おくりもの
「作り手と精霊に感謝を」
柔らかなパンと温かなスープ。数日前には有り得なかったものを身綺麗にして食べる。自然と緩む頬を精霊たちがつつくのを好きにさせていればディランが呆れたように溜息を吐いている。
「どうかした?」
「…外でそれ、やんなよ?」
「それ?」
それとはどれだろう。まさか笑いながら食事をするのは失礼にあたるという風習があったりするのだろうか。
緩んだ頬をキュッと締めて見せれば「ちげぇ」と即座に否定された。理解出来ないながらも、パンを運ぶ手は止まらずひたすら咀嚼する。…次第に顎が疲れてきたので、切りよくそれを済まし、今度はスープを味わった。
「……マーリンの時はやってなかった辺り、無意識にやってんのか?」
「ディランさっきから煩いのだけれど…? 一体何に文句を言っているの」
「包帯はさっき濡れてたもんな」
なんとも言えない顔で返されて、ああ、とむき出しになっている精霊石を瞼越しに撫でる。確かにディランが気にしていないこともあって、そのままにしていたが、他の人には見せる訳にはいかない。
「…ちょっと待っとけ」
「?」
ぽつんと部屋に残され、ディランが出ていくのを見送る。それを面白がった精霊達が何人かついて行くのが見える。
仕方なくスープを飲むのを再開すれば、傍に光が少し大きめな精霊が皿の縁に止まった。
「どうかしたの?」
『君が楽しそうだから僕達も少し楽しくなってきていてね』
楽しそう?
「ご飯を食べてただけなのに?」
『君に自覚がないのは仕方ないことかもしれないけれど、今の君は凄く楽しそうだよ』
思わず頬に手をやる。楽しいらしい私。だから精霊達もいつもよりじゃれついてくるのかもしれない。
むにむにと少し水気が戻った頬肉を揉んでいると、ディランが何やら小さな箱を持って戻ってくる。その箱の上には楽しげに跳ねる精霊達もいて、なんだか、胸が熱くなる。
「ほら、やるよ。」
「…?」
渡された小さな箱は特に包装されている訳では無い。木箱だけど、手触りの良さから高くはなくとも、良い品なんだろう。
ゆっくりと箱を開ける。
中から出てきたのは綺麗な布だった。布だけれど、表と裏で別の作りになっている。多分表の方には蝶や花をイメージしたであろう刺繍と宝石が。裏の方は肌触りの良い柔らかな布地で一箇所変な所に切り込みが入っている。
それが帯のように横に長く、両端には何かの金具が付けられていた。
「…綺麗だけれど、これは何?」
「眼帯」
「眼帯…」
「目元隠すためのもんだよ、貸してみろ」
取り出した眼帯をマジマジと見つめていたらそれを取り上げられ、あっという間に前髪を後ろに撫で付けられた。開けた視界に広がる明かりに、ディラン。
ディランはゆったりと。けれど迷うことなく私の左目の周りを確かめるように撫でたあと先程の眼帯を私の左目に当てた。
「髪が邪魔だな、結ぶぞ」
勝手に髪型を変えられつつもされるがままでいると首の後ろ辺りでカチンと音が鳴った。
そして少し緩めだった眼帯が勝手にしまり、程よい強さで私の目を覆う。
「包帯より蒸れねぇし、汚れねぇ、何より、貴族らしさもあるだろ」
得意げなディランに確かに包帯をまくよりは格好がつくと納得する。それはそうとして。
「これ、どうしたの?」
私のサイズにぴったり合う眼帯なんて、ディランが持っていたとは思えない。ならこれは──。
「作った」
「…」
「今日出かけるって言ってたろうが、俺の主であるミルーシェ様を包帯巻いたまま歩かせるわけねぇだろ」
私は歩けないから歩くのはディランなのだけれど。と思わず屁理屈をこねそうになる口を閉じる。
何か、何か言わなきゃ。でも、だって。
「どうした?」
「っ」
手元に精霊達が集まり、優しく手を撫でてくれたり、指先を包んでくれる。
堪えきれなかった感情がぽろりと目から零れるのを、ディランが唖然と見ていた。