くちふうじ
─────死ぬ。
簡単に一言で済ませてしまえる。生きてきたんだから死ぬなんて当たり前に来る。
────私を殺しに鬼が来る。
沢山の武器を綺麗な団服の下に隠した鬼が、私を殺しにやってくる。
それがとても
とても嬉しい。
ちいさな真っ暗な部屋で。
月明かりしかない部屋の中で机すらないそこで硬い木の椅子に座りそれを待つ。
鬼は美しい顔をしていた。
月明かりに照らし出された美しい顔は私を見下ろしてその手に持った小ぶりのナイフで私を殺そうとしている。
私はそれに微笑んだ。
ありがとうと。
ずっとそうすべきだったことを代わりにしてくれた鬼に感謝した。
私がしなくてはならなかったことをさせてしまった事に申し訳なさもあった。けれど片目の見えない私にはそれは不可能で。
小さな手にナイフを握ってもそれはなしえなかったのでしょう。
「…聞いていなかった」
「きっと誰も知らないのよ、私の存在なんて…だから殺しても誰も気にしない…それに」
「三十五人も殺したあとだもの、もう一人殺しても変わらないわよ」
「……」
「ありがとう、綺麗な鬼さん…その深い緑の瞳も素敵、反した赤みを帯びた黒髪もよく似合ってるわ…きっとそんな貴方に殺して貰えたみんなは幸せよ、そして私も幸せだわ」
ゆっくりと微笑んだ。そして両手を広げ鬼の牙を受け入れる。見える右目だけで綺麗な鬼を迎える。
この鬼が、どういった意図で殺し尽くしてくれたかは分からない。誰に頼まれたのかも分からない。出来るだけの感謝と、私からの報酬も払わなければ。
「金庫の番号は聖書にある悪魔が初めて人を誑かした日付です」
「…なぜ?」
「全部、持っていくのは本当は遠慮して欲しいですが、あなたへ支払う私からの報酬だと思ってください。三十六人を殺す報酬にしては安すぎるかもしれませんが、口封じが完璧なんですもの、リスクもない…逃げてしまえば大丈夫です、きっと国王陛下も探すことは致しませんから。」
本当は他の領民のために残して欲しいところですが、次来る領主にそこは任せるしかないでしょう。心苦しさはあります。恥もあります。けれど悪は絶えて民は救われなければいけない。
冷たい牙は心地よくそのまま目を閉じるだけで安らかに眠れる。この部屋に閉じ込められてから、この日をひたすら待ち続けた。
「なぜ死を受け入れる、お前の家族や使用人は無様に命乞いをしたぞ」
「あの人達は有ることに慣れすぎてしまって、恥を捨ててしまった、同族を食い殺す獣以下の存在でした。
本来であれば私があの人達を終わらせてあげなければなかった、そして自分の首も切らねばならなかった」
でもあなたが来てくれたと微笑めば少し冷たい牙が揺れた。
「はやく私の命をどうぞ断ち切ってください、そうしてやっと口封じが完成するのですから」
「…お前は民のことをどう思っていた?」
「可哀想だと。そして申し訳ないと思っておりました、皆頭が良いので、彼等はこの屋敷の者を欺き何とか生きしのいでくれました。領主一家とその使用人全て死ぬ事でそれも解放されます、国王陛下が新しい有能な領主を派遣してくれます。だからこの領はもう大丈夫、あなたのおかげです…本当にありがとう」
目を閉じる。十四年。生まれた時からこの部屋に閉じ込められてきた私はずっと民を見てきた。窓から下をずっと。
「窓で見ていたのは…」
「私です」
「俺が侵入する時物音を立てて注意を引いたのも…」
「私です」
鬼が息を飲む音が聞こえる。目を伏せた真っ黒の中でただ死を待つ私にいくら経ってもそれは与えれない。
ゆっくりと瞼を上げて見ると、鬼が私の足元に跪いていた。
「なぜ?」
「ミルーシェ様、よく生きておられた」
久しぶりに呼ばれた名前に目を瞬く。どうやら私の命はまだ終わらないらしい。