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4 跡

 城からの眺めは良くも悪くもないが、晴天なので爽やかに感じる。都会の方を見れば高層ビルが見え、回廊を移動し、非都会の方を見れば連山が見える。きゃっ、きゃ、と叫びながら子供たちが、わたしの近くを駆けまわる。勘の鋭い子供は、わたしに反応するが、今日はいないようだ。

 ケイが座るベンチを眺め、手を振ると、ケイが手を振り返してくれる。恥ずかしいのか、手の振りは小さいが……。

 回廊を二周し、内階段を降りる。行きは、エレベーターを利用している。エレベーターが停まるのは上と下の階だけだが、内階段は三階分ある。

「ふうっ」

 城の外に出、ぐるりを見まわす。そろそろ春が訪れそうな木々の気配だ。

「じゃ、行こうか」

 ケイが座るベンチに戻り、ケイを促す。ケイは煙草を吸わないから、単にベンチで座っていると、手持ち無沙汰に見える。

 わたし同様、ケイも人の興味を惹いていないようだ。

「さあ、立って……」

「お日様の下にいると溶けそうだな」

 ぶつぶつ、と文句を言うケイをベンチから立たせ、広場の外れの木と土の階段に向い、それを降る。降るときは楽だが、昇るときには汗をかくような傾斜だ。

 五分ほど過ぎると遺跡に辿り着く。木と土の階段が途切れ、ぽっかりとした空間が現れたのだ。

「ここは……」

「遺跡……」

「何の……」

「神社……」

「ふうん」

「不動明王を祀っていたけど、昔に焼けて、再建が断念されて、跡地が市に譲渡された」

 残っているのは本堂の柱や燈籠などを模したモニュメントのみだ。イメージ的には白い柱が数本立っているだけ……。

「シュールだな」

 柱を見遣り、ケイが呟く。実際、シュールな光景なのだ。

「メイドがいたら、余計シュールだよ」

 あの日、木の階段を下りて来た若い男は、メイド姿のわたしに驚く。その後、気を取り直し、一礼して去ったが、春先だったので、頭の可笑しな人間に思われたかもしれない。

「だろうな」

「でも似合うよ」

 英国のお屋敷ならば、今でもメイドはいるが、日本にいるのは殆どが偽物だ。その昔、庶民層の娘が富裕層や武家階級に雇われる奉公の習慣はあったが……。

 所謂『メイド萌え』は一九九〇年代後半からで、『メイド喫茶』が各地にオープンしたのが二〇〇〇年代中頃……。

 が、メイドブームは大正や昭和時代にもあったのだ。

 所謂、メイド服姿の若い女性や、女中、女給などに対するフェティシズムだが……。

「太宰治がカフェの女給ウェイトレスに惹かれたことがあるって知ってた」

「知らない」

「じゃ、帝国海軍が士官クラブの女給にメイドのコスチューム(エプロンドレス)を採用したことは……」

「余計知らない」

「まあ、そうだよね」

 日本の場合、ウェイトレスの制服にメイド服やエプロンドレスなどを採用する喫茶店または飲食店が、何故か、旧くからある。使用人としてのメイド文化はないが、職業としてのメイド文化はあったわけだ。それがコスチューム萌えだったのか、単なる店の制服だったのか、わたしは知らない。

 所謂コスチューム・フェチに話を戻せば、今わたしが着ているセーラー服やチャイナドレス、袴、巫女装束などが代表的かもしれない。

 ざわざわと人の気配がし、遺跡に集団が現れたので、

「じゃ、次に行こうか」

 と、わたしがケイを促す。

「オーケイ」

 不思議とケイは柱のモニュメントが気に入ったようだが、未練はないらしい。それで道を先に進んむ。

 小さな東屋を左手側に見、公園を出る手前で左手側の階段を降りる。土に丸太の階段ではなく、木の板の階段だ。それが終わると水辺で、水辺の上には木の板が張られ、それが通路となっている。手摺のない橋、と言って良いかもしれない。それを進むと通路が右に回り込み、手摺が現れる。つまり順路が橋に変わったのだ。その左手側に田圃が広がる。その先は木々の群……。

 左手側に木の壁が迫っている。

「此処、何だと思う」

 わたしが問い。

「水辺だな」

 ケイが答える。

「いや、そうじゃなくて……」

「さっぱり、わからない」

「ケイも都会の子だね」

「メグだって、そうだろう」

「此処は蛍の鑑賞地だよ」

「水が綺麗なのか」

「餌も保護されてる」

「蛍の餌なんか知らないな」

「日本の蛍の殆どはゲンジボタルだけど、餌は淡水生の巻貝。モノアラガイやカワニナ、タニシやミヤイリガイだ、ってことを昔調べた」

「ふうん。今夜でも見れるの」

「この場所だと、六月以降だね。時間は午後八時過ぎ……」

「出かけるには中途半端な時間だな」

「真っ暗で明かり禁止だから、好きなひとを誘うにはいいよ」

「わかった。考えておく」

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