩くディランの頭をこっそり撫でてみる。こっそりと言っても当然本人にはバレているのだけれど。
「楽しみね」
「はいはい、主様の仰せのままに」
「……」
「痛てぇ! 今髪引っ張ったろ!?」
「ガルド、今日はよろしくね」
「聞かねぇふりか!?そうなんだな!?誰の影響だよ!」
ディランの腕の中から首をもたげてくれるガルドの頭を優しく撫でる。ディランが楽しそうで良いけれど、まだ出発しないのかしら。
ぶつくさ言いながらもガルドに付けられた鞍に飛び乗り、私を前に座らせ腕で固定しながら走り出す。
こうしてガルドに乗るのは二度目だ。一度目は全てが変わったあの夜に。
そして今日。高く昇る陽の下に私はいる。流れる景色を見ながら勝手に鼓動が早くなる。
しなきゃ行けないことは沢山ある。
やってもやり足りないことも沢山ある。
それでも今のこの感情はきっと、この先の私には得れないモノになるとどこか確信していて。
目をふせれば直ぐに浮かぶ。民を虐げ、食い物にした、血を分けた縁者。それに付き従った従者たち。
その死に様と、終わり。
───────灯りの無い、家。
「…やっと」
やっと罪を償う事が出来る。
精霊たちの力を借りて、ディランの力を借りて、何も無い私はやっと立てる。
早く。早く走ってガルド。
ディランの過ごしていた場所へ。そして教えて欲しい。ディランの事を。この世界の事を。私の罪を。
私は何も知らないのだから。