七話目
とある一室、そこに四人の男女が神妙な顔をして向き合っていた。
「事実、なのだな?確実に」
一人掛けのソファーに腰を下ろし、腕を組んでいる美麗な金髪の女性がそう言った。
女性の名はサーシャ・クレイドルと言い、このザルツの兵士を束ねる「ザルツ兵団」で初めての女性団長である。
この「ザルツ兵団」はおよそ3000人、つまりは連隊規模の兵士が在籍し、街の治安維持や冒険者ギルドと連携し魔獣の討伐をしている。
国でも有数の兵士の数と練度をほこる「ザルツ兵団」は他国からも恐れられる軍隊である。
だからだろうか、初の女性団長の誕生の報に国中が湧いたことはザルツの民にとってまだ記憶に新しい。
その女性の事実か確認する言葉に男は静かに頷く。
「俄かには信じられんが…………事実だとすれば大事だと言わざるを得んな。カレン、偵察として中隊を編成し直ちに向かわせろ」
そうサーシャは頷きながら、部屋の隅で話を聞いていた自分の副官であるカレン・オズムーンに指示を飛ばした。
「お待ち下さい、閣下!確かに事実であれば問題ですが、そうとは限りません!ここは分隊か小隊程度で十分かと」
と言いながらカレンはちらりと男の方を睨むように見やり、もう一度サーシャに目線を戻してさらに言葉を重ねた。
「それに、冒険者の報告ですよ?報酬金欲しさに出鱈目を言っているのかもしれません。いいえ、きっとそうです」
そこまで言うともう一度男の方を見ながらその口から蔑む言葉を生み出し続ける。
「そうなんでしょう?卑しい冒険者め!ええ、そうに決まっている!何せお前達冒険者は品位も教養も無い穢らわしい者共の集まりだ!
我々が一体どれほどこのザルツの治安維持のために心を砕いているか、知っているか?ハン!知らないのだろうな!
お前達は己の利益しか考えず、そのためなら他者さえも欺き、貶める。害虫にも等しい存在だ!
団長!この者の言葉など聞くに値しません!」
カレンがそう言うとサーシャは無感情に己の副官に告げた。
「退出しろ、カレン」
「なっ……」
驚愕を浮かべながらもそれ以上の言葉が出てこないカレンに再度告げた。
「聞こえなかったか?退出しろ、と言った。お前の境遇は知っているし、同情もしよう。だが公私の混同はしてはならないと言ったはずだな?
今のお前にはそれをしている。これでは話し合いが進まん。それだけではなく、もしもの場合に対応が遅れる事につながる。それは容認できるものではない」
そう言い放つと、悔しげに唇を噛み締めながらも了承の意を示した。
「…………かしこまり、ました。失礼致します」
カレンがそう言い残して部屋を立ち去るのと同時に、サーシャは男に対し頭を下げた。
「すまなかった、どうかカレンを許してやってくれ」
その兵団団長の姿に慌てて手を振りながら答える。
「いえいえ!何とも思っていませんから顔をあげて下さい」
その言葉に少しホッとしたような表情を見せる。
「そうか……ありがとう、後でカレンにはきつく申し付けておく」
「まあ、そうですね……実際あの対応では冒険者ギルドとの連携に支障をきたしそうですし。
…………その事が分からない訳でもないでしょうに」
そう男に言われると少し困ったように笑った。
「ははは、そうだな。アイツも分かってはいるんだろう。だが、感情がそれを許さなかったのだろうな……まあ、冒険者関連で色々とあったらしい。詳しくは私も聞いていないから分からんが」
知っているからこそ言えない事なのだろう。
男はサーシャはおそらく全てを、少なくとも彼女に起こった事の全てを知っているのだろう、と思ったがそれは今言うことでもないと口を噤んだ。
「んんっ、取り敢えず偵察部隊を編成、派遣することは確定事項だ。その後にギルドと協力体制を取り、問題の解決にあたる。
すまないがお前達はギルドへ報告に行って欲しい」
サーシャは咳を一つすると気を取り直し、男にそう告げた。
それに対し、男には特に意見することもなかったので兵士の男と共に詰所を出た。
その後、兵士と別れた男はギルドへ報告に向かった。
経緯を根掘り葉掘り質問された後解放されたのは、太陽が沈んだ頃になってからだった。
肉体的にも精神的にも酷く疲労した男は宿に戻った。
昨日のことがあったからか、いつもより帰るのが遅くなった男に対し彼女は非常に心配した様子を見せた。
そして食事を取ることもなく、ベッドに倒れ込むようにして眠った。