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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

闇の世界の殺し屋

作者: 野々村鴉蚣

 酷く煙たい部屋だった。鼠が宙に溶けたかのようなどんよりとしたモヤの中、男が煙管を咥えた。

 真っ白な髪や顔に伸びる無数のシワから、その男の年齢が若くはないことぐらい安易に想像がつく。


 男は、煙管をそっと灰皿に乗せて鼻から灰色の息を吐いた。


「それで、情報はそんだけかい」


 男の目が細く伸びる。その目線の先には、全身を黒のスーツで整えた小太りの男が座っていた。彼は室内にも関わらず、漆黒のサングラスをかけており、口元には墨汁を染み込ませたようなマスクをしている。


「はい、どれだけ探ろうとも、これだけです」


小太りの男は、くぐもった声でそう答えた。声色から感情を読み取ることは出来ない。そんな男を見て、老人は口角をほんの少しだけ上げて煙管に手を伸ばす。


「私はねぇ、お前さんのことを信頼してるんだよ、情報屋」


 情報屋と呼ばれた男は、分かっておりますとも。とだけ答えた。


「お前さんの能力、『共有鴉眼クロスクロウズアイズ』は本当に信用たるものだ。街中を飛ぶ鴉に意識を憑依させ、機密を見聞きし収集する。下手な占い師より信頼性が高い」


「勿体ないお言葉でございます」


 頭を下げた情報屋に、老人は灰色の息を吹きかける。それから深く溜息をついた。


「今月に入って三人だ」


 老人は嗄れた声で続ける。


「うちの組織の『能力者』だけが殺られてんだ」


「えぇ、存じ上げております」


 情報屋はやはり感情の読み取れない声色だった。彼はそのくぐもった声で続ける。


「事の発端は今年の四月。麻薬密売を取り仕切っていた幹部『佐久川忍』様が亡くなったことに始まりました。佐久川様の能力は『大脳欠損部位支配チープチートドラッグ』。薬物によって自己を失った人間に簡単な命令を与えることが出来る能力です。しかし、事件当日、佐久川様の護衛を命じられていた『第五人格』の誰一人として争った形跡がありませんでした」


 老人は軽く頷き、再び煙管に手を伸ばす。


「それで私は考えたのだよ。身内による反逆であろうとな」


 同調するように頷いた情報屋は、胸ポケットから小さなメモ帳を取り出して首を傾げた。


「しかし、カラスの視界を利用して組織内の容疑者全員を見張っていたにも関わらず、次なる犠牲者が出た」


「あぁ、あいつはそもそも、組織の人間ですら能力者であることを知っちゃあいなかった」


「はい、一般会員の『太田太一』様。能力は『壊死薬指爪先ネクロシスシスタークロー』で、薬指の爪で引っ掻いたところが腐るというもの。本人も使い道がないということで組織にすら公開しておりませんでした」


 老人はイライラした様子で煙管の中に詰まった灰を捨てると、ソファーに深く腰かけた。


「つまり、内部による犯行の線はほぼ消えたわけだ」


「えぇ。それと同時に、例の噂が浮上しました」


 老人の表情は真剣そのものであった。


「あのおとぎ話の『透明人間ゲンガー』か……」


 それは能力者の間でまことしやかに囁かれていた噂だった。『能力者だけを狙い、殺す透明人間がいる』というものだ。

 そいつは、現場に証拠を残さない。完全犯罪をやってのける。そして狙う相手は能力者のみ。一体どこの組織に所属しているのかとか、なぜ能力者だけを狙うのかとか、一切のことが分かっていない。しかし、一点だけ共通しているものがあるのだ。たった一点だけ。


 それは、被害者の誰もが、必ずバラバラになって発見されるということだ。身元を特定することが困難な程に、バラバラなのだ。


「馬鹿らしい話だがね、私は信じざるを得ないよ」


 老人は自分の発言を鼻で笑う。


「私はどうも私の能力を信じきれていないらしいな」


 はははと乾いた笑い声をあげる老人と、それを見てただひたすらに黙る情報屋。

 ほんの一時、静寂が訪れた。


 行き止まり。

 そんな感じの、静寂が。


 ガラスの割れる音が、その沈黙を一瞬で破った。

 肉が机にぶつかる音、戸棚が揺れ、低い呻き声がした。


「何事だッ!」


 老人が慌てて立ち上がる頃には、全てが終わっていた。

 先程まで老人と会話を重ねていた小太りの男は、今や無残にも頭から血を吹き出して倒れていた。まだ先程まで生きていた事を示すように、指先が不規則に痙攣している。


 その死体の首元を、ナイフが華麗に滑って赤く染めた。


「……まず一人」


 高く、弱々しい声が聞こえてた気がした。老人は慌てて刀を鞘から抜き構える。しかし遅かった。乾いた発砲音と同時に、老人の親指が宙を舞う。

 彼は、慌てて左手に刀を持ち帰ると音のした方を睨みつけた。そこには、齢10と少しくらいの少年が立っていた。右手にナイフ、左手に拳銃を握りしめて。


「驚いたな、あんたが『透明人間ゲンガー』かい」


「……そう呼ばれてる」


 老人はいくつかの感情が入り交じったような顔で唇を噛むと、強く目を瞑った。


「貴様は極刑だッ!」


 それから意を決したように目を見開いた男は、刀を振る。次の瞬間、部屋を覆い尽くしていた灰色の煙に金属光沢が生まれ、その場で無数の針となった。それらは刀の切っ先を追うようにして宙を舞い、少年へと降りかかった。


「……知ってる。『必要煙草指針ニードタールニードル』でしょ」


 少年は、それ以上口にはしなかった。ただ、気づいた時には、老人は口から血を零し、その場に崩れ落ちていた。


 「な、何を……」


 苦しそうに息をする老人に、少年ゆっくりと歩み寄る。


「そうか、そういう能力か……ッ」


 納得したように、それでいて不満げに睨みつける老人に、少年は笑みを浮かべた。


「怨むぞ、死んで祟ってやる……私の部下たちを殺した恨みを……ッ」


 彼はそれ以上口にすることはできなかった。その場で力尽き、呼吸を止めた。鼓動も次第に遅くなり、瞳孔は完全に開いていた。


 そんな老人の最後を見届けた少年は、机に置かれたままの煙管を手に取った。まだ灰が残ったそれを叩き、中から小さな玉を取り出す。


「自分の持ち物くらい自分で管理しないと……ね」


 それから少年は、作業に取り掛かった。証拠隠滅である。彼が予め仕掛けておいた毒も、いくつかのトラップも全て回収する。

 少年の3~4倍ほどの巨体二人分を、慣れた手つきで解体していく。


 それら全てが終わると、少年は両手をきれいに拭き取ってどこかに電話を入れた。


「今から帰るね」


 電話の相手が返した言葉に、軽く返事をした少年は、先程まで老人だった物に目を向ける。


「そういや、教えてなかったね。僕の能力」


 少年は割れた窓ガラスに身を乗り出し、予め用意していたワイヤーにフックをかけながら口を開く。


「僕の能力は『愛無アイノウ』だよ」


 彼は慣れた様子でワイヤーを切り、反対側のビルへと飛んだ。

 その口元が、微かに動く。

 それは能力の内容だった。


「僕の能力『愛無アイノウ』は、『相手が能力者かどうかわかる能力』だよ」


 無論、老人にその言葉は届かない。だが、それでいい。


 これは、一人の少年の復讐の物語。

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