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更新 〜次の"運転"資格〜

作者: いつみゆう

「こんにちは。こちらにサインをお願いします」


受付のお姉さんは書類を渡して、こちらを見て微笑んでいる。


頭が痛い。

ここまで来た記憶がない。

何してたっけ?


そうだ。

昨日は飲み会だった。


何次会までいったか覚えてないけど、昨日は会社の飲み会だった。


先輩達に絡まれてめんどくさかったな。

仕事が甘いだの、彼女はまだかだの……。

死にたくなったな。


人間として生きるってめんどくさいな。

来世があるとしたら、猫に生まれ変わろう。

そしたら毎日食っちゃ寝食っちゃ寝……。


まあそんな事は置いといて。


確か……。

朝方まで飲んで、皆と別れて……。

……上司には口が裂けても言えないけど、車を運転して家に戻ろうとしたんだった。


ここまで来た記憶がないって事は相当飲んでたな。

確かに……免許更新のハガキも来てたから、それで思い出して来たんだな。

ここに。

良かった事故とか起こしてなくて……。



男はほっとしながらお姉さんに渡された書類を書いていた。

住所、事故歴、身体の健康状態……。

すらすらと記入していった。


「書き終わりましたか?でしたら、検査に向かってください」

お姉さんは相変わらずの笑顔だ。


男は一礼すると書類を抱え、次の検査に向かった。


「書類は書き終わりましたか?では、その書類をお預かりします。次の検査はこちらです」

案内人は笑顔で対応してくれた。

そして検査場所を指差した。


指が指された方向を見ると、検査官が機械の横にあるイスに座っていた。

検査官もまた、こちらを見て微笑んでいる。


この免許センターは美人が多いようだ。

受付嬢も案内人も検査官も……。

皆美人だった。


ただ、違和感がある。


周りにいる、更新を受けに来た人達。


どこか……虚ろな表情をしている。

皆、疲れてるのだろうか?


確かに、今日は木曜日のハズだ。

仕事の合間をぬって皆ここに来ているに違いない。

だから疲れているんだ。


オレだってそうだ。

運良く平日に休みを貰えたから来て……。


?。

ちょっと待て……。

貰ったっけ?

休み。


……そうだった。

免許更新があるので休みを下さいって言ったら、分かったって言ってた気がする。

でも、直接休みになったって聞いてない気がするな。

……まあいいか。

上司も分かったって言ってんだから大丈夫か。

免許の更新が終わったら、とっとと家に帰って寝るとしようか。

頭も痛いし……。



男は二日酔いから来てると思われる頭痛を堪えながら、検査場所に向かった。


「機械を覗いて下さい」

どうやら視力検査のようだ。


男ははっとした。


眼鏡を落としている。


男は右目だけ視力が悪い。

右目だけが悪いので、日常生活には支障がないが、視力検査があるのなら、話は別だ。

検査の時は眼鏡を持ってこなくてはならない。


男は申し訳なさげに検査官に話しかけた。



「あの……実は眼鏡を忘れて来まして……」


検査官は男を見ると話した。


「大丈夫ですよ。"いりません"から」

相変わらずの笑顔だ。


普通、少し困った顔をするだろう。

必要な物を忘れたのに……。

帰って下さいと言われるのを覚悟していた男は少し、肩透かしを食らった表情で見つめたが、内心ほっとしていた。


良かった……。

眼鏡を取ってきて、また午後に来て下さいと言われたらどうしようかと思った。

町からオレの家は結構遠いし……。


男はほっとしながら、機械を覗いた。



機械の中にはまだ何も見えない。

隣からは検査官の声が聞こえる。


「はい。じゃあいきますよ。これは何でしょうか?」


機械の中に画像が映った。


男は驚愕した。

目を見開いてしまった。


「あの……これは……何ですか?」


視力検査によく使われている、"C"の形をした画像ではなかった。

何で……こんな物が……。


「分かりませんか?」

「いえ……何で……この画像を……」

「このレベルは分かるハズなんですけど。分かりませんか?」


男は機械から目を離し、検査官を見つめた。

検査官は笑顔だったが不思議そうな顔をしていた。


「…………母と父です」

「分かるじゃないですか。次いきますよ。ほら、機械を覗いて下さい」


検査に使われていた画像は両親の写真だった。


何で、この写真を持っているんだ?

勝手に使っているのか?

いや……二日酔いでまだ頭がまわっていないのか?

夢から覚めていないのか?


男の中で様々な疑問が浮かび上がっていた。


疑問を整理する間もなく、次の画像が映った。


「分かりますか?」

「……兄です」

「これは?」

「…………祖父と祖母です」

「これは?」

「……ペットの犬です」


家族の写真が次々と写されていく。

男は少し怖くなった。


「最後です。これは?」

「…………あの!」

「……まだ何か?」


検査官は不思議そうな声をあげた。


「何で……こんな写真……持っているんですか?」

「これは検査だからです」

「検査って……あの……Cの文字が書いてある……あれを使うんじゃないんですか?」

「これは、あなたの心の状態を見る検査です。不安定な方だと、分からない人もいるんですよ?……最近加わったんです。このテスト。ちゃんと協力も得てますよ?」


検査官はニコニコ笑いながら見つめている。

いい笑顔。

だが、何も感じない笑顔。

男は少し不気味さを感じた。

検査官は男の感情を無視するように、検査を再開した。


「……今、何が映ってます?」

「…………オレです」

「はい!あなたは合格です。次の更新では、"影響"はありませんから、安心して下さい。では、この書類を持って、写真機の横にいる案内の者に渡して下さい。次は写真撮影です」


検査官は"あの"笑顔で書類を渡すと、写真機の方向を指差した。

写真機の横には、笑顔で立っている案内の女性がいる。


何だ……ここは……。

ここは変だ。

視力検査で眼鏡がいらない?

いや……そもそも使う画像がおかしい。

何で家族の写真を使うんだ?

こんなの聞いた事ない……。


男はあらゆる疑問を抱えながら、書類を案内人に渡すと、写真機の前に座った。


「はい!じゃあここの点を見つめて下さいね」

バシャッ!


写真が撮られた。


頭が痛い。

今……絶対不機嫌そうな顔をしている。

次の更新までこの写真のままか……。

同僚に見られたら絶対笑われてしまうな……。

見せないようにしておこう。


男は二日酔いの頭痛を我慢しながら、免許に映る写真の事を考えていた。

前の写真は目が半開きになった物が使われてしまい、同僚に笑われてしまっていた。

次は気を付けて写真を撮ってもらおうとしたが……。

また、笑われてしまうのか……。


男はそんな事を考えていた。


「はい。これで終わりです。講習の方に向かってくださいね。……あなたはこの札を持って、案内の者にどの部屋に行けばいいか訪ねてくださいね」

写真を撮った人もあの笑顔。


笑顔で接するように指導しているのだろうか……。

それにしては妙に"統一性"がある気がする。


この笑顔……いや"微笑み"に近い。


どこかで見た事がある微笑みだ。

どこで見たのだろうか……。


男の頭の中はモヤモヤしていた。

ここの職員達の笑顔。

意味不明な検査。

生気のない受講者及び更新に来た人達……。


男の頭の中は混乱しかけていた。

早く終わらせて帰りたい……。


「……◯◯さん。どうしました?」


気が付けば案内の女性が横にいた。

その女性も例の笑顔。


「……え」

「◯◯さんは、あの部屋で講習の映像を見てもらいます。さぁ……こちらへどうぞ」


男は部屋の中に入っていった。

その男で最後らしく、他の人達はすでに席に着いていた。


だが……そこで待っている人達は普通じゃなかった。


……いや、普通だ。


そこにいる人達の顔には生気がある。


どうしてここの部屋の人達だけ、生気がある顔をしているのだろうか。

ここだけ普通の空間だった。


「みなさんこんにちは。今日みなさんにはこちらの資料と、映像を見てもらいます。とりあえず、資料に目を通して下さい」


講習官も女性。そしてあの笑顔。

講習官は1人1人に資料を配っていった。

男の元にも資料が配られ、男はページに目を通した。


男は違和感を覚えた。


「……あの……何ですかこれ?」

「どうかなさいましたか?」

「……あの……事故の写真ばっかり……」

「何か違和感でも?」

「……ここは免許センターですよね」

「そうですよ」

「だったら……どうして……こんな写真まで……」


資料には事故の写真が沢山載っていた。

写真の下には、説明文が3行ほど。


ただ、車の事故の写真だけではなかった。


「これ……工場の写真……『従業員がプレス機に挟まれ圧死……』とか、『拳銃が車内で暴発し、事故死……』とか」

「ですからそれが何か?」

「いや……事故の写真ばっかり……、てか車と関係無いものまで……」

「あなた達には必要なんですよ。この資料が。そしてこの講習が」

「……は……?」


男は講習官が言っている事が理解できなかった。


必要?

免許の更新、車の運転には全く関係がないではないか。

周りの人達も男と似た感情を抱いているようだった。

どよめきと困惑が感じ取れる。


「……ただ今から映像をお流しするので皆さんお静かにお願いします」


講習官の声と共に部屋は薄暗くなった。

スクリーンが機械音と共に下がってきた。


スクリーンに光が当てられると、映像が映し出された。


女性のナレーションとbgmと共に、映像は始まった。


「気付こう!"あなた"の死亡事故!………」


映像は様々な死亡事故の映像、そして死亡事故の統計グラフ等を映し出していった。


男はその映像を見ていた。


なんだこれは。

資料と同じだ。


車の運転とは関係がないものも混じっている。

運転事故、薬品事故、爆発事故、作業事故……。

訳が分からない。


そして、何か引っかかる……。


「……"あなた"のってなんだ……?」


そう呟いた時だった。


ライトが再びつけられ、部屋は明るくなった。

スクリーンの前にはあの笑顔の講習官。


講習官は手を前に組むと話し出した。


「お気付きになりましたでしょうか?混乱を避けるため、回りくどくなってしまっていますが、ここであなた方に伝えなければいけない事があります。……あなた方はもう死んでます」


「は……?」

男はあいた口が塞がらなかった。


「やっぱりそうだったのか。おかしいと思った」

「ど、ど、どういうことだ!」

「……まあいいか、生きててもろくなことなかったもんな」


周りの人達の様々な思いの声が聞こえてくる。

講習官は相変わらずの笑顔。


頭が痛い。

痛い痛い……痛い痛い痛い痛い痛い痛い……。


男は頭痛がする頭を両手で押さえた。

だが、不思議だった。


痛みが記憶を呼び覚ましている。

どんどん思い出してくる。

飲み会の後、何があったのか。


心臓の音?も早くなってきた。

更に記憶は呼び覚まされる。


そして……思い出した。


「そうだ……オレ……事故起こしてる」


男は飲み会の後、飲酒運転で帰路についていた。

最初は良かったが、だんだん疲れと酒による眠気が男を襲っていた。


住宅街付近を走行中に、人が横からとびたしてきた。

それを避けようととして……。


「……痛ッ!」

更なる頭痛が男を襲う。

そこから先が思い出せない。

イヤ……思い出したくないのか。

体が思い出すことを拒否しているように感じた。


「じゃあ、免許を配っていきますね」


講習官は1人1人に資料を免許を配っていく。

免許を受け取った人は、免許を見て固まっていく。


1人……また1人。


渡される度に動かなくなる。


そしてとうとう……。


「?。大丈夫ですか?具合が悪いのですか?」

講習官は男の前で心配そうに立っていた。

ただ、表情は笑顔。


「あの……その……」

「分かりますよぉ?困惑しているんですよね。そしてあなたの場合は……頭部に車のガラスが当たってその衝撃で死んでるんですから」


そうだった。

避けようとしてハンドルを急にきって……そして……


電柱に車が当たって……。


「はぁッ……はぁッ……!」

「息もあがってきましたね?大丈夫ですか?……はい。免許です」


免許が机の上に置かれた。


「…………ッッ!!」


免許に映っていた男の写真。


頭がぱっくり割れ、血が出ている……。


頭痛がする部位と同じ。

男の顔は血まみれだった。


「あ……あ……」

男の免許を持つ手は震えていた。


そしてまた思い出した。


「……人……轢いてた……」


男は飛び出して来た人をハンドルをきって避けたがよけきれなかった……。


ドンッ!という鈍い音が車内に聞こえていた。


「そういえば、お連れの人ですか?あなたの後ろの人。ずっとにらんでいますよ?あなたの事」

「へ…………?」


男は後ろを振り返った。


「あ……」


後ろには轢いた女がいた。


鬼の形相でこちらをにらんでいる。


机に置かれた免許を見ると……。


頭部が潰れていた。


「ヒ……ヒ……」


男の顔は恐怖でいっぱいだった。

涙も流れていた。


そのまま固まっていると、講習官は免許を配り終わり、説明を始めた。


「それではお手元の免許をご覧下さい。"運転"出来る種類の欄を見てください」


男は自分の免許を見た。


虫、微生物、爬虫類、人間、新生物……。人間は不幸3種のみ可


なんだこれ……。


「これが、あなた方がこれから"運転"出来る種目です。どれを選んでも構いません。……それでは事故を起こさないように気を付けてください。それでは、お気をつけて、"お戻り"ください」


受講者は目から生気を失うと、部屋からぞろぞろ出ていった。

先程までにらんでいた女も同様。


全員死んでいる事に気がついた。



男だけ、席を立とうとしなかった。


「どうしましたか?」

「あの……その……」

「まだ分かりませんか?死んでるんですよ?あなた」

「そうじゃなくて……」

「……仕組みが分かりませんか?この免許はあなた方の言葉でいう、"生まれ変わった後に運転出来る生物の種類、及び制約が記してある免許です。次の更新はあなたが亡くなった時です」

「……人間のところ……これ何ですか……?」


男は制約の部分を指差した。


「あぁ……あなた事故起こしてるじゃないですか。困りますよ。しっかり報告してもらわなきゃ」

「………………」

「まあ……事故講習を受ける人達は皆そうですからね。事故死の人達は私共が調べて調べて……」

「あの検査の意味は?」

男は講習官の話をさえぎり、質問をした。



「まあ分かってるんですけど、本人であるという確認です」

「だから……家族が……」

「協力を得てるって検査官は言ってませんでしたか?そうです。今生きてるあなたのご家族の魂から協力を頂いております。まあ本人に自覚はありませんが……あと影響がないっていうのは、来世ではあなたの御家族は影響しないと……」


講習官はまだ続けている。

相変わらず笑顔だ。


「あと……この人間のとこ……不幸三種のみ可ってなんですか?」


男は震えながら人差し指を免許に向けた。


「はい。あなたは人を殺してるので、人間を選択した場合、教習を受けたのち、不幸三種がプラスされます。……もしかして、先程の女性がそうだったんですね。……ふふッ」

講習官は含み笑いをしていた。


「不幸三種って……」

「はい。体に障害を持って生まれます。そして、家族になられる方は悪人のみ可の免許をお持ちになっている方々がつきます」

「へ……」

男は愕然とした。


「あと……教習ってなんですか……?」

「あなた方の概念で……地獄です。そこで2569356321452369587142369809773年分の"教習"を受けます」

「…………」

「ちなみに、私共は人間として生きる事をおすすめします。"ゴールド免許"に近付くのは人間が一番ですから」

講習官は笑顔で説明している。


……思い出した。

この笑顔。

なんの笑顔なのか。



「あなた達って……仏像……仏様のような顔をしていますね」

「よくお気付きになられましたね。そうですよ」


男は生気のない目で講習官を見つめていた。


「ご理解頂けましたでしょうか?……教習を受けるなら私について来て下さい。部屋(じごく)にご案内致します。それ以外でしたら、免許センターを出て、川を渡って下さい。さ、どちらに致しますか?」


男は立ち上がり講習官と部屋を出ながら伝えていた。


「オレは…………を選択します……」


男はどれを選択したのだろうか?

以上で終わりです。

いかがだったでしょうか。


男はどちらを選択したんでしょうかね?


作者でも分かりません。

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