ファザコン?ブラコン?いえ家族( ファミリー) コンです!
あらすじにも書きましたが、連載の息抜き話です。
ご都合主義なギャグなので、深く考えずに読んでいただけたら、と思います。
私の最初の記憶は、優しい二つの笑顔だった。
泥にまみれ、道の端で転がっていた私へ、優しい笑顔と共に差し出された手。
傷だらけの上、泥で汚れきった私の手では、触れるのを躊躇ってしまう、白い二つの手。
私が動けずにいると、無理矢理立たせてくれた、優しい二つの笑顔と優しい二つの手。
『今日から、君は私達の愛しい娘だよ』
それが、私が私になった、最初の瞬間だった。
●
それからの数年はとても幸せだったけど、残念ながら私の母となってくれた女性は、病で亡くなってしまった。
それで、少しだけ復活していた私の表情筋は、また仕事を放棄してしまった。
父も涙も果てんばかりに悲しんだけど、その分、血の繋がらない娘である私と、実の息子である兄へ愛を注いでくれた。
亡くなってしまった妻の分もと。
過剰なぐらい。
年の離れた兄は、それがウザいらしい。
――あと、血の繋がらない妹である私が、疎ましいみたい。
引き取られた時は、だいたい五歳。自分の年齢も誕生日もわからなかった私。
父母が決めてくれた。
二年後に母は亡くなり、父子家庭になった頃から、兄との距離を感じるようになった。
そして、一年経つけど、距離はさらに開いてしまった気がする。
父のような過剰な愛じゃなくてもいいから、ほんの欠片でも兄妹したくて、私は兄と接点を持とうとした。
……表情筋が死んでいる私では、それは逆効果だったのか、全く距離は縮まらず。
元来諦めが悪い私は、今日も兄の元へと向かう。
本日は、餌付け作戦だ。
何と無く作れてしまったクッキー。
この時は、不思議だな、ぐらいだったが、すぐに作れた理由はわかった。
と言うか、しばらくして、思い出したというべきか。
「いらないと言っただろう!」
ぶん、と振り払われ、弾かれたお盆からカップが宙を舞い、中身は私へと降りかかる。
幸いにも、私の手際の悪さから、紅茶は冷めてきていたので、熱くはない。
でも、お茶を被った瞬間、まるで染み込むように、私じゃない私の記憶が流れ込んでくる。
混乱から、意識せずに涙が溢れ、兄がギョッとした表情をしたのが見える。
その表情には、ありありと後悔が浮かんでいて、嫌われてはいなかったのか、と場違いな安堵を抱くが、涙は止まらず、兄は逃げ出した。
自らも泣きそうな表情をして。
追いたくても、足に力が入らない。
思い出した記憶の中では、不器用なクッキーを囲んで、『前世の私』と友人が笑って、ゲーム談義に花を咲かせている。
ただただ懐かしく、涙が溢れて、止まらなかった。
その日の夜、私の部屋の前には、小さな一輪の花が置かれていた。
犯人はすぐにわかり、嬉しくなった。
思い出した記憶は懐かしいけど、今は目の前の家族が大切だから。
とりあえず、死滅しそうな表情筋を鍛えるため、変顔から始めよう。
押し花を作りながら、気合を入れる。
表情筋の変顔体操を、父に目撃され、本気で心配されたので、次回から時と場所は選ぼう。
●
「でも、何か、既視感です」
前世らしき記憶が甦ってからというもの、ずっと感じていた違和感を表現する言葉を見つけ、私は思わず口に出していた。
もちろん、周囲には誰もいないのを、確認してから。
八歳児の体に成人女性の記憶なんて、頭おかしくなったと思われるだろうし。
しかも、転生したんであろう世界は、地球じゃないし。
前世の記憶なんて、ぶっ飛んだことを思い出したせいか、今さっきまで気付いてなかったんだけど、我ながら鈍すぎると思う。
何で気付いたかというと、父の職業が、城勤めの魔術師だと思い出したから。
けど、仕方無いよね?
思い出すまでは、この世界が私の普通だった訳だし。
今も、前世から見れば異世界なんだな、とは思うけど、特にそれ以外思う所はない。
前世は、懐かしい思い出でしかないから。
今の私は、マリノア。
それ以上でも、以下でもない。
なんて、格好つけてた私は、数日後、既視感の理由を思い出し、無表情で頭を抱えることになった。
●
「今日から、この子を預かることになったから。仲良くするんだよ?」
そう言って父が連れてきたのは、
「は、初めまして、あたしはターニャです」
緊張した面持ちで笑う、可愛らしい同年代の少女。ふわふわした金髪、青い目のお人形さんみたいで、私とは全然違う。
ターニャと名乗った少女と、可愛らしい自己紹介の場面を、私は見たことがあった。
思わず、あり得ない、そう反射的に内心で否定した。
異世界転生を、すんなりと信じた私が。
それぐらい、信じられなかった。
ターニャと名乗った少女が、前世で友人がプレイしていた、恋愛シミュレーションゲームのヒロインそっくりなんて。
乙女ゲームって、友人は言ってたけど、その方がしっくり来るかもしれない。
呼び方はどうでも良い。それより、私が信じられなくても、ターニャは友人から聞いてたヒロイン、そのものだ。
天真爛漫で、無邪気で、素直で、誰にでも優しくて、動物好き。
ちょっと強引だけど、可愛らしい笑顔で、最後はみんなを虜にする。
うちに引き取られた理由は、遠縁ということでこちらも、赤の他人な私とは違う。
引き取られた理由も、友人から聞いていた話通りだし、この世界は、あのゲームと同一、または似た世界だと結論付けて良いと思う。
だとすると、大きな問題がある。
まずは、私――マリノアは、悪役令嬢、とかいうやつらしい。
悪役令嬢とは、ヒロインをいじめ、相手役の男性を取り合い、恋の障害をしてあげる役目だそうだ。
私のことより、大好きな父と兄の方が大問題だ。
二人とも、攻略対象だったから。
いくらゲームに似た世界だからって、その通り進むとは限らないけど、ターニャはそのまんまだから、二人が攻略対象になる可能性は高い。
まぁ、ゲームに似た世界とは言え、別に父と兄が、ターニャに恋して、想い合うなら邪魔は……。
そう無表情の下で思ってたけど――。
「ジュード兄様!」
私とは違い、無邪気に天真爛漫そのものな笑顔で、ターニャは兄へ甘えている。
兄は、少しだけ戸惑っている感じで、ターニャを避けている。
ホッとしている自分が、嫌いになりそうだ。
父の方は、仕事が忙しいらしく、あまり帰って来れてない。帰ってきても遅くて、寝ている私をハグして、お休みのキスをするぐらいだ。
たぶん、ターニャにもしてるんだろう。そう思うと、胸が痛い。
前世の記憶があろうとも、割り切れないことはあるんだから。
ターニャみたいに素直なら、もっと上手く吐き出せるかもしれない。
表情筋は、相変わらずボイコット中で、使用人達にも人形みたい、とか陰口叩かれているのを知ってる。
ゲームでは、ターニャはもっと私――マリノアへ接触してきてたような気がするけど、やっぱりゲームとは違うのか、挨拶を交わすぐらいの日々が続く。
そんなある日、私がターニャを敵と認識する出来事が起きる。
ま、起きたといっても、いつもより長く会話をしたぐらい。
内容は、兄の好みに関して。
意外と甘い物好き、とだけ伝えて、私はターニャへ背を向けて歩き出す。
ターニャは、確か料理が得意だったはずだし、うちの料理人は、私がキッチンへ入っても怒らないから問題ない、そう思って。
ふと視線を上げると、目の前にはきちんと磨かれた窓があり、私を見送るターニャが映り込んでいて――。
その歪んだ笑顔を見た瞬間、私はターニャを初めて怖いと感じる。
この時ばかりは、無表情な自らの顔が有りがたかった。
でなければ、私の顔は恐怖が彩っていたかもしれない。
次の日から、私は行動を開始する。
ファザコン? ブラコン?
何でも良い。
私は大好きな家族を守るだけだから。
●
ターニャをそれとなく観察していると、友人のゲーム談義ももれなく思い出せてしまう。
友人は、ヒロインなターニャがあまり好きではないらしく、何か批評をしていた気がする。
私はイラストが綺麗だから、隣に座って画面を見ながら、楽しそうに話す友人の声を聞いていた。
友人の声を思い出していると、ターニャが兄を捕まえて、きらきらとした無邪気な笑顔で話しかけているのが見える。
「ねぇ、ジュード兄様、王子様とご友人なの?」
王子……?
友人が何か言ってた気が……あ、それで怒ってたんだ。
王子きっかけで思い出せた。
友人がターニャを嫌っていたのは、逆ハーとかいうルートと見せかけ、攻略対象全員に期待を抱かせて争わせ、最後は王子を選ぶらしい。
エンディングを観た後、絶叫していた友人は、少々きも……怖かった。
この世界のターニャも、逆ハー狙いなのだとしたら、絶対に許せない。
私の大切な父と兄を踏み台にしようとするなんて、許してなるものか!
●
一晩中考えたけど、ターニャを撃退する良い考えは浮かばなかった。
冷静に考えれば、この世界はあのゲームに似ているだけで、同じとは決まってない。
もう少し、私がゲームの内容を覚えていれば、対処は出来たかもしれない。
残念ながら、私は友人のプレイを眺めていただけだから、イベントとか、事件とか、ほとんど覚えてない。
この際、私が抱いた危機感は、取り越し苦労であって欲しい。
私が悩みつつ、階段を下りていると、一階から上がってきたターニャと遭遇した。
軽く会釈をし、すれ違った瞬間、
「邪魔なのよ」
と、聞こえた低い恨み言。
同時に、背中を押され、私は階段を転がり落ちる。
幸いと言うか、過保護な両親のおかげで、一通りの護身術を叩き込まれていたので、体は勝手に受け身をとる。
それでも、痛いものは痛い。息が詰まり、目の前がチカチカする。
うずくまる私を、ターニャが笑いながら見ている気配がするけど、確認する余裕もない。
必死に起きようともがいていると、小さな悲鳴が聞こえ、誰かが駆け寄ってくる。
「マリノア様!?」
声に聞き覚えがある。
以前、私を人形みたい、と言っていたメイドだ。
「どうされたんですか!?」
嫌われてるかと思ってたんだけど、私を抱き起こしてくれる手は優しく、生理的な涙で歪んだ視界の中の表情は、本気で心配してくれている。
それが嬉しくて、気が緩んだ私は、思わず、
「突き落と……」
そう告げかけて、目の前でざわっと広がった殺気で固まってしまう。
「私の可愛いマリノア様を、突き落とした? 何処の、どいつです?」
ニコニコと笑いながら、階段を振り仰いだメイドの目には、たぶんターニャが映ってると……。
「え!? 違う! あの、マリノアがあたしを突き落とそうとしたの! それで、私が避けたから、マリノアは自分で落ちちゃって……」
弱々しく、けれどハッキリと主張するターニャの説明は淀みなくて、被害者なはずの私まで信じそうだ。
メイドも信じ……、
「は? マリノア様がそんなことする訳ないでしょう? マリノア様が、お人形みたいに綺麗で愛らしいからって、ヤキモチですか?」
「え? ちが、本当に、あたしは……」
全く信じてないみたいだね。
ターニャが、階段を途中まで下りてきた体勢で、慌てて否定してる。
と言うか、今思い出したけど、これ、イベントであったと思う。
マリノアが落ちるのは一緒だけど、ゲームでは、マリノアが悪役だから、自分で落ちておいて、ターニャに突き落とされた、って訴えるんだよね。
友人は2パターン見せてくれたけど、父と兄の好感度で反応は変わるらしい。
ヒロインなターニャがきちんと好感度上げていたら、父と兄はマリノアの妄言を信じない。
逆に好感度が一定に達していなければ、マリノアの言葉を信じた父と兄に、嫌われてしまう。
まぁ、ゲームなんで、嫌われた場合からのハッピーエンドルートもあるらしい。
って、この場合は、どうなるんだろう。
落ちたのは、確かに私だけど……。
メイドに抱えられながら、涙を流して否定しているターニャを見つめていると、階段を上がった先に、兄の姿が現れた。
騒ぎに気付いて、部屋から出てきたのかもしれない。
「あ……「ジュード兄様! 聞いて! マリノアったら、酷いの! あたしを突き落とそうとしたの! それに、あのメイドも、あたしを嘘つき扱いするのよ!?」」
あはは、私の視線で兄に気付いて、ターニャが女優顔負けな泣き顔で訴えてる。
あれ、本当に私、突き落とされたんだっけ?
思わず、そんなことを考えてたら、兄の顔色が変わったのが、階段の下からでもわかってしまう。
え、もしかして、兄の好感度高かった?
うろ覚えなイベントの中で、父と兄に罵倒されていたマリノアを思い出す。
「マリノア! 怪我は? しっかりしろ、すぐに医者へ……」
「え? あ、あの……」
「無理に喋らなくて良い」
メイドの腕から抱き上げられ、私の小さな体は兄の逞しい腕の中で浮遊感に包まれる。
下から見上げた兄の顔は、焦燥感に染まっていて、あの、とか、その、とか言っているターニャの声は無視されてる。
兄に運ばれて玄関へ向かう途中、珍しく早く帰ってきた父と遭遇する。
「ジュード、どうしたんだい?」
「マリノアが階段から落ちたんだ!」
「なんだって!?」
「どうかなさいましたか! 旦那様!」
珍しく声を荒げる兄、大声を出した父に、執事まで駆け込んで来て、どんどん大事になっていく。
執事には、メイドが耳打ちして何事か説明し、
「旦那様、すぐに玄関へ馬車をご用意します。リラは、ターニャ様を、お部屋へ」
「……はぁい」
とてもわかりやすく嫌々だ。
「リラ、ありがとう……」
私はノロノロと歩いていくメイド――リラに、何とかそれだけ告げて、表情筋へ気合を入れてみる。
少しだけ笑えたんじゃ、と私が思った次の瞬間、ノロノロだったリラの動きが、早送り映像かと思えるぐらい良くなった。
お礼って大切だな、と痛みに現実逃避しながら、私は父と兄に連れられて、医者へ運ばれた。
受け身は成功していたらしく、打撲だけで済んだけれど、幼い体には負担だったのか、見事に熱を出した私。
熱に浮かされながら、ターニャのことを叱らないで、的なことを言った気もするけど、熱が下がった時にはもう、ターニャはいなかった。
魔術の才能を認められ、兄も通っている全寮制の学園へ通うことになったそうだ。
そう言えば、ゲームでもそんな展開だった気がする。
国への重用ルートなため、もう我が家には戻って来ないらしいから、父の貞操(?)は守られそうだ。
兄には自衛――あれ? 全寮制なのに、なんで兄は自宅から通ってるんだろう。今さらだけど。
いつから?
あの夜以降な気が……。
気のせいかな。
いくらなんでも、そこまで過保護じゃないよね。
色々思い出してベッドの上で恥ずかしくなって、無表情で悶えていると、ドアがノックされる。
「はい」
「ただいま、マリノア」
「父様、おかえりなさい」
仕事が一段落したのか、階段落ちした日から、父の帰りは早くなった。
父は、ベッドに半身を起こした私を見て、安堵したように柔らかく笑い、ハグから頬へのキス、という愛情溢れる挨拶をくれる。
「ターニャは、寂しく思ってますね、きっと」
だから、ふと、洩らしてしまった。
同じように父からの愛情溢れる挨拶をもらっていたターニャは、寮で寂しく思ってるんじゃないか、そう思ったから。
「……どうしてだい?」
ターニャの名を口にした瞬間、父の表情が強張り、肩をやんわりと掴まれる。
「父様のハグとキスがもらえませんから」
特に隠すことでもないので、素直に伝えたら、父様は苦虫を十匹ぐらい噛み締めたような表情になる。
「これは、マリノアだけにしかしていないよ」
もう一度、ハグからキスへの流れを繰り返し、父は幼子に言い聞かせるよう、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「さぁ、私の愛しい子。そろそろ寝る時間だ」
そのまま、背もたれにしていたクッションを抜かれ、私の体は抱き締められたまま、ベッドへ沈んでいく。
「……もう少し、父様とお話したいです」
「あぁ、構わないよ。マリノアが眠るまで、側にいるから」
ちょっとだけ甘えてみたら、父は嬉しそうに微笑んでくれた。
それから、他愛もない話をし、気付いた時には朝だった。
すっかり仲良くなったリラが迎えに来てくれ、父と兄と食卓を囲む。
そうそう、あの騒動の中でスルーしてしまってたけど、陰口だと思っていたリラの、
「人形みたい」
と言う発言は、
「もう、マリノア様ったら、お人形みたいで抱き締めたい!」
だったらしい。
医者から帰ってきた時には、本人からそう伝えられ、実際泣きながら抱き締められた。
相当心配してくれていたんだとわかり、私は嬉しかったけど、執事に引き剥がされて怒られていた。
申し訳ない。
まぁ、堪えていないようだから、問題ないかな。
噂によると、ターニャは学園でも嵐を巻き起こしているらしい。
物理的にも、人間関係的にも。
兄はあまり話してくれないから、あくまでも噂だけど。
ゲームでは、マリノアも学園へ通うはずだけど、私にはそんな話は来ていない。
やっぱり、ゲームとは違うんだな、と思っていると、一目惚れしたという王子からのプロポーズがやって来た。
まぁ、父が笑顔でキレていたから、断ってくれるだろう。
私も、大好きな父と兄から離れたくない。
リラに相談したら、鼻を押さえて悶えていた。
美人だし、仕事も出来るけど、リラは少々残念な部類だったみたいだ。
「うちの子に求婚したいなら、私と息子を、倒してからにしてもらいましょう」
昭和の頑固親父みたいな父のイケメンボイスを子守唄に、私はゆっくりと目を閉じる。
あたたかな日溜まりの中、少々変態チックだけど優しいメイドの膝枕でお昼寝。
もうあの寒くて薄暗い路地の夢は見ない。
ファザコン? ブラコン?
家族コンだよ、と遠くなった友人に笑いかけ、私は今日もマリノアとして生きていく。
とても幸せだ。
家族コンから、思い付いた話です。
兄と呼んでますが、血は繋がってないので、兄エンドもありで書いてます。
短編なんで、全く生きてはきませんが。
そして、ヒロインもたぶん転生者(笑)
まったく出てきませんが。
無表情主人公ですが、笑うと可愛らしい、という鉄板設定です。