隠蔽
「本当に死んでいるのか?」
あれから、人目を避けるように兵士と移動したアルガスは皇帝が幽閉されている塔へと登った。
ここにはアルガスの息がかかった人間しかおらず、無関係な者には一切の通行を許可していなかった。
「ええ、間違いなく……」
目の前には顔に白い布をかけられた皇帝が横たわっている。
肌は白く腕を見ると骨の形がわかるほど痩せこけていた。
アルガスは布を取り払うと皇帝を忌々しそうに見つめる。
「先日入った時に回復ポーションを飲ませておいたのだぞ?」
自分の身代わりに責任者になってもらわなければならないので、マスターキーを皇帝の懐に潜ませる際に延命のためのポーションを飲ませておいたのだ。
毒によって治療不可能な状態には違いないが、死ぬなど考えられなかった。
「我々しか知らないのは間違いないな?」
アルガスは入り口の見張りから皇帝の容態を見ていた医者に確認をとる。
「ええ。例の王女はここを感づいておりませんし、他に怪しい人間が塔に近づいた話も聞いてません。このことを知っているのはこの場の者たちだけかと」
「ではこのことを口外することを禁じる」
アルガスの言葉に全員が息をのむ。皇帝の崩御は国の一大事だ。それを知らせずにいるというのはこれまでの背信行為よりも数段重くなる。
それこそ発覚すれば自分だけではなく一族が処刑されるほどに。
その場の全員が顔を見合わせどうすべきか考えていた。
「よいか、このまま金庫破りの犯人が見つからない場合帝国は責任を取らなければならない。アルカナダンジョンの財宝ともなれば相当の賠償金を積む必要があるのだ。そうなれば各国は潤い、我が帝国は国力を大きく落とす。そこをつけ狙う国もあるだろう。つまりここで黙秘するのは帝国を――ひいては家族を守ることと知れ」
元々祖国に弓を引いた人間たちしかいない。アルガスの弁に乗るしかなかった。
「それでは引き続き、皇帝の世話を続けるように。約束の期日まであと数日。それまでに見つからぬ場合は責任として処刑すると言っても構わぬだろう」
皇帝の首一つをかけるとならば責任としては十分だろう。それどころかおつりがくる。上手くいけば賠償金の減額も見込めるだろう。
アルガスは算段を立てると――。
「せいぜいあなたには泥を被ってもらいますぞ」
皇帝の死体を忌々しそうに見るのだった。
あれから数日が経ち、金庫破りの犯人の手掛かりは一向に出てこなかった。
通常の捜査であれば初日に有力な手掛かりがなければ絶望的。日が経てば経つほど目撃情報も出辛くなっていく。
明日はいよいよ各国の代表に対し弁明を行わなければならない。
そんな状況でアルガスは――。
「ふぅ。なんとか隠し通すことができているようだな」
皇帝が崩御した情報が漏れていないことに安堵していた。
最初、自分の部下にスパイが送り込まれていたのかと考えたが、皇帝の崩御がリークされていない以上は考え辛い。
ここ数日、帝国の人間から各国の代表、エリクやソフィアと言った人物までがアルガスに面会を申し込んできた。
イブは「金庫破りの犯人見つかりましたかぁ?」とアルガスの神経を逆なでたし、エリクはミーニャの虜になっている緩んだ顔をしながら話をしていた。
それぞれ何らかの意図があったのは間違いないが、分かり易い行動で深く探りを入れてはこなかった。
「あの小僧がミーニャに夢中というのは良いな。賠償の軽減を理由に引き渡してもよいかもしれん」
なにせ皇帝は既に死んでいる。ミーニャを縛る鎖も皇帝に責任を押し付けて処刑となればなくなってしまうのだ。
それならばご機嫌取りとして最後に使った方が良いだろう。
アルガスはそう考えると明日の報告の書類を纏めるのだった。