バトルロイヤル
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リングの上では4人の人間がそれぞれコーナーに立っている。
魔剣士タックに剣聖マリナ、大賢者ルナに謎の学生ソフィア。
タックやマリナは険しい顔をしてソフィアを睨みつけ、ルナは半眼で何かを考えている。
ソフィアはというと笑顔を浮かべつつも柔軟体操をして身体をほぐしている。
これから戦いをするにあたって特に気負いをするわけでもなく身体を反らせていた。
「これでかなりタック王子達が有利になりましたね」
見学をしていたセレーヌはエリクに話を振った。
「んー、そうでもないと思いますよ。むしろソフィアの掌の上って感じがしますね」
「そうなんですか?」
リングの上にいるのはソフィアを除けばライセンス持ちだ。バトルロイヤルというのは誰と戦っても良いのだから最初に集中攻撃をして倒してしまえばいい。セレーヌはそう考えたのだが……。
「この戦い、アスタナ島探索者の実力を問われている場面ですからね。いきなり三人で襲い掛かって『はい勝ちました』じゃあ誰も納得しないです。むしろ三人で潰しあって最後の一人がソフィアに挑む。そうでなければ汚名返上できないです」
ソフィアにも何か目的があるような事を呟いていた。なのでこの展開は戦う相手を減らした上で有利な状況を作るため。エリクはそう考えたのだ。
「なるほど……。そうするとどういう動きになりますかね?」
「多分だけど、開始と同時にタックとマリナが斬り合いますね。そしてソフィアは恐らくルナを狙うでしょう」
「どうしてそう思うのですか?」
セレーヌは首を傾げた。
「簡単な事です、魔道士相手に何もしないでいると魔法攻撃がきますからね。マリナがルナに攻撃する事は無いですし、タックとは距離がある。そうなるとルナを押さえなければソフィアは魔法攻撃を受ける事になりますから」
そうこうしている間にも審判が立ち、試合開始の合図を送る。
「始めっ!」
まず最初に動いたのはタックとマリナだった、二人はお互いに剣を合せると動きを止める。そして剣を押しあいながら会話を始めた。
「はっ! あいつと再戦をする前のウォーミングアップには丁度いい」
「それはこちらの台詞ですよっ! あなたに負けているようではあの娘に勝てるわけありませんからね」
一度は失った自信を取り戻す。二人は気合を入れなおすと剣を押しあった。
「くっ、やはり簡単にはいきませんか」
元々実力が伯仲しているのだ。そう簡単に圧倒できるわけが無く、マリナもタックもお互いの隙を窺って一撃で倒す算段を立てているのだが…………。
「マリナ、危ないっ!」
「えっ?」
影がよぎったので咄嗟に身を引いた。するとそこを剣が通過した。
「惜しかったです、ルナさんの声掛けまでは予想してませんでしたよ」
そこには剣を肩に担いて頬を膨らませたソフィアがいた。
「隙だらけだぜっ!」
自ら飛び込んできて背を向けているソフィアにタックは斬りかかった。
――ギンッ――
ソフィアが剣を持つ腕を上げるとタックの剣とぶつかる。
背後に目が付いているかのような正確さと、タックの振り下ろしに微動だにしない力があった。
「い、一体なぜこっちに……」
驚愕するマリナ。マリナもタックも自分達からは仕掛ける事ができない状況だったのだ。二人が疲弊するまでの間にルナを倒した方が楽に勝てたはず。
だが、ソフィアは笑って見せると言った。
「三対一で良いって意味だったんですけど、伝わらなかったみたいなので斬り込んだんです」
次の瞬間リング全体にソフィアの気配が広がる。
三人はその気配を受けると…………。
「なっ、こいつマジかよっ!」
「くっ! この圧力……」
「エリク並み?」
三人は瞬時にアイコンタクトを交わすと三方向に分れた。
タックとマリナはお互いの呼吸を合わせると左右から同時に斬りかかる。
「そうです。そうこなくっちゃいけませんよ」
ソフィアはいつの間にか取り出した二本目の剣で二人の攻撃を受け止める。
「くそっ! なんて力だ……」
押し込もうとするが押し切れない。
「それに敏捷度も、私達二人の攻撃を完璧に受けきるなんて」
マリナも手数を駆使して剣を振るうのだが、かすり傷一つ負わせることが出来なかった。
「流石はタックさんとマリナさん、先日よりも攻撃の鋭さが増してますね」
まるで平然と受け止めているソフィアにタックとマリナは悔しさをにじませる。だが……。
「二人とも準備出来たよ」
「ったく、待ちくたびれたっての!」
「これで片付けますよ」
二人は一気に距離を取る。すると……。
「【ヘルフレイム】」
大型の黒炎が杖から派生し、ソフィアへと打ちだされる。
超高熱の黒炎は全てを焼き尽くす地獄の炎。リング上はもちろん、闘技場の温度が上昇した。
「へぇ、これは初めて見ますね」
ソフィアはどこからともなく杖を取り出すと魔力を籠める。そして一瞬の溜めの後で……。
「【アブソリュートゼロ】」
絶対零度の氷雪がぶつかり水蒸気が立ち上る。ルナとソフィアの魔法がお互いに打ち消し合っているのだ。
「嘘っ! この魔力……」
ルナから動揺の声が聞こえた。
「ふふふ、中々良い連携です。こうでないと面白くありませんからね」
攻撃の威力を完全に相殺しきったところでソフィアは杖を下げる。だが…………。
「あめえんだよっ!」
「隙だらけですっ!」
ルナの魔法が終わると同時にタックとマリナが飛び込んでいた。
ルナの渾身の魔法を打ち消した直後の隙を狙ったのだ。
「クリスクロス!」
「魔炎爆殺剣」
マリナの剣に氷が纏い、タックの剣には炎が揺らぐ。
どちらも完璧なタイミングで放たれておりソフィアの逃げ場はないかと思われたのだが…………。
「ぐあっ!」
「きゃあっ!」
次の瞬間、ソフィアの姿がその場から掻き消えた。
結果として二人の攻撃はお互いに当たりダメージを受ける。
「流石。攻撃の威力もそうですけど防御力も高いですね」
いつの間にか少し離れた場所に立ち感心するソフィア。
その手には高威力の魔法が込められており、二人が振り向くとソフィアは魔法を放った。
「ち、ちくしょうっ!」
「む、無念ですっ!」
二人は身動きとることが出来ずにその攻撃を受けて戦闘不能になる。
「【カースドライトニング】」
その間に魔法を唱えていたルナは不意を突くように広範囲に及ぶ紫電を解き放つのだが……。
「惜しかったですね。あの二人を巻き込む覚悟で打てば当たってましたよ」
いつの間にか回り込んできたソフィアに背後を取られると……。
「あうっ!」
手刀を首筋にうけて倒されるのだった。
「さて、これでソフィアの勝ちですよね?」
あっという間の制圧に誰しもが言葉を失っていた。
マリナやタックにルナの攻撃は誰の目から見ても高威力だった。
だというのにソフィアはただ一発もくらう事無く完勝して見せたのだ。
見物席では議員が泡を吹いて倒れている。自分の謀は裏目となり、ライセンス持ち三人がかりで負けるという逆宣伝をしてしまったからだ。
ソフィアは身体についたホコリを払うと。
「これでようやく目的を果たせますね」
そう言って笑うとリングを降りて観客席のエリクとセレーヌの前まで来た。
「目的ってなんなんだ?」
エリクが興味深そうに聞いてみると、彼女は細く白い指を向けると。
「せんぱーい。ソフィアと戦いましょうよ」
ダンスに誘うかのような仕草で戦いを申し込むのだった。