複雑な気持ち
「ディランは、本当に…器用ね」
「…お、おう」
「ご飯も美味しいし、気遣いも良くしてくれて、こんな…事まで」
私は何も出来ない。精霊石があると言うだけで精霊達が言葉を聞いて贔屓してくれる。それが無ければ既に死んでいた存在だと思う。
そんな私を何故この人は主と仰ぐのか。伯父様の方が何十倍も主としての器があるだろうし、やりがいもあるだろう。
「どうした、嫌だったのか?」
「嫌じゃない、嫌じゃないの…ただね、貴方は簡単にしてくれるのねって思っただけよ」
殺すことも。私を救うことも。私を守ろうとすることも。伯父様のところから私の所に来るのも。当然のように私に尽くし、私の言葉を受けいれ、こうして醜い私を気遣う。
この人はそれがどれだけ凄いのか分からないのだろう。きっと自然に行っている。困惑した瞳がそれを物語っている。
脳裏にこびりつく母様とあの人の姿がディランといるだけで薄れていく。まるで魔法のように。簡単に。
「ディラン、今日はどこに連れていってくれるの?」
涙をぬぐって無理矢理顔をあげる。私が何故泣いたか理解出来ない顔に救われる。
分からないでいいの。全てを理解しようとしなくてもいいの。
自然体の貴方に私は救われているのだから。
「…はぁ、あー、服とか買わねぇとだろ? ドレスもねぇし、風呂の件で痛感したが、身の回りの世話するメイドも一人欲しい。いつまでも俺だけだと良くねぇ噂も流れるだろうしな」
くしゃくしゃと前髪を崩しながらディランが忌々しそうに吐き捨てる。そして不意に視線を上げて私を見る。
「この屋敷から外は俺から離れる事は許さねぇ、その精霊達も近寄らせるな」
「…離れようとは思っていないけど、精霊達は見えないようにもできるわよ」
「出来たとしても、だ…いいな?」
小さく頷けば上出来と頭を撫でられる。さっき上げられた前髪がおりて髪がぐちゃぐちゃになるんだけれど、ディランが嬉しそうだし、まぁいいでしょう。
にしても、メイドとは言うけれど。私の知っているメイドというのはあの屋敷で働けるだけあって中身が宜しくない人だった。…そういう人以外もいるんだと知っているけれど、ちゃんと優しい人が来てくれるだろうか。
仲良く、できるだろうか。
ディランは当たり前のように自然に接してくれるけど、ディランの方が変だと思う。きっと私を見て顔を顰める人も多いだろう。
…だけど、それを受け入れてくれる人がいるのだろうか。
ざわつく心をどうにか押し込めて、ゆっくりと視線をディランに向ける。私なんかのために騎士をやめて見せた私が殺すべきだった人を殺してあの屋敷から出してくれた。
見るもの、触れるもの、嗅ぐもの、聞くもの。全て初めてのそれらに見慣れているはずのディランは足を止めて説明をしてくれる。
私が私になれるように知識をくれようとしている。
「…ふふ」
そのことを思い返せば勝手に不安が消えていく。だって他の人がそっぽ向いてもディランは私を見てくれる気がするもの。
急に今度は笑い出す私をあからさまに顔を顰めて変なものを見たような顔をする。そんなディランがいるだけできっと大丈夫だと思えた。