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古本屋―雪椿―  作者: 秋月雅哉
8/9

22:30 一冊の本

一時間近くかかってミコトがサクラのために撰んだ童話を、慈しむように手袋をはめた指先が撫でる。

固い表紙に柔らかな色使いで絵とタイトルが描かれていた。

おそらく自分で読むことが出来るくらいの年頃の子供たちへ向けて描かれたストーリーは、羽二重のように軽く、柔らかく、優しく心に言の葉を落としていく。

(まるで、空から微かに光る羽が舞い降りてくるような、優しいお話……)

或いは、四月の晴れ間に降る雪が天使の涙と例えられるような。

(きっと、子育てに思い悩む親御さんに向けてもこの本は語りかけているのでしょうね)

サクラは愛おしむようにゆっくりとページを捲る。

どんな人がこの本を読み、どんな大人になったのだろう?

その人はこの本をまだ覚えているだろうか?

語り継がれた昔話たち、信仰ではなく文学として残る神話たち、そして今、紡がれる言葉たち。

この店で次の主を待つ間眠っているような本を、サクラもミコトも愛していた。

口伝で伝わるものもあるし、電子化されたものだって世界にはある。

どんな形でも伝わればそれでいいじゃないか、という人もいる。

でも、本でよかったと、本という存在がいいのだとサクラはそっと読み終わった本を腕に抱いた。

形がなければ抱き締められない。魂だけではきっと本は寒さに似た寂しさを抱くのではないかしら、そんなことを想って、これまでの旅を労うように優しく、優しく抱き締めた。

(ありがとう、ここにきてくれて。ありがとう、私たちと出会ってくれて)

子供が力加減を間違って壊してしまわないように丈夫に作られた本は、この本をサクラに勧めた武骨な名付け親に何処か似ていて。

手探りで、迷いながら親であろう、守護者であろう、心守人であろうとするミコトの本質が見えた気がしたのだった。

例えこの生活がいつか色褪せたページの、かすれた文字で綴られた、今にも壊れそうな本になったとしても。

他の誰にも読めなくても、自分とミコトの中にその物語は生き続けることだろう。

そう想う。そう、願う。

「……よい読書は、できたか?」

「はい、とても優しい旅をした気分です」

読了後の世界からゆっくり現実へ戻ってきたサクラに遠慮がちにかけられた言葉に、天使は柔らかく微笑み頷いたのだった。

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