水脈を求めて 7
「はい!」
「えっと……あの、ルルちゃん本当に理解した? 何か不満や不安に思う所はない? もっとよく考えて返事したいとだめだよ」
翌日、計画の打ち合わせに森の家に赴いたルーカスとアラン。
ひと通り説明を終えて、今度はルルの意見を聞こうと思っていたが、彼女は文句ひとつ言わず拍子抜けするほどあっさり、二つ返事で了承してくれた。
「ヴィリーも、今の話でいい?」
ルルが気軽にそう聞くと、ヴィリーも特に反応はしなかったので、了承してくれているのだろう。
「本当に、大丈夫か? 人目につかないように蝋燭などの灯りは使わず、月灯りだけで夜道を歩くんだぞ」
「はい。大丈夫ですよ、アラン様。夜目はいいほうなので……あ、でも、少し……」
「少し、何だ? 何でも言ってみろ、ルル!」
食い気味で聞いてくるアランに少しびっくりしながらも、ルルは紙に書かれた日程表を見て、ぽつりと自分の考えを言った。
「この日は満月です。なのでその前後の日も、夜とはいえ普段より明るいと思うんです。だから、もう少し月が欠けている夜の方がいいのではないでしょうか?」
「なるほど、さすがルルだ。おい、ルーカス。ささっと、日程の改善をしろ!」
「分かってるよ。つーか、何でアランがそんなに偉そうなんだよ?」
「いいから、早くしろよ!」
いつにも増して横柄な態度のアランだったが、それはルルに不安を抱かせないように、わざとふっかけてルーカスといつもの言い合いをしようとする、アランなりの気遣いである。
おかげで、自分達のいつもの見慣れた光景を、にこにことしながら眺める少女の姿にホッとする。
とばっちりを受ける役目のルーカスだが、自分の無茶な計画に、あまり気が進まなかっただろうに、最終的には後押ししてくれたアランに感謝せずにはいられなかった。
そして、ルルとの話し合いが終わると、待ってましたとばかりにヴィリーは遊び相手としてアランを家から引っ張りだした。
実は、ヴィリーは何だかんだとアランを大変気に入っているらしく、常に彼を指名しており、ルーカスとは気まぐれに相手をしてくれるぐらいなのだった。正直、ヴィリーとの遊びは、時折命がけの場合もあるのでこの上なく大変なのだが、それはそれで微妙に複雑な気分であった。
ただ、今日は好都合でもあった。
ルーカスはどうしてもこの計画を実行する前に、ルルに伝えておきたい事があったのだ。
彼はひとつ深呼吸をすると、意を決してルルに向き直り、片膝をついて少女を少し見上げるような格好で、静かに話し始めた。
「ルルちゃん、今回の計画を受け入れてくれて本当にありがとう」
だからこそ……。
「ねぇ、ルルちゃん。水脈調査を始める前に、約束をしてくれないかな?」
「約束ですか?」
ルーカスは、不思議そうに首を傾げるルルの両手をそっと取ると、祈るような格好でギュッと握り締めた。
ルルはルーカスのその仕草に覚えがあった。
確か王都に行く前に、アランがしてくれたのと同じ誓いのポーズ。
「俺は今回、何があってもルルちゃんを必ず守ると、今ここに誓う」
「ルーカス様……」
「もちろん、ルルちゃんが大事に思っているヴィリーの事も」
ルーカスのその誓いの言葉に、ルルの心臓は何だかドクドクと脈打ちが激しくなっていくような気がした。
「だから、ルルちゃんも約束して。無茶はしないって。ちょっとでも何か思う事があったら、我慢せずにすぐに言うこと」
高鳴る心臓にルルは言葉が上手く出てこず、けれど素直にこくりと頷いた。
けれど、そんなルルに対して、ルーカスはどこかまだ不安そうな表情をしながら、更に言い募った。
「俺……昔ね、色々あって誰かが怪我したり傷ついたりする姿を見るとさ、どうしようもなくなるほど悲しくなって、たぶん動けなくなるかもしれない……」
ほんの少し打ち明けてくれたルーカスの心の内。
たぶん、これはきっとサマンサが以前言っていた昔ルーカスに起こった事を言っているのだと、ルルは直感的に思った。
「ごめんね。情けない話して……。でも、だから、何ていうか……ルルちゃんには無事でいて欲しいって思う。そしたら俺、どんな事でも全力で頑張れるから! だから、ルルちゃん約束して」
優しい声音と穏やかそうな表情をしているが、どこか縋るような目をして、懇願するかのようなルーカスに、ルルは彼の過去について詳しい事はまだ分からないけれど、自分の両手を握りしめている彼の手を握り返すと、今度は言葉にしてはっきりと答えた。
「はい。ルーカス様、約束します。無理をして周りに迷惑をかけないようにします」
「迷惑とかじゃないよ。みんな、君が一生懸命で頑張りやだってこと知っているし、何より大事に思っているから、すごく心配しているだけだよ?」
「……ルーカス様も?」
つい無意識にそう聞いたあと、すぐに自分の発言に気がついてうろたえてしまったルル。
そんな少女の姿に、やっとルーカスも安心したように破顔して答えた。
「うん。俺も皆と同じように、ルルちゃんを大事に思っているよ」
その言葉に、ルルもつられて柔らかく微笑んだ。
けれど、ルルはほんの一瞬、心の奥底で皆と同じではなく、もしもルーカスが自分を「一番」に思ってくれたらどんなに嬉しいか……と、そんなふうに考えてしまった。
でもすぐに、ただ純粋に心配してくれているルーカスに対して、おこがましくも自分だけを……なんて浮ついた気持ちを、これから水脈調査という大事な計画を始める時に抱いてしまったなんて不謹慎ではないかと、慌ててその気持ちを飲み込んだのだった。




