九話目
その男の名はガルと言う。生まれてこのかた鍛治にしか興味を持たない変わった男だった。
父親が鍛治士だったからかもしれない。
物心ついた頃には槌を持ち、金床の前に座り、力の限り赤く染まった鉄を叩いていた。
幼い頃から力は人一倍は強かったので鉄で造られた槌も軽々と持ち上げることが出来たのだ。
やがてガルの周りにも鍛治士を志す者がちらほらと出てくるようになった。
皆男だった。昔からこうだ、どうにも女には鍛治の良さが分からないらしい。こういうのを「ロマンが分からない」と言うそうだ。
昔出会った冒険者がそんなことを言っていた。
まあ、そんなことには興味はなかったが。
それから鍛治を勉強する奴らが見られ るようになった。
俺の親父にも何人か弟子入りした奴がいる。今はもういないが。
あいつらは一年もしないうちに鍛治士を諦めていった。
根性のない奴等だったのだろう、時間の無駄だったな。
親父が言うには、俺は才能があったらしい。鉄の温度や槌を叩く力の入れ具合なんかは自然と分かった。
まるで鉄が語りかけてくるように感じていた。これができるものはそうそういないらしい。
親父から才能があると言われたその日から俺は更に鍛治に打ち込んだ。
寝ても覚めても槌を振るった。苦にはならなかった。それよりも自分が今よりもより優れた武具を打つことにしか興味が湧かなかった。
こんな生活を何年もつづけているといつしか親父を超え、ザルツで一番の鍛治士と言われるようになった。
そうするとやがて様々な冒険者が俺を訪ねるようになった。
いろんな奴がいた。才能が感じられる奴もいれば、全く感じない奴もいた。強い奴もいれば弱い奴もいた。ベテランもいれば新人もいた。
冒険者だけでなく兵士も俺のところへ来るようになった。
その中で俺が武具を打ちたいと思った奴のためにだけ槌を振るった。
そうしないとひっきりなしに依頼が来て、最小限の休息さえ取れなくなったからだ。
そんな中で夏の日差しがきついある日、あいつがやって来た。
最初はあいつがこのザルツで一番の冒険者とは分からなかった。中堅どまりのそこそこの腕しかないたいして見るとこもない奴だと思った。
だから最初はあいつの依頼を断った。
だがあいつは強かった。この辺りではなかなか見ない大物を狩ってきたのだ。
その時俺はこいつの剣を打ちたいと思ったのだ。
チリンチリンと来客を告げる鐘の音がする。
そういえばそろそろか、あいつが点検やら修理に来るのは。
「らっしゃい……あんたか、修理か」
「そうだ、今日中に頼む」
言葉少なげに、必要なことだけを互いに言葉にするといった感じのやり取りはひどく素っ気ないようにさえ感じる。
だが、これこそが二人の信頼の証であり、男とガルの間に確かな繋がりがあることを証左するものでもあった。
「……これだ」
やはり言葉は最小限に、しかし必要なことはしっかりと伝える。このような会話のようなものをしながら、男は剣を取り出した。
「他は?」
「……問題なく使用できる」
「凹み歪みは?」
「ない」
「そうか」
そんな言葉を交わしながら、ガルは男の剣を受け取り眺めた。
「何を切った?」
「ファングウルフの強化種だ」
「どう切った?」
「叩きつけるように切った」
「なるほどな」
どうやらいつもの劣化の仕方とは違っていたらしい。
やはりアレは随分な強敵だったということだろう。自分が生き残っていたのは運が良かったということか。
「…………無茶を、したな」
ガルがそう零した。何を思っての言葉だったのか。
長年の友人に対して心配したようにみえる。もしくは無茶をしたことで武器を余計に劣化させたことを責めているようにもみえる。いや、その両方だろうか。
そんな言葉に男は少しバツが悪そうな顔をした。
「……すまん」
ガルは男の謝罪の言葉に首を振る。
「いや、お前の人生だ。お前の好きに生きたらいい」
「……ああ、そうだな」
「だが……」
「……何だ?」
ガルの言葉に男は不思議そうに返す。
「ちゃんと戻ってこい」
「……ああ、そうだな」
そう言うと、二人してふっと笑った。
その姿には確かな友情と信頼が感じられた。
男は店を出る。
また戻って来るために。
男は店を出る。
生きるために。
男は店を出る。
この無愛想な店主にまた会うために。
男は生きてまた戻って来る。