いよいよ神器製作
「……さて、いよいよ神器【神眼】の製作に移ろうと思う」
「はい! マスター」
疲れた声の僕に対し、イブは元気いっぱいに答えた。
「今回の神器製作に必要なのは【増幅】と【固定】の魔法具だ」
僕は事前準備として出来上がってきたコアにこの2つの能力を固定した。
「ここまで作るのに週末全部ゴッド・ワールドで過ごしましたもんね」
そうなのだ。思い付きで始めたこの神器製作だが、1つの魔法具を作るのにあたって随分と手間がかかったのだ。
僕はまず増幅の魔法具——【ブースト】を作り始めた。【付与】を増幅して【固定】に変化させ、その【固定】で【増幅】をコアに固定化する。
基本的に威力が高い恩恵の方が能力の固定化に時間がかかるらしく、【ブースト】を作るためには12回も【増幅】をする必要があった。
1日でできる【増幅】の回数に制限があったので、何日かにわけて作業することでどうにか完成させた。
そこから今度は固定の魔法具——【ロック】を作るのだが、先に作っておいた【ブースト】が役立った。
恩恵としての【増幅】は1日で3回しか使えないのに対し、高ランクのコアで作った【ブースト】は1日に5回使える。しかも継続時間は4時間なので一日で実質20時間を作業にあてることができたのだ。
「多分だけど、同じ能力でも高ランクのコアを使った方が威力が上がるってことだよね?」
思い当たる節はある。魔法を使う場合でもランクⅣのコアとランクⅡのコアを使った場合、威力に大きな差があった。
コアの力というのはその内部にため込んだSPの力だ。SPが詰まっている方が威力が増すのは当然のことだろう。
「そう考えると【固定】にかかった時間は納得できるな」
元々の【付与】の恩恵は特殊コアから得ている。
特殊コアはランクでくくることができないのだが、かかった時間から明らかに上位のコアだと推測がたった。
「まさか、20回も増幅させなければいけなかったなんて予想外でしたよね」
イブがしみじみと呟いた。
ブースト20回と言えば合計で80時間。
その期間僕は4時間しか眠ることなく丸4日費やした。
丁度、記念日などの祝日が重なりアカデミーは休みだったのだが、皆が浮かれて遊びに行っている間、僕はゴッド・ワールドに籠って魔法具製作をしていたのだ。
「お蔭でこうして次のステップに移れるわけですからね。安心してくださいマスター。どれだけ困難で時間が掛かろうとも、居眠りをしたらイブが即座に起こして差し上げますから」
そう言ったイブは世界一可愛らしい容姿で微笑んでくれるのだが、その内容が僕を地獄に突き落とすものなので素直に頷きたくない。
事実、イブは僕の世話をする気満々で、美味しそうな食事やらなんやらを背後に用意している。ここまで用意されてしまっては「嫌だ」と答えるのは不可能だろう。
実際、まとまった時間が取れるときにやっておかないといつまでも完成させられないからな。イブも僕のスケジュールを把握したうえで言っているのだ。
周到に逃げ道を塞がれてしまった僕は溜息を吐くと、神器の製作を開始するのだった。
「マスター完成しましたよっ!」
「…………ふぇ?」
いつまでも耳に残るような心地の良い声に意識が引き戻される。ぼやけた視界にうつるのはこの世のものとは思えぬ女神の存在。
この世界の美を全て集めたと言われても信じてしまいそうな美貌が僕に惜しみない笑顔を浮かべていた。
「ここまで、毎日1時間休憩で6日掛かりましたね。途中でマスター自身の増幅も間に入れたのが良かったです」
そう、本来なら4時間は休めるはずだったのだが、自前の恩恵を使えば1日23時間も【神眼】を維持できるとイブが言い出したのだ。
結果として僕は【神眼】の魔法具を作るために重労働を強いられた。
「見てくださいこの綺麗なコアを。形も瞳みたいなので神器になった際には【神の瞳】と名付けましょう」
名案とばかりに浮かれているイブ。
「…………ウンソウダネ」
だが、僕は疲労と寝不足のあまりふらふらとしてしまう。
僕は何とか立ち上がると自分が作り上げた成果をもっと間近で確認しようとするのだが……。
「マスター危ないですっ!」
ふと身体の力が抜け、視界がものすごい勢いで流れた。
恐らく態勢を崩したのだろう。このまま地面に倒れるのだと考えていると…………。
ふと、頬に何か柔らかく暖かいものが触れる。
「ふふふ、お疲れさまでしたマスター」
頭上からイブの声がする。どうやらイブの胸に顔を埋めてしまったようだ。
頭を撫でられる感触が心地よくどうにも起き上がりたくなくなる。
「【神の瞳】はイブが台座にセットしておきますので、マスターは先に休んでくださいね」
自分も僕に付き合って一切休んでいないだろうに……。
その言葉がきっかけとなり意識が遠のいていく。
「……うん、頼んだ」
後のことはイブに任せればよい。僕はようやく休むことができると理解すると、イブに身体を預けた状態で瞼を閉じるのだった。
★
「何? Bランクモンスターが目撃されただと?」
ここはモカ王国とキリマン聖国を隔てる山脈の麓にある詰め所だ。
基本的に行商をする人間はブルマン帝国を経由してキリマン聖国へと移動する。
だが、一部の緊急を要する人間などがたまに危険な山脈を渡ってくるのだ。
そんな人間を把握する為、キリマン聖国もモカ王国もそれぞれ山脈の出口にこうした詰め所を置いているのだ。
「はい。中にはレッサードラゴンなどの竜種も混ざっておりまして……」
「馬鹿なっ! そんなことあり得るわけが……」
竜種と言えばこの世界において上位のモンスターだ。
そんな危険な存在が麓までおりてくるなどこれまで無かった。
「至急王国に連絡を。キリマン聖国側の詰め所にも確認を取るんだ」
この状態で山脈を抜けてくるのは危険すぎる。すぐにでも道を封鎖しなければ。
モカ王国の兵士は早速コールリングを起動すると王国へと連絡を取った。
「ふう。これでひとまず王国に連絡はした。あとは結果を待つだけだ」
「いずれにせよこれ以上モンスターを先に進ませるわけにはいかないからな。大規模な討伐隊を編成してもらわなければ」
危険な竜種を領土に向かわせるわけにはいかない。近くにはいくつか村があるのだ。兵士は念のために近隣の村に忠告しておこうと考えるのだが……。
——ドンッ――
何かが詰め所を直撃した。
「なっ! なんだっ!」
「レッサードラゴンの尾でも当たったんでしょうか?」
「いや、これは魔法による攻撃だ」
衝撃の時間が短い。ぶつかったそばから硬度を維持できないのは何かの魔法に違いない。兵士が剣を手に取り、慌てて外へと向かうと……。
「くそっ! どんなモンスターが……えっ?」
「どうしましたかっ? 一体何が……うわっーーーー!」
次の瞬間2人の兵士は物言わぬ存在へと変わり果てた。