30倍速でバグから逃げた
『キリキリキリキリキリ!』
スチュウに僕について話そうとした瞬間、ゼンマイを巻く様な音が爆音で聞こえた。
不安定な電子ノイズ…頭の痛くなる様な感覚。
この感覚、どこかで覚えがある。
「…ルー!隠れて!」
「!?」
スチュウが絶叫し、僕達は慌てて木陰に身を潜めた。
『キリキリキリ…現在、この信号は実行実行一ーー行実行実行実行実行』
おぞましいグラフィックの塊の様なモンスターが、その荒地に現れていた。
三本の鉄骨の足に、錆だらけの道路標識の手と頭。近くには目覚まし時計が一つ浮遊し、それ以外は何も無し。恐怖心しか湧かない姿は、見ているだけで吐き気がしてくる。
「ルー、何あれ…怖いよ…。」
だいたい検討がつく。
「バグモンスター…」
[ウ“んy*平-
それがあいつの名前。
プログラム改変の作業を行うとごく稀に現れる、ハッカー、クリエイター共通の敵の一体。
「バグモンスター?よっぽどレアみたい。スチュウ…始めて見るな。」
スチュウは、僕を心配させたく無いのか陽気に振る舞うけれど、その小さな体は小刻みに震えていた。
『現在現在現在現在現在現在現在現在現在現在現在現在』
「ああうるさい!一体どうすれば…」
キーボードに手を伸ばす。
世界は止まっているのにバグモンスターは動き続ける。
「ヴンちゃん!?いつかは出ると思ったけど、まさか今?」
バグモンスターをちゃっかり愛称で呼びながら、ツァディもかなり焦っている様だった。
あいつは、能力値的には258HPしかない。しかし、蘇生258回が付いているので、真っ向から戦うのはタブー。
「仕方ない…逃げましょう。」
「え?ツァディ?」
「あいつ、今は私たちに気づいていない様だし、敵がいなければ実害がないのも事実。それに、瑠衣様のお嫁さんの事も心配です。」
「スチュウはお嫁さんじゃ…」
バグモンスターの周囲を浮かぶ目覚まし時計が、不規則にチリリと鳴る。右手にあたる道路標識は、ここからでは首都高速と言う漢字しか確認できなかった。
「心配要りません。きっと、この川が蘇る頃には誰かが倒してくれますよ。」
「…うん。ツァディが言うなら、従うよ。」
”coW.bf.me.speed up+3000%.60s”
世界が元に戻り、僕はすかさず震えるツァディをお姫様抱っこする。
「ちょっと、目瞑ってて。」
「プルプル…」
何も言わずに、スチュウは僕にしがみつく。
僕は一歩地面を蹴り上げると、あり得ない速度でダッシュを始めた。
『メンテナンスメンテナンスメンテナンス中中中』
イカれた電子音声を撒き散らしながら、バグモンスターは一瞬こちらを見たが、すぐに見失った様だ。
「はあ…はあ…はあ…なんとか巻けたかな。」
この先を行けば、直ぐに次の街に到着する。
平原の真ん中で、彫刻の様に佇むだけのバグモンスターを尻目に、僕達は出来るだけ早くその場所から離れていった。
◇
「ふう着いた…ここはなんの街?スチュウ。」
「えっと、えっと、ソボ国!」
「はい!?ソボって…あの、家が数軒しか建ってなかったあの集落!?」
立ち並ぶ建物はどれも豪勢で、洒落た街灯や劇場、街の中心には大きな宮殿もあった。
二、三クエストをこなせば用済みのあの集落が…こんな立派に…。
「あれ、ルー泣いてる?」
「泣いてない!」
「本当に凄い国だよね。通りかかりの冒険者がくれた羊毛1束からこんなになり上がっちゃうなんて。」ー
ああ、あの伝説の10ゴールドクエストか…。
「あれ?ルー泣いてる?」
「な…泣いてない!ヒック…グス…」
プログラム面もガバガバで、アマチュアハッカーの最初の課題が、このクエストの報酬額の改ざんだったからね。なんとも感慨深いよ。




