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水脈を求めて 8




 そして、水脈調査は始まった。


 ルルとヴィリーは日が傾き始めた頃、森の入口まで出て来ると目立たない場所で、更に夜が更けるまでルーカスやアラン、そしてジョージと共に待機していた。


 日中の普段通りの仕事に加え、夜遅くの調査なので時間までルルとヴィリーには少しでも休んでもらおうと、仮眠出来るように準備もしているが、やはり誰かといるとルルも嬉しいのか、ジョージが優しく休むように諭しても、王都の話や色々な土地の話を聞きたがった。


 少女が目を輝かせてお話をねだるその姿に、アランやルーカスはもちろんのこと、さすがのジョージとて無理矢理寝かしつけることもためらわれ、ついついルルの可愛い我儘をきいて、少女を甘やかせてしまう三人であった。


 そうしているうちに時間がくると、ルルとヴィリーはフードを目深に被って、水脈の候補地に向けて出発する。

 ヴィリーの先導とルルが言った通り夜目がきくのか、夜更けの移動にも関わらず、少女の身のこなしは軽かった。


「ヴィリー、ここはどう?」


 候補地に着くと、ルルはヴィリーにそう聞いた。

 するとヴィリーは、ほのかな月灯りのもと軽く駆け出し、周囲をぐるりと回って戻ってくると、ルルの前に座りじっとしている。


 これは、反応がないと言う事だ。また日を改めて訪れた別の候補地では、たまに立ち止まり何度かその場でウロウロするものの、やがて戻ってきてまたルルの前でじっとしたまま座った。今のところここも可能性は低いという事だ。


 そんな夜更けの水脈調査を、少女とヴィリーの体調を考えながら、数日置きに繰り返していたある日の事だった。



 ルグミール村では、新たな水脈候補地を調査している間、担当の作業夫たちは休暇となっていた。

 もちろん、水路事業が休みだからといって、普段からの村での農作業もあるので、ゴロゴロしているわけではない。しかし、いつもより時間の余裕が出来ているのも事実だ。


 夜になると、ロッティの両親が営む食堂に暇つぶしや鬱憤を晴らすため酒を飲みに来ては、くだを巻く村人が自然と増えてきた。


「最初、聞いた時はよう〜、もう水不足で悩まなくて良いつーから、賛成したんだけどよぉ……、いくら掘っても水なんか出て来やしねぇ」


「いや、全く出ないわけじゃ……」


「そりゃちょっとは、滲んでくるけどよ。ほんとに、王都の奴らが言うように、村全体に張り巡らせた水路全体を潤すほどの水脈があるんかね〜……」


 いまだ地下水の存在を半信半疑のまま掘っている者も多く、その言葉にさっきまで賑やかだった食堂が、静かになった。


「……」


「やっぱり、あの噂ほんとだったんかな。あ、あの子が……、水の気を持っていっちまったんじゃないか?」


 やがて一人がそんな事をぽつんと呟いた。

 本人とて本気で言っているわけでも、確証があって言っているわけでもない。王都からの救援物資を受けられるようになって、こうやって時折食堂に足を運ぶことも出来ている。水不足で深刻な状況に陥っていた時期に比べると、村は向上している。


 ただ、成果が目に見えない事に村人達に巣食った不安を拭い去ることは、なかなか難しかった。


「ちょいと、滅多な事言うもんじゃないよ」


 事情を知るロッティの母親が、たまらず口を挟んだ。


「だってよぉ、雨乞いの儀式が失敗して……森が怒って水の気を奪ってしまったんじゃないかって……みんな噂してるし」


「何バカな事言ってんだい。雨ならこの前、ちゃんと降ったじゃないか!」


「そんだけど、一晩降っただけで、また日照り続きだ……」


「そうだ、そうだ。雨季もとっくに過ぎて、次いつまた降るか分かんねぇし」


「こう掘っても、掘っても、水脈は出ねぇとなると……」


 一人が不安を口にすると、その場にいた村人達から口々に心配する声が上がっていった。


「だからって、それがあの子のせいだって言うのかい。王都の人も最初から言ってたじゃないか、水脈はそう簡単には見つからないもんだって。あんた達もその説明はちゃんと聞いたんだろ」


「そりゃ、そうだけど……」


「けっ! そもそも王都の奴らは、田舎の村だからってそんなに身に入ってねんじゃ……」


「何いってんだい! 救援物資や資金援助もしてもらってるじゃないか。そんな事言ったら罰が当たるよ」


 王都から派遣された者達が、真摯に対応してくれているのは分る。

 けれど、もともと村人達にとってはにわかに信じられないような話であり、成果が出ず、先が見えない状況では霧の中をもがいているようなもので、そんな状態で水路事業に対して、現実的に希望を見出すのはなかなか難しくもあった。


 けれど、ルルのこれまでの事情を知るロッティ夫婦は、村人達が愚痴をこぼすたびに、胸を痛ませ必至にたしなめていたが、おさまる気配はなかった。


「そもそも、雨が降りゃあ何の問題も……、水路事業なんか始める必要もなかったんだ。ルルが儀式を失敗しなければ……」


 誰かがそう言った時だった。


「それ以上はやめろ! あの子は関係ないだろう。儀式の責任者でもある、村の長が何度もそう言っただろう」


 食堂の隅の席で今まで静かに酒を飲んでいたカールが立ち上がり、大きな声を上げてその言葉の続きを遮った。


「儀式を失敗したのは、ルルのせいじゃねえ。悪いのは俺達の方で……。おめぇらがそんな事ばっかりいって、恥ずかしくねぇのか。そんな根も葉もない噂で、ルルをこの村から追い出したようなもんじゃないか……」


「お、俺達はそんな追い出したとか……そ、そんなつもりは。ま、まぁ、落ち着けよカール」


 普段物静かなカールの一喝に、その場にいた者達は一様に言葉を濁らせた。


「……俺も言い過ぎたかも知れん。けど、お前達の言葉でルルが森に居づらくなったのは事実だろう?」


 誰も少女に面と向かって言った事はないが、小さい村のなかひそひそとするだけでも、どのような状態になるかは容易に想像できたはずだ。


「カール……」


「一番悪いのは儀式なんかを行おうとした俺達だ。それなのに、こうやって俺達がくだを巻いている間にも、あの子は……」


 酷い仕打ちをしたにも関わらず、ルルが夜更けの水脈調査に協力してくれている姿を思うと、少女への謂れ無き噂にカールは立ち上がらずにはいられなかった。


「え? ルルがどうかしたのかい?」


 しかしロッティの母親が、ふとカールの言葉を聞き止めた。

 彼女にしてみればルルが森へ移り住んでからの接触はなく、娘のロッティと手紙のやりとりをしている事は知っていたが、儀式を黙っていた件で娘と喧嘩をして仲直りはしたものの、何となく娘には聞きづらい雰囲気であった。


 それに、もちろん今回の水脈調査の件を知らない。ルルを心配する気持ちから、カールが最近のルルの様子を何か知ってるのかと、つい口を出してしまったのだ。

 しかし、カールとロッティの母親は、お互いハッとしたように顔を見合わせると、すぐさま言い繕った。


「っ……! な、何でもねえ。とにかく、これ以上あの子を悪く言わんでくれ」


 それだけ言い残すと、カールは食堂を後にした。

 ロッティの母親もそれ以上何も追及しなかった。



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