ふろと恥じらい
「───」
思わず立ち去ろうとしたディランの手を握った。大きく温かな手は不思議と心地よい。
じっとその手を見つめてからディランを見上げると少し目を見開き固まっていた。
「どこいくの?」
「どこって…さっき言ったろうが、精霊達に頼みながら体を拭けってよ」
「…精霊達はディランが居るのになんでと聞いてるわ」
「…本気で言ってんのかそりゃ?」
確かに耳元で疑問を告げてくる小さな精霊達の声を聞きながら首を傾げる。…なぜ、ダメなのだろう。
髪を洗うついでに外された包帯が解けてお湯の中で踊っている。
「恥じらいはねぇのか?」
「恥じらい…? なぜ恥じらうの?」
「…は、」
「だって私はディランの主でしょう?」
さらに目を見開きディランが私を見下ろす。ディランが言ったのだ。私を主にすると。
「ディラン…どうしてダメなの?」
「…あぁクソったれめ!」
「クソッタレ?」
ディランは自分の頭を乱雑に掻き乱すとギロりと私を見下ろした。
「駄々こねんなっ」
「だだ…?」
「いいか? あんたは女で俺は男なんだよ」
「そうね?」
「あんたの為を思って言ってんだよ! 畜生! 」
手を振り払われディランは今度こそ部屋を出ていってしまう。なにか怒っていた様だけど何故だか分からない。
精霊達が仕方ないとばかりにディランに言われた通りに動く。…ディランの言葉がわかるのかしら?
するすると服をぬがしてもらい、もう濡れてしまった包帯で体をゆっくりとお湯の中で摩る。
「ねぇ、あなた達はしらない?」
思わずぽつんと呟く。
何がと聞いてくる精霊達。
「恥じらいって、なんなの?」
『女は男の前で無闇矢鱈に裸になるもんじゃないんだよ』
昨日の夜にも現れた少し大きめの精霊が鈴を転がしたような楽しげな声で答えてくれる。
「でも、ディランは私の足を見ても動じなかったわ」
『それとコレとは別…ってやつだろうね?』
「難しいのね」
『人間とはそういうものだ』
「そういうもの…」
ちゃぷんと手で包帯を湯の中に沈める。ゆらゆらと揺れるそれを見ながらぼうっとする。
『君はやっと人間を始めたばかりだからね』
「生まれた時から人間よ…?」
『はは、そういうことじゃないよ。まぁ、精霊達も嫌がる癖にあの男の事は割りと気に入っているから大丈夫だよ』
何が大丈夫なのかは分からないけど恥じらうべきだったって事なんだろう。
『さぁ、そろそろお湯から出て? 風邪をひいたら大変だ』
ぽふぽふとタオルで勝手に水分を取られながらも私はプカプカ中に浮かんでいる。
部屋の角に置かれたワンピースと肌着を着せられながら欠伸をこぼす。
「ありがとう…みんな」
精霊達が張り切って扉を開けてくれる。それに従い、ふろから出るとディランが面倒くさそうな顔で私を抱き留める。
「?」
「飯、行くんだろう」
「ええ、楽しみね?」
ふわふわと精霊達に髪を乾かしてもらいながら笑えば深いため息をこぼされる。それを見送って改めてディランの顔を見るとなんだか疲れているように見えた。
それでも耳元の精霊達は気にするなと言っているからきっと些細なことなんだろう。
そう思い実際にご飯が出てくるまで昨日食べた柔らかなパンに思い馳せていた。