8 根
ブランチを食べたら、わたしは根が生えてしまったようだ。まるで、自分のアパートに帰る気がしない。それでケイに訊いてみる。
「もう暫く、此処にいてもいい」
「いいよ。予定はないから……」
ケイが笑顔で、わたしに答える。
スッピンのケイの顔は本当に綺麗だ。が、次に、わたしの口から出た言葉は、。
「若いのに、ボッチかよ」
と言う酷いものだ。が、それにケイが
「メグも見たようなものでしょ」
とカウンターパンチを返す。
「確かに……」
「シャワーでも浴びる……」
「浴びても下着が一緒だから……」
「おれのを貸すよ」
「じゃ、浴びる」
「風呂場は、そっちだから……」
「わかった」
「覗かないから、安心して……」
「別に、ケイだったら覗いてもいいよ。それとも一緒にシャワーを浴びる……」
「いや、今日は止めとく」
結局、その後、ケイと一緒にシャワーを浴びた経験はない。
ケイの下着を借り、わたしがケイの部屋でさっぱりしていると、
「じゃ、おれも浴びるから……」
とケイがわたしに断り、風呂場に向かう。
「覗いてもいい」
と、わたしが問うと、
「ダメ……」
と即座にケイに断られる。
もちろん、わたしはケイの裸身を覗きたかったわけではない。単に、そう言ってみたかっただけだ。ケイがどう反応するかを知りたかったから……。
することもないので、ケイの机を見ていると、奥の棚に伏せられた写真立てがある。悪いとは思ったが、それを盗み見すると、綺麗な女性が写っている。ケイと顔が似ていないから家族ではないだろう。単なる友だちか、それとも彼女か。
そう思った途端、わたしの胸の奥が少しだけ、ぞわっとする。まさかね、とは思ったが、彼女がいるならケイは幸せだ。が、それならば、日曜日にデートをしないのは悲しい。
思い出してみれば、昨夜もケイは一人だったはずだ。彼女同伴だったら、わたしを連れ、ナイトクラブBから逃げだしたりするはずがない。
あるいは、写真の女性は元カノなのだろうか。それとも単に親戚か。わたしの想いがぐるぐるとまわる。
「それ、プライバシーの侵害だから……」
不意にケイの手が背後から伸び、写真立てを元のように伏せる。
「ごめん、つい……」
ケイに顔を向けずに、わたしが謝る。
「悪気がないのはわかってるよ」
「でも興味はあるな」
「厭だ、教えない」
「ケチ……」
「で、メグは恋人とかいないの……」
いきなり、そう振るのか、わたしが思う。が、ケイがやんわりと、わたしの質問に答えてくれたのか、と思い直す。
「今はいない」
「そう」
「高校の頃にはいたけど、大学に入って有耶無耶になった」
「ふうん。おれは中学のときにいたよ。今のおれになる前だけど……」
「そう」
「でも、それ以来いない。いや、正確には一人いた」
「へえ、どんな人……」
「おれの告白に真剣に答えてくれた人……」
「素敵な人じゃない」
「それで恋人ごっこをしたけど、数週間で、『やっぱりダメ』と言われた」
「残念だったね」
「でも、感謝をしてる」
「今でも思い出す……」
「未練はないよ。結婚して、幸せに過ごしてるし……」
「悪いことを訊いて、ごめん」
「いや、久し振りに思い出せて良かったよ」
「それならいいけど……」
強がりを言うケイの方を振り返るとバスローブ姿だ。思わず全身を見つめてしまう。
「あのさ、ガン見されると恥ずかしいんだけど……」
「あっ、ごめん。向こうを向いてるから、その間に着替えて……」
「……って、実は恥ずかしくないんだけどさ」
「何、それ……」
「メグだと何故か、恥ずかしくない」
「誉められているんだか、貶されているんだか、わからない」
「誉めても、貶してもいないよ」
「わたしたちが似た者同士だから……」
「いや、本質は違うでしょ……」
「いや、タイプは違うけど、本質は同じじゃない」
思わず、わたしは口にしたが、案外当たっているかもしれない、と自分で思う。
「ケイはどう思う……」
それでケイに問いかけるが、
「今のところわからない」
と答をはぐらかされる。