ダンジョンランクⅦ④
「よし、これでどうだ?」
僕は右手を湖につけながらも左手で駒を動かす。
『そうきましたか。ではイブはこの駒を逃がしますね』
僕等が今やっているのは【トルチャ】というこの世界で流行っている盤遊だ。
詳細なルールは割愛するが、将棋とチェスと白黒を混ぜたようなゲームだと思ってくれればよい。
「あっ……」
どうやら形勢を読み間違えたらしい。このままでは十数手先に詰みが待っている。
こうなったら全ての意識を集中して先の展開を読み切る。僕ならばできるはず…………。
「こう…………こうこうこう……こう…………」
「そういえばマスター」
「ん。なんだよ?」
僕が首を振りながら必死に読み筋を探しているのにイブが集中力を切るべく話しかけてくる。
「今回の水で新しいポーションでも作るんですか?」
そういえば何に使うかイブには明かしていなかったな。僕は水を確保する最優先の理由を言う。
「この水はエリクシールの材料に必要なんだよ」
エクレアさんの病気を治す為には万能薬エリクシールが必要になる。
そして、エリクシールの材料は様々な高ランクレアアイテムが必要となる。
そのレシピは公開されていて、その中でも入手難易度が低めのアイテムに【ランクⅦダンジョンの水】があったのだ。
本来ならアレスさんたちに収集は任せてあるのだが、目の前にあるならついでに確保しておく。
「っと。そろそろ移動するから盤を運んでくれ」
気が付けば水が引いていた。それというのも僕はただ右手を水につけていたわけではないからだ。
触れている物をザ・ワールドに送ることでランクⅦの水を収納していたのだ。
収納するにしても結構な量は既に確保してあるのだが、限界まで補充するのには時間が掛る。
なので、僕とイブは【トルチェ】で遊びながら作業をしていたのだ。
『はーい。でもここからあがいても無駄だと思いますけどねぇ』
イブは勝利を確信しているのか、呆れた声を出すと盤を動かす。
「な、なにおぅ。勝負ってのは終わってみるまでわからないんだからなっ!」
そんなイブの言葉に僕は悔しさをにじませると意地でも勝ってやるとばかりに盤とにらめっこをするのだった。
「あ、ありません」
『はい。お疲れさまでした』
結局、激闘の末に僕は敗れた。前世では友人がいないのでネット対戦で将棋やらをやってきたので地頭は良いはずだった。
トルチェにしてもそこそこ自信があったのだがイブはミスをしないのだ。おかげでこちらが焦りからミスをして負けてしまった。
「それにしてもまだ全然だな」
湖の水を吸い上げはじめてから数時間。そろそろ飽きてきたのだが、水はまだ全然残っている。
『仕方ないですよ。右手からしか繋げられないんです。これでも結構凄い勢いで溜めている方ですよ』
イブの言い分の通りなのだろう。
ランクⅦの水は既に錬金術に使うだけなら1年分相当は溜まっている。だが、こういうのは「これだけあればもういいか」と考えたらお終いなのだ。
いざ必要な場面で「あの時あと少し粘っていれば」となることもありえる。
なので、僕は多少時間が掛ってもここの水を全て回収するつもりでいるのだが…………。
「そうかっ! 別に右手で触れる必要ないじゃないかっ!」
『どういうことですか? マスター』
僕は思いついたことをためすのだった。
「イブ。ザ・ワールドのルームへの通路を閉じてフェイクルームをだして」
ザ・ワールドの入口を開くとイブに指示を出す。
『え、ええ。わ……わかりましたけど』
戸惑いながらもイブは言うとおりにしてくれる。僕はザ・ワールド内が変わって行くのを入口から見ていた。
そしてしばらくすると、他人に見せる為のフェイクルームが完成する。
その広さは屋敷が2つほど入る広さだ。
『できましたよマスター』
「次に、床に向かって通路を作って貯水槽につなげてくれ」
そう言うと床に大きな穴が開く。覗き込むと奥へとどんどん広がっていた。
『出来ましたよマスター。でも通路作ってもマスターの人力でやるよりは直に吸い出した方が早いです。吸い出す道具を使うにしてもそれ程速度はあがらないかと』
魔道具と併用するつもりだとでも思ったのか、イブが僕の提案をやんわりと否定してきた。
「ふふふ、その発想は間違っているよイブくん」
先程【トルチェ】で負けたうっぷん晴らしのため僕がもったいぶった態度をとると……。
『じゃあどうするんですか?』
イブは疑問を浮かべて僕に聞き返した。僕は内心で「上手くいきますように」と念じると。
「こうすればいいんだよ」
ザ・ワールドの入口を湖の中へと沈めて見せた。
するとザ・ワールドの入口があるあたりから水の流れがかわり渦が発生する。
現在、湖の水は入り口を通してザ・ワールドへと移動しているのだ。
『なるほどっ! これなら勝手に水が流れて行きます。マスター天才』
イブの賞賛に僕は手を振ってこたえる。
ちなみにあまり自慢しないのは「だったら最初からやっておけば」と突っ込まれるのを恐れてのことだ。
こういうのは不便を感じてから考え始めるので、中々最初から思いつくのは難しいのだ。
前世でも必死に5時間かけてやった仕事が後から2時間で出来るやり方を発見して微妙な気分にさせられたことがある。
今回の結果はその時のノウハウが生かせたと考えよう。
『凄いです。これなら1時間もしないで回収できますよ』
みるみる間に水が減っていく。イブに聞くとザ・ワールド内の容量はまだ少し余裕があるらしい。地道に魔核で広げてきた成果がここで実を結んだ結果だった。
やがて全ての水をザ・ワールドに移し終えると。
「やっと湖底に到着っと。にしても泥だらけだな…………」
フロアが大理石のような石で並べられていたので湖底も石が敷かれているのかと思ったのだが、掘られたかのようにいびつな形で自然に削られたようには見えない。
『これは終わった後は温泉でゆっくりしたいですね。さっさと出ちゃいましょうよ』
そう言ってきたイブに答えようと僕が顔を上げると…………。
「ちょっとまったイブ。まだやることがある」
『ま、またなんですか? 水はもうありませんし。今度は土を持って帰るなんていうつもりですか?』
ちょっと前にしたのと全く同じやり取りをすると僕はイブに向かってその理由を説明する。
「中央の島の横になにやら入口らしきものが見えるんだよ」




