六話目
強者が弱者を殺す。殺して己の糧にする。
それは自然の摂理、弱肉強食の社会。
生命の螺旋の渦に誰しもが飲み込まれる。
虫も、魚も、花も、獣も、亜人も、人間も、そしてドラゴンでさえも。
世界の理には逆らえない、抗えない。
出来るとすれば、それは神の祝福を受けず、神の光に当たらず、闇でしか存在することを許されない者達。
アンデットくらいのものであろう。
そもそも、逆らおうとなど思わないのだ。
己が平穏、己が安寧、己が幸福を求め、祝福を望み、享受することを望むのならば、その総てを捧げ神に祈り、螺旋の渦に身を任せる。
それこそがこの世界の理、この世界が望み。
ならばそれに従おう。
この世界が望むのなら、この世界の生命達は喜んでその矮小な命を献上することだろう。
それはこの世界が生命の無意識下に刻み付けた刻印、楔、呪い。
それから解き放つ方法など存在しない。
呪文、否。
鍵、否。
神の慈悲、否、否、否。
どのような手段を用いようとも知覚することさえ叶わない。
そのようなこと予定には無いのだから。
そのはずだった。
「終わった、な」
終わってみれば一瞬に等しい闘い。しかし、その密度はそれに反比例するかのように高いものだった。
簡単に終わると思っていたファングウルフの依頼。
だが、蓋を開けてみれば討伐対象は通常のファングウルフではなく、その強化種。
下手をすれば依頼を受けた冒険者が命を落としかねないのだ。
冒険者ギルドの失態である。怠慢と呼ばれても反論出来ないほどに。
情報は冒険者の活動においてどんな物にも代え難い重要な要素である。
だからこそ冒険者達はギルドで情報を収集して、装備を整え、万全を期した状態で魔獣の討伐を行うのだ。
だが、信ずるべきのギルドが偽物の情報を提供してしまった。
これは信用に関わることなのだ。
「帰ったらギルドに報告だな」
そう呟きながら、素材の採取を続けた。
男はザルツに帰還した。道中で何度か魔獣に襲われることもあったが、さして強力な魔獣でもなかったので、苦戦もせず切り抜けることが出来た。
だが、男には気になることがあった。それは、魔獣の数である。
どうにもいつもより遭遇する魔獣の数が多い気がしたのだ。
いつもなら一体か二体ほどの遭遇だけで済んだのだが、今回は五体も遭遇したのだ。
それもこの辺りではあまり見ない強力な魔獣が。
何かがおかしい、そう男に感じさせた。
街についた男は行きに通った門からザルツの中に入ろうとする。すると昨日今日と顔を合わせ少しばかり言葉を交わした門番がいた。
こちらに気づいたのだろう、あの大人でも涙目になりそうな凶悪な顔を更に歪めながら男を見た。
「おう、戻ったのか。今日は早いんだな…………っと、それにしてはえらく疲れてるな。何があった?確か今日の獲物はファングウルフだったよな?あいつは普通の冒険者からすると強敵だが、お前なら大して苦戦もしないような相手のはずだろ?」
手を軽く上げながらいつものように雑談でもと思って声をかけた門番は男の疲労に瞬時に気づいた。
そしてそれを疑問に思った。何故なら本人に自覚はないが、男はこの国でも有数の冒険者でザルツはもちろん、王都にさえ男より強い者はそうそういないと誰もが知っていることだからだ。
本人以外は、だが。
だからこそおかしいのだ。新人ならまだしも、この男がただのファングウルフに苦戦するわけがない。
何かがあったのだ。ならば、それを把握して報告する義務が門番にはある。真剣にならざるを得ないわけだ。
もっともこの門番がそんな真面目な顔をすれば、顔がさらに凶悪になること間違いなしなのだが。
「ああ、あったぞ。あった。ギルドが情報収集の時点で失敗していた」
男はその門番の質問に心底参ったと言わんばかりの疲れた顔で答えた。
「ギルドが、失敗?魔獣の数でも間違えたってのか?」
「いや、魔獣の数はあっていた。一体だ。だが通常種じゃあなかった。それに帰る途中にもかなりの数の魔獣に遭遇した」
「へえ、そりゃあ災難だったな…………ておい、通常種じゃないって言ったか?」
男の言葉に門番はある予想に辿り着いた。
それを表しているかのように門番の表情に驚愕が浮かんでいた。
「ああ、強化種だ」
その男の言葉に自分の予想が外れていなかったと嘆き、頭を抱えた。
「そりゃ、一大事じゃねえか!だから最近魔獣の報告が多かったのか!」
魔獣の強化種にはとある特徴がある。それはただ強いだけではない。
強化種本体の周りには魔獣があめり寄り付かなくなるが、その代わりと言わんばかりに通常種の魔獣が増えるのだ。それも加速度的に。
「まずいな、つまりは近日中に魔獣の大量発生が起こるわけか。早く報告しないとな!すまんが俺は詰所へ報告に行く、お前も詳しい説明のために付いてきてくれるか?」
「ああ、もちろん構わない」
そう言葉を交わすや否や二人は詰所へ走り出した。