腹八分目なんて言葉、僕には似合わない
僕はギロマさんと、食堂で夕食をとっていた。
「さっきはごめんなさい…ギロマさん…」
「お前は謝り過ぎなんだよ。ま、幻影相手にあれだけ本気出せるのもすげえとは思うけどな。」
「初めて見るんで、つい…」
ギロマさんは牡蠣に似た貝を飲み干すと、ゆっくりと僕の方に向いた。
「なあ。お前、今までどこで暮らしてたんだ?」
僕の心臓がドキリと音をたてた。まさか日本だなんて言えないし…
「叔父さんが死んでから、僕はずっと隠れる様に生きてきたんです。理由は…まあ色々あるんですけど。少なくとも、物心ついて最後に見た外の世界は、普通のモンスターも居て、ギロマさんのお父さんも居て…」
「成る程。つまりはあのクソみてえな革命にゃ立ち会ってねえのか。」
「革命?」
ギロマさんは懐から、一冊の日誌らしき物を取り出した。
両手で包み込める程度の大きさの日誌だ。上等だが、かなり年期の入った皮の表紙に、青い魔法陣が刻まれていた。
「こいつは、俺の親父が残した物だ。無限にページが増え続ける術式がかかってる。」
ギロマさんは日誌を開く。
日誌の表紙の裏には革製のつまみがついており、ギロマさんは親指と人差し指でつまんで回していた。
「だいたいこの辺りだろう。貸してやるよ。」
僕は、見た目より少々重たい日誌を受け取る。
ページをめくるも、見たことのないグニャグニャとした文字で書かれていて読めなかった。
「………?」
「ん?ヴィアラ文字が読めないのか。まあ要するに、人命を守るはずの魔物の駆逐が全くの逆効果になっちまったって事よ。」
「はあ…よくわかりませんが…」
そう言えば、この世界の住人は何故日本語を使うのだろうか…今考える程の事でも無いけれど。
「そういや寝る場所はあんのか?」
「えっと…」
ギロマさんはすかさず奥の方に声をかける。
「マスター、地下にもうずっと使ってねえ物置あったろ。そこ使っていいか?」
「良いけど、何に…まさか!」
「良かったなルー。貸し部屋できだぞ。」
「ちょっとまって!その、1時間待ってくれ!」
ギルドマスターはそう言って、急いで下に降りていった。
「ぼ…僕は別に、床でも良いのに…いつもそうしてたし。」
「ま、あいつのお節介にゃ止め方なんてもんは無いさ。」
ギロマさんが落ち着いた様子でそう言った。
◇
それからしばらくして、息を切らしたギルドマスターが戻ってきた。
「すまない。待ったかい?」
「いえ、全然。」
待ちくたびれたギロマさんは帰っちゃったけど。
「良かった。案内するよ。」
ギルドマスターは僕を、闘技場に続くあの階段に連れていった。
そして、二個目の踊り場の壁に有る古びた木製のドアを開けてそこに進んだ。
「おお…」
少量の松明の火だけが照らす、長く暗い廊下が続いていた。
人二人分ほどの幅の廊下で、両方の壁には鉄枠の木製の扉がずらりと並んでいた。闇に沈み、向こう側が全く見えなかった。
不気味な場所だけど、ゲームでは行けない場所で、すごくワクワクする。
「4番目の右側の部屋、今日から君が使うと良いよ。一番状態が良かったからね。じゃあ、おやすみ。」
「お…おやすみなさい。」
ドキドキしながら、銀色のドアノブを回して中に入った。
「わぁ…」
前の世界で住んでた安アパートよりずっと良い部屋だ。
9畳程の部屋で、天井の光石の照明が部屋を照らしてる。紐を引くと遮光板で消灯できる仕組みにになっていた。部屋の真ん中にはふわふわの赤い絨毯が敷いてあり、磨き立ての机もあった。部屋にはドアが二つあり、寝室とバスルームに繋がっていた。
軽くシャワーを浴びて、バスルームに用意してあった寝巻きに着替える。
「ふかふか」
寝室のベッドは、まるで雲か霧の上みたいな心地だった。
人生初のまともな寝床だ。死んでるけど。
「くー…すー…」
満腹なのも相まって、僕はあっという間に眠りに墜ちた。
でも、そんな安息の時間は長くなかった。




