表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/12

12 心

「この公園、広くない……」

 蛍の鑑賞地を抜け、一旦丘の上に上がり、ついで板の階段もある長い下り道を降りつつ、ケイが言う。

「しっかりと管理されている割には広いと思うよ」

 ハイヒールだったら歩けない道だ、と思いつつ、わたしが答える。

「でも、いいコースでしょ」

「身体を鍛えるにはね」

「近くに越したら……」

「会社が遠くなる」

「だけど、健康第一……」

「考えとくよ」

 ケイの『考えとく』は、今は考えない、の意味だ。あるいは単なる会話の返し言葉。

 そう思いつつ、今日、ケイが公園に行こうとわたしを誘ったのは、わたしの靴を見てのことだろうか、と考える。ケイは気遣いができる人間だ。だから、今日のわたしが女子高生ではなく、ハイヒールを履いた女性だったら、きっと公園には誘わなかっただろう。確信はないが、そう思う。おそらくケイは誰にでも、そんなふうに気を遣うのだろう。

 あるいは意識せず、そうしているのだろうか。……だとすれば、ケイは素敵な育てられ方をしたのかもしれない。

 が、ケイは自分の家族のことを、わたしに話さない。もしかしらた、それは会社の同僚でも同じかもしれないが……。

 ケイが話さないから、わたしもケイに彼の家族のことを訊ねない。頭の可笑しなわたしに気遣いの心があるとすれば、それくらいだ。

「やっと地面だ」

 丘の階段を降り切り、ケイが叫ぶ。

「大きな池があるな。夏だと蚊に刺されそうだ」

「だから蚊がいる季節には防虫スプレーがいるよ」

「メグは刺される部分が多いからな」

「夏本番の蚊は服を通しても刺すから始末が悪い」

「防虫スプレーをすると本当に蚊に刺されなくなるわけ……」

「製品によって違いはあるけど、基本的にはそう。でもスプレーの隙間があると、そこを集中的に刺される」

「なるほど……」

「その場合は悲惨……」

「だろうね」

「でさ、奥に美術館があるんだけど、寄ってかない」

 わたしがケイを公園付属の美術館に誘う。これまで数回、入館したことがあるが、いつも一人だ。

「上から見えたあのヘンな形の像は美術館のだったか。納得……」

 目敏く、ケイが自分の考えを述べる。

「上では、そんなこと一言も話さなかったじゃない」

「何でもかんでも言わないよ。子供じゃないし……」

「攻めてないよ」

「わかってる」

「で、寄るの。それとも止めとく……」

「せっかくだから寄ろうか」

 ……というわけでT美術館に入る。入館料は五百円だ。

「わたしがおごるよ」

「さっき、飲み物代も出させちゃったし……」

「誰かと来てみたかったという願いが叶ったと思えば安いモノよ」

 ……という流れで、わたしが二人分の入館料を払う。

 この美術間に誰かと来たかったのは本当だが、わたしが想定していたのは、もっと色っぽい話だ。

 そのとき、ケイと手を繋いでいなかったので、わたしはケイの手ではなく、右腕に自分の左腕を絡ませる。するとケイは一瞬、おやっ、という表情を見せるが何も口にしない。

 T美術館は個人の美術館なので、Tという芸術家の作品が収集されている。季節毎に内容が変わる特別展示では、生前Tと関わりがあった芸術家や、その他の有名人の作品や日記が公開される。が、今は間氷期ならぬ間特別展示期だ。特別展示が始まるのは来週の土曜日から……。

 特別展示があろうが、なかろうが、入館料が変わらないので、わたしは少し損をした気分になる。が、それを顔には出さない。出せば、またケイが気を遣うからだ。

 最近、ケイのことを考えると、わたしは少し妙な気分になる。ケイの心は男性だから、わたしを好きになる気遣いはない。が、わたしの場合は微妙なのだ。つまりケイの身体は女性で、わたしの身体と心は男性だ、ということ。

 ……だからといって、わたしは自分がケイに恋をしているとは思わない。その辺りの自覚はある。それにケイの気持ちを考えれば、しんば、そのような状況が訪れようと、口が裂けても、わたしはケイに自分の気持ちを告げないだろう。仲が良い友だちとしての関係を続けようとするだろう。

 けれども、人の気持ちは変わるのだ。

 この先十年、ケイと付き合い続けたとして、双方の気持ちに変化がないとは限らない。当然、わたしはケイや自分の心変わりを望まない。が、先のことなど、誰にもわからないのだ。

「あの、おねえさん、どこかヘン……」

 近くで子供が、わたしを指差し、母親に告げる。それで子供の母親が怪訝な表情でわたしを見る。

 が、それも一瞬のことだ。すぐに異常な日常が戻ってくる。

 こんなふうに、わたしは時折、勘の鋭い子供に正体を見破られる。が、不思議とケイがそのような状況に陥ったことを、わたしは見たことがない。

 つまり、それくらいケイは男である、ということだ。

 その事実を認識したとき、わたしにできたのは、やれやれ、と首をすくめ、小さな溜息を吐けたことだけだ。(了)

 最初にも書きましたが、具体的には、この小説は『白い衣装の人』https://ncode.syosetu.com/n7557dp/の姉妹編です。テーマ的には一段階、ややこしくなっていますが……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ