全てが違う朝
夢を見る。誰かが私のことをとても大切そうにしてくれる夢。
柔らかく温かな存在は私を愛しいとでも言うかのように私を包む。
これが夢だとわかる。だっていつだって私には精霊しかいなかった。
精霊達にそんな温もりはない。あるのは悲しいほどに優しい光。
だから夢なのだこれは。
────ピーッピーッ
何かの鳥が鳴く。ゆっくりと目を開けて隣にディランを探すけどいないし見当たらない。
「…あさ、ね」
ぼんやりとした意識のまま窓の外を見る。眩しい光が差し込み、明かりのない室内が光に微睡む。
「…」
ガチャと背にした扉が開くまでどれくらいその光を見つめていたのだろう。呆れたようなため息と共に声もかけられず抱き上げられる。
「なーにやってんだ、ミルーシェ様?」
「おはよう…ディラン」
「寝ぼけてんのか? まぁいい…今日は忙しいからなさっさと行くぞ」
忙しいとはなんだろうかとぼんやりとした頭のままに聞く。耳元で楽しそうに精霊達が笑っている。廊下にも陽が差し込んでいる。昨日と同じはずなのに、昨日と違く見える。
屋根裏部屋にいた時だって陽が差し込んでいた時間はある。それとはやっぱり違うように見える光に首を傾げる。
眩しい陽射しを浴びながら窓の外では木々が葉を踊らせ、その合間に隠れるように鳥が歌う。
「…」
窓の外からディランに目を向ける。なんでもない顔で私を横抱きにして歩く彼は先を見据えている。
「ディラン」
「んだよ?」
「朝って、楽しいのね」
「は?」
心底理解が出来ないと顔を顰めるディランにくすくすと思わず笑いがこぼれる。だって仕方ないじゃないか。昨日と同じはずの今日は同じじゃない。
昨日と同じじゃない日がこれからも続くなんて笑ってしまう。
寝て起きて、息をして。それだけでは無い。
「ディラン、今日もご飯作ってくれたの?」
「…まぁな、昨日晩飯食えなかったろ、今日も疲れるだろうが飯は食え」
「そうね、うん、食べるわよ」
誰かに作ってもらい、誰かと食べるご飯はこんなに美味しいものだと昨日知った。
「…チッ、飯食ったら風呂だからな」
「ふろ?」
「あぁ? 風呂は風呂だろ」
「なぁにそれ」
私がわからず首を傾げるとディランが硬直する。まるで変なものを見るかのような目を向けてきて、ついでため息をこぼすと、踵を返した。
「予定変更だ、先に風呂だな」
「ふろ…」
スタスタと歩き、大きく横長のツルツルした白い箱。その箱につけられた青い石にディランが触れると、白い箱に水が満たされる。それに片手をつけたディランが何かを呟いた。小さすぎて聞こえなかったけど、気がつけば水からぼんやりと白いモヤが立っていた。
「こんなもんだろ」
「これが、ふろ?」
「おう」
「これをどうするの?」
思わずディランを見上げるとニッと笑われる。なんだろう、なんだか嫌な予感がするわ。
「こうする」
落とされた訳では無い。ゆっくりと気遣われるように服をきたままその箱の中の水に入れられる。それがお湯だと気づいたのは足先に触れた瞬間だ。少しビクリと身体を震わせるが、どうやらディランは止めるつもりはなかったらしく。肩まで入れられた。袖を捲っていたディランはその程よい筋肉質な手で小さな入れ物で湯をすくう。
こんどはなに?とそれを目で追った。
「目と口閉じてろ」
「…え?」
間に合うことなくお湯が私の頭の上からかけられる。寒くはないけど、目と鼻が痛い。
思わず目を擦っていると何かを手に取ったディランが手をすり合わせ泡を擦り合わせた手から作り出していた。
「あわ…なにするの?」
「洗うんだよ」
「あらう…」
「別に俺が一人でやってもいいが今度メイドでも雇うか。」
ゴシゴシと伸びきった髪に何度も泡を落とされ掻き回された。
ぐしぐしぐわんぐわんと首が前後に揺れて思わず「痛い」と零せば少し手が止まった後に掻き回す手が緩くなる。
そしてゆっくり頭を撫でられるように手が滑らされ、湯の中に私の髪が広がるのを見つつされるがままになる。
「なぁミルーシェ様」
「なぁに?」
「ほんとあんた馬鹿だな」
「……なんでいきなり馬鹿呼ばわりされたの」
理解が出来ないわと返せば真顔で返された。ううん、何かしら。
ちょっともやってするわ。
「体をふいた事はあるか?」
「うん、何回か」
「それと同じことをこの箱の中でするんだ、服は俺が出たあと精霊達に頼んでぬがしてもらえ。そんで精霊達に頼んでまた浮いて自分でタオルで体を拭くんだ。できるな?」
「…ええ、多分…でも」
なんとも言えない顔でまた頭の上からお湯をかけられる。髪に着いた泡が流れた所でディランが立ち上がった。