騎士たちは知っている
─────団長が騎士を辞めた。
男であれば憧れるだろうその地位を。すんなりと投げ捨てるように辞めた。陛下に唯一剣を持ち近付くことを許された騎士、国一番の…いや大陸一番と言ってもいいほどに団長は強かった。
「…来ない、な」
あの日。グレンダル家の者全てを殺しに行った日、団長は予定外の行動をしていた。
悲鳴すら上がらず、明かりが消えていく屋敷を俺たちは見ているしか出来なかった。あの人の邪魔をすることだけは許されないことだった。
団長はなんでも一人でできる人だった。食事も、身の回りの事も、剣も、書類関係だって。一人で大抵の事はしてしまう。それをわざと崩して、俺たちに仕事を与えてくれる。
それが俺たちを育てる行為だったと自覚はしていた。だから、他の騎士達よりも近衛騎士団は、多くの経験を積んでいると思う。…でも、グレンダル家の件は誰も経験したことの無い事だった。
ただ殺せと指示が下った。理解はできた。納得もした。グレンダルのはそれほどまでに悪名高い。
だけど、まさかまだ幼い娘も使用人たちも全て殺すことになるなんて思わなかった。
「…まるで眠っているようだったな」
どうやって殺したのか、賊に襲われたように見せるための証拠を用意しながら、恐る恐るちらりと死体へ視線を向ければ…、寝ているようにしか見えない、なのに部屋は血だらけだ。胸も動いていない、体は既に固まってきていて、死んでいると分かるのに。
それでも眠っているようだと。安らかな顔をした死体たちにそんな印象を抱く。
「…気づきもしなかったのかね」
部屋に入ってきた団長にも。斬られたことにも。命を刈り取られたことも。同じことを思い浮かべていたのか、同期がぽつりとこぼすのに心中で同感する。
何も知らぬまま、自分の罪を償うことも無く死んだ。それが正しい行為だったとは言えないだろうが、もうグレンダルはダメだったのだろう。
でなければあの陛下がそんな指示を下すはずがない。
────そんな感情を抱いたものだとあの日のことを思い出し、誰も座らない団長の席をあらためて見る。
それにつられたのか他の奴らも自然と視線を向けている。
────昨日も、今日も、団長は来なかった。陛下にももう団長は団長じゃなくなったと聞かされた。でもそれでも。
あの人以上の騎士を俺達は知らない。
幾度と越えた死地で。あの人がいるだけで全てが変わる。表情が薄く、ただ静かに殺すそんな団長を思い出すのは容易い。
だけど、あのグレンダルの屋敷から一人の少女を抱えて出てきた団長が頭から離れない。まるで大切なものを手に入れた子供のように笑うのが。
「俺達これからどうなるんだろうな」
ふと同期の誰かがこぼした疑問はきっとこの部屋にいるもの全ての言葉だった。
あの人以上の騎士を知らない。あの人以外が来てもきっと俺たちはあの人のことを団長と呼んでしまう。
それほどまでに圧倒的な存在だった。
「あの包帯の子、グレンダルの娘だよな…?なんであの子だけ殺されなかったんだろう」
その疑問もまた皆が抱いたものだったんだろう。珍しい貴族の証である色。なのに服装は質素で体はボロボロで、足なんて、枝のように細かった。
抱き上げられた彼女はそれを受け入れ団長に体を預け、まるで昔からそうしてきたかのように力を抜いていた。
貴族では珍しい体つきではあるが、それでも今までああいう風になった人を見た事が無いわけじゃない。
団長なら尚更、もっと酷いのだって見た事あったかもしれない。なのに何故彼女は──葬式のように静かに考え込むもの達で溢れ返った近衛職務室の扉が大きな音を立てて開け放たれる。
「だ、団長の居場所がわかった!」
椅子が、机が倒れる音がその声を上書きする。
────騎士たちは知っている。
あの人こそ自分の理想だと。自然に追うのだ。自然に背中を探すのだ。だから、席を立ち部屋を飛び出すのもまた自然な事だったんだろう。