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古本屋―雪椿―  作者: 秋月雅哉
5/9

6:00 閉店

雨は世界の嘆きなのだろうか。ふとそんなことをサクラは思った。それとも天と地をつなぎとめる楔として降り続けているのか。

雨が降り続けているのに白茶けた街の、夜の帳がおりた光景はサクラに自我が宿ってからずっと眺めてきたものだ。

特に理由がなければ雨の中で薄ら明りがさす夜明けに眠り、日没と同時に店を開ける。

普通の人とは真逆の生活サイクルだが、サクラとミコトには割合性に合っているらしい。

「貴き龍の方」

「どうした、白百合」

「蛇の長者の姫君からの縁談、どうなさるのですか?」

端正だが眉間のしわのせいで少しいかめしくも見えるミコトの顔が軽くひきつる。

「受けるわけにもいかんが……蛇族は搦手がうまいからな」

武骨で不器用なミコトと、基本的にヒトの言うことは何でも真に受けるサクラにはいささか荷が重い相手かもしれない。

「お婿さんになるのも、悪くないと思うのですが」

「蛇の長者の姫君に不満があるわけではない。だが、誰かの伴侶となるつもりはないのだ」

サクラが犬神の青年を選べなかったように、自分にも少なくとも今は伴侶を選ぶ意思がない。

生涯を共にするなら、それを貫けるほど強く心が振れる相手と添い遂げたい。そこにドラマはなくても構わない、ただ一生をかけて愛せるだけの想いがあれば。

人を愛するのは一生に一度でいい。叶わなくてもいい。その人を愛してよかった、そんな出逢いでなければ添い遂げる意味がない。

サクラとミコトの本質は、突き詰めればその一点なのだろう。子供の様に無邪気に、若者のようにまっすぐで、無知だと笑われてもそれが自分だというように胸を張る、そんな、理屈ではなく心の問題。

幸せになれるから結婚するのではだめなのだ。その相手でなければ駄目だという相手と、心を寄り添わせるのでなければ意味がない。

「……いつか、貴き龍の方も出会うのでしょうか。貴方の、運命に」

なりふり構っていられないような。どれだけみっともなくても喪えないと叫べるような。そんな思いを、誰かに向けるのだろうか。

「……枯れた男には似合わん言葉だな」

「枯れた男に育てられた女にも想像の範囲外にある感情ですね」

いつか自分の見る景色から、彼は(彼女は)消えてしまうのだろうか。いつか言葉を交わせなくなる日がくるのだろうか。いつか、特別な相手にだけ見せる笑顔を、見守ることになるのだろうか。

こなければいい、と願うほど彼らは狭量ではない。幸せに過ごせるならそれを祝うことなど自分の未来を占いより容易だろう。

それでも、できるだけいつかの話であって欲しい。そんな風に思う心がどこかにある。

白百合はまだまっさらだから、愛に振り回されて傷つくかもしれない。もう少し、護ってやりたい。

貴き龍の方は木訥すぎて苦労するかもしれない。もう少し社交的になるまで傍で支えたい。

決して交わらないくせに、かみ合いすぎるほどかみ合う気遣いが二人の間にはある。

言葉にはしない。サクラが言葉にするには彼女はあまりにココロをしらなすぎるから。

言葉にはできない。ミコトが言葉を紡ぐには彼はあまりに深く考え込みすぎるから。

親子としての気の置けなさがあるわけでなく、名を呼び合う当たり前のやり取りもなく。特別ではないくせに唯一ではある。

「そろそろ店じまいの時間でしょうか」

「今日はずいぶんと賑やかだったな」

いつもは言葉もなく一晩が過ぎていくというのに、今日は昔の話を掘り起こされたり求婚者がきたり、縁談の話をほのめかされたり。

当たり前のように続く雪椿での日常が、けれどお互いの年を考えればもういつ壊れてもおかしくないのだと気づかされる。

寿命はまだまだ長くても、人生の節目を迎えるべき年ではあることをいまさらながらに自覚する。

それでも願うのは。

今は、まだ。もうすこしだけこのままで。ぬるま湯の中でまどろむような、変化も起伏もない二人の日常が、どうか決別する決心がつくまで、このまま続きますように。

そんな風に、願うことすら恐ろしい。

当たり前に不安を抱くということは、失う未来が見えるということ。

未来を狭めたいわけではない。歩みだすなら送り出すのが親の務めだ。

それでも、険しい道は歩かせたくない。幸せに生きてこれなかった子供だから、これ以上の苦労を与えたくない。

けれど、自分ではサクラを幸福にしてやることもできないのだろう。

「……難しいものだ」

「?」

「なんでもない。戸締りと火の始末は俺がしておこう。白百合は先に休むといい」

「はい、おやすみなさい、貴き龍の方」

いい夢を。そんな当たり前の就寝の挨拶をサクラにしようとして、けれどミコトはいつものように口をつぐんだのだった。

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